第2話 始まり(1)
一
憂鬱だ。
こんなにも憂鬱だなんて、ついてなさすぎる。いや、ついていないのは今に始まった事ではないのだけれども。今更嘆いても仕方がないのだけれども。でも人間誰しも、いってみたいものだろう?自分の人生はこんなものじゃないって。もっと違うはずだって。
天人はテーブルの上に広がる無惨な光景を表面上で理解する。
さっきまで一生懸命シャープんを走らせていた紙は何処へ?
勿論、目の前にある。
紙が勝手にどこかへ飛んでいくなんてSFじみたことはおきない。ただし紙は茶色い液体をたっぷり吸い込んでいた。
隣であたふたする店員さんが目につく。
「あぁ、本当に申し訳ありません‼︎もう、あぁ、どうしよう…」
心の声が駄々漏れた。
そりゃ、焦るよな。こんな状況だったら。
俺、藤崎天人は先ほどまで熱心に学校の課題を済ませていた。夏休み前だというのに大量のレポートを課題に出した教師の顔を浮かべ、あわよくばぶん殴りたいなどと思いながらも熱心に、文句ひとつ漏らさず頑張っていたのだ!そう、俺は頑張ってた。
渾身の謝りとお辞儀を見せてくれるのだが、だからと言って紙が元通りに戻るわけでもないし、時間が巻き戻るわけでもない。
藤崎は言った。
「あー、大丈夫です。そんなお気になさらず。あは、あはははは」
笑いたくて笑っているわけじゃない。泣けてくるから何とかして誤魔化している。
「申し訳ありません‼︎本当に!台拭き持ってきます‼︎」
逃げ去るように………いや、謝罪の心を持っているわけだから逃げるわけではないよな?でも店員さんも初めての失態なのか、自分でも処理できずにいる様子だ。
「あー…………」
憂鬱だ。
二
「お疲れ様でした‼︎失礼します!」
放課後の学校。部活を終えた各部の部員たちが正門や裏門からぞろぞろと歩いていた。
県立南高校は、この町に唯一ある高校であり、この周辺に住む大体の学生は南高校に通う。
二〇〇五年。
学力調査の結果、最下位高校と最上位高校の偏差値の差が四十を超えたため、学情改革として町一帯の高校が合併された。その計画の根本は、これからの世界グローバルな人材かつ最前線で働ける人材を育てることであり、英語の授業だけでも四つの種類があった。しかしその反面、日本の文化をしっかり理解していこうという意味も含まれており、どの学校よりも日本の歴史や日本の文化、宗教までも重んじている。中には一歩間違えれば“オカルト”と呼ばれてしまうものもあるのだが、誰も口に出さない。誰も気にしない。なぜなら、この街の人間はずっとそうやって育ってきているからだ。
他にこの学校の特徴として、学生の人数が多い割に部数が少ないのは珍しいかもしれない。
爆発的に部活が増えた年に合わせて、部室棟というものができたのだが、今は空き部屋がいくつか目に入る。
その中でも、弓道部は歴史ある部活だ。
三階の端にある部室はどの部活よりも床面積が広い。女子部員しか使わない更衣室なので中もそこそこ綺麗だ。
「お疲れ様。今日も一人で片付けて東は偉いな」
弓道部の三年は、部室にいる一年の東佰乃に話しかけた。
「いや…別に。部室を綺麗に保つことは心の調子を整えるようなことと一緒なんです。楽ですよ、誰もいない部室って。先輩こそ、どーしたんですか?もうみんな帰りましたよね?」
東はキョロキョロあたりを見回してどこにも先輩たちの荷物が置きっぱになっていないことを確認する。
「私はちょっと自主練しようかなって思ったんだけど……」
もう既に大体の部具は東が片付けている。東は弓道着を丁寧に折りたたみバッグにしまう。
先輩は東の目を見てにっこり笑った。
「やめとこうかな。私片付けるの上手じゃないし」
「そうですか。お疲れ様でした。お先に失礼します」
東は一礼をして部室を出た。
部室のドアの前には見慣れたやつが東を待っていた。
「おっつかれー、荷物持つよー」
「あんたに持たせるか、馬鹿」
荷物を取らせないようにぎゅっと持つ。階段を降りて、まっすぐ裏門へ向かう。
「ちぇ、ちぇ。今日も頼ってくんない。あぁ、ハルつまんなぁーい」
後ろで歩きながらぐちぐち文句を言うハルに東は言う。
「てか、ハルっていつまで第一人称“ハル”なの?高校入ったらやめるんじゃなかったの?」
男のくせに、と言うのはやめておいた。そう言う男女差別のような言葉は使いたくないからだ。
ハルは、茜色に染まる夕日を視界に入れながら歩いていた。
東の質問に答える。
「んー、ハルもそぉー思っていたんだけどさぁ、思ったよりも心が成長してないみたいなんだよねぇ。それって結局、今まで通りでいいってことでしょ?」
このままでやっていくことを肯定しようとするハルの頭を、重たい弓道着が入ったカバンでぶん殴る。
「いってぇー。何すんのさ、いきなり」
「気分よ」
「気分で人の頭殴るんすか⁉︎東さんは⁉︎まぁ、随分を凶暴っすねェ」
「五月蝿い、黙れ。その口閉じろ。じゃないと一生口聞いてやんない」
そういうと、大人しく静かになる。
三
「おじいーちゃーん。どこー?東さんが来たよーー」
神ノ条舞子は家中パタパタと走って祖父の
でかいこの家では、人一人探すのも容易ではない。となると、先に居間に通してあげるのが礼儀かな?
舞子は玄関に戻ると、着物を着こなすお客様を居間に通すことにした。
「すいません。ちょっと祖父を探してくるので、もうしばらくお待ちください」
私の敬語、ちょっと変かな?とか思いつつ下がった。
お客さんは東さんのところの長男だ。
名前までは知らないけど、そこそこハンサムで何回かこの家にやってきている。まぁ、この家にやってくるともなれば話の内容は大体想像つくけど。
すると東さんはにっこり笑っていった。
「いいよ、無理に敬語使わなくても」
「いや、でもお客様ですし………」
「敬意を持たれていない人間に敬語を使われるのはちょっと気持ち悪いし、僕も君に、そんな負担をかけたくないからね」
…………ギクリ。
些細な会話に、さりげなく爆弾を放り込まれた。
“敬意を持たれていない人間”
正直、言い訳のしようがない。私はオカルトなんてもの、信じていないんだ。ましてはオカルト系を専門とする東家なんて……。
舞子は謎の汗をかきながら、居間から一歩ずつ下がる。
「そ、祖父を呼んできますね!」
舞子は完全にその場を逃げるようにして、家の中を走り回ることとなった。
そのあと、東さんの長男とおじいちゃんがどんな会話をしていたか詳しくはわからないけれど、会話の中に確かに「
耳を済ませて聴いてみれば、どうやら靁封神社と立ち入り禁止にするだとか何だとか。まぁ、確かにボロい神社ではあるけれども、修理でもするのだろうか?
暫くあそこには訪れていない。
舞子は少しだけ頭を捻って、自室へと戻っていった。
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