第6話 幻想

 今日は、休日の土曜日。


 晴れているため、ポカポカして気持ちいい。


 遠くから綾野の声が聞こえてくる。


「ご、ごめん! 待った?」 

「いや、待ってないよ。俺も少し遅れちゃってな、今来たところだ」 

「そ、そうか……。それなら、焦らないで来ればって、汗だくでごめん! い、今は、見ないでくれ」


 綾野は汗をかいてしまい、ハンカチをバッグから取り出そうとするが、どうやら忘れてきてしまったようだ。


「ほら、ハンカチ」

「あ、ありがとう。で、でも!」

「いいよ、使って。気になるなら、洗って返してくれたらいいからさ」


 彼女は申し訳無さそうにし、ハンカチを使って汗を拭いていく。


 うなじから滴り落ちる汗と綾野を見て、背徳感に駆られる。


「ん? どうしたの?」

「い、いや……。何でもない」


 視線を反らして誤魔化してから、デパートの方へ一緒に歩いていく。


 いつもの学生服とは違い、お互いにオシャレをしている。


 私服姿の綾野は新鮮で、白を基調とした服装になっている。


 清楚感があり、どこか大人びたイメージを彷彿とさせる。


「な、何? さっきから……。あんま、その……。見ないでほしいんだけど」

「いや……。に、似合ってると思って」

「え、あ、ありがとう」


 褒められなれてないのか、嬉しさが綾野の表情にでている。


 とかいう俺も、こういうことを褒めるのは初めてのことで、恥ずかしさのあまり顔が赤くなってる気がした。


 何で一緒に出かけることになったのかというと、あの妹の件で守ってもらったお礼がしたいということで、この大きいデパートへ一緒に買いに行こうと約束していたからだ。


「気にしなくていいのに」

「よ、甘野が気にしなくても私が気にするんだよ!」


 なんとも義理堅いが、そういうところが綾野のいいところだと俺は思う。


 本当に感謝しているんだと、本音で言っているのが伝わる。


「で、よう……。甘野は何か買いたいものとかある?」

「う〜ん、せっかくのお礼だから綾野が選んでくれないか?」


 人に贈り物をするのが初めてなのか、こっちに商品を向けて何度も俺の顔色を伺う。


 もはやそれは、俺が選んでいるようなものだったので、もう一度頼み込む。


 すると口を膨らまして、目元に涙を溜める。


 そんなに選ぶのが苦手なのか、綾野は相手の意思重視な傾向があった。


「簡単に考えてくれていい。例えば、どんなものが似合いそうかな? とか、どんなものだったら喜んでくれるかな? とかな。自分が思うものを選んでほしい」

「どんなものなら……」


 俺は、彼女が選ぶものをゆっくり見て周りながら待った。


 そして、一時間が経過した所で、やっと決まったようだ。


 会計を済ませ、俺に見せる。


「これ、写真が入れられるペンダント」

「どうしてこれを?」

「思い出を……これに詰めてほしいと思ったから」


 手にとって見ると、とてもいいものだと分かる。


 少し値が張ったのを買ったのではと思うが、それが気持ちの現れならとても嬉しい贈り物だと思った。


「ありがとう。大切にするよ」 

「写真はまだないけど、せっかくだから着けてみて」


 貰ったペンダントをさっそくつけてみる。


「どうかな?」


 シンプルに柄のない黒色のデザインで、男性が着けても違和感のないものだと思った。


「うん、凄く似合うと思う!」

「ありがとう」


 綾野が選んだものを喜んでいる俺を見て、本人も笑顔になる。


 プレゼントを貰った後、せっかくなので店内を色々と見て周った。


 そこで、一つの洋服店に綾野は釘付けになる。


「入ってみるか?」

「い、いいの?」

「ああ、気になるんだろ?」

 

 普通の洋服も売っているお店だが、そこにはドレスも置いてあった。


 きっと、そのドレスが気になったのだろう。


「彼女さんお綺麗ですね! 何か試着してみますか?」

「あ、いや……彼女じゃないんですけど」


 店員さんに声をかけられるが、確かに男女二人で歩いていたらそう見えるかもしれない。


 意識して見たことは無かったが、改めて見ると綾野は綺麗な部類に入るほどのルックスをしている。


「あの……。このドレス、試着できますか?」

「はい、できますよ。一度は着てみたいって、憧れを持つ女性が多いので」


 綾野は試着室へ行き、着替える。


 そして、なぜか俺まで店員さんに巻き込まれ、試着室へ監禁された。


 下から用意された服が用意される。


 仕方なく着替え、終わったことを知らせると試着室から出る。


 すると、彼女も同時に違う試着室からでてきた。


 一瞬では誰か分からなかった。


 白のワンピースも似合っていたが、赤い薔薇色のドレスになることで、より一層大人びた雰囲気になっている。


 正直、その姿に見惚れてしまっていた。


「やっぱり、肌が焼けてるから似合わないかな?」

「綺麗だ」

「え?」

「あ、いや……。似合ってると思う」

「ほ、ホントに?」 

「あぁ、本当にお姫様のようだな」


 それを聞いた彼女は、また涙を見せる。


 もちろんそれは、嬉しさによるものだっただろう。


 最後に、元の服に着替えた後、デパートの最上階にある休憩できる場所に足を運ぶ。


 上には黒色の布で日が当たらないようにしており、白色のテーブルとイスが用意されている。


「涼しい〜」

「休憩にはいい場所だな」


 風当たりがよく、とても心地良い。


 デパート内を歩き疲れたため、ここで休憩していくことにした。


「今日は俺のためにありがとな」

「ううん。とても楽しかった」


 彼女は、顔を赤らめながら、何か決意した表情になる。


「私ね……。養助って呼びたいんだけどいいかな!」

「え? い、いいよ?」

「よ、養助」

「はい」

「養助……」

「はい」

「好き」

「はい。……え?」


 最後の言葉が引っかかり聞き直す。


「養助のことが、好き……。王子様のように、私や友達を守ってくれた養助のことが……好き……」


 綾野からの告白に、沈黙が続く。


 しかし、もう答えは出ていた。


「ごめん……」


 返事の重みを感じる。


 こんなに心苦しいのは、初めてのことだった。


 綾野は下を向く。


「正直、嬉しいよ。綾野の気持ちは。でも……もう好きな人がいるんだ」


 その言葉に、彼女は上を向いて涙を流す。


 沈黙がまた続く。


「聞かせて、どんな子なの」


 質問に答え、綾野に好きな人を話す。


「そっか……。そりゃ、敵わないな」


 また涙を溢す彼女に、声をかけられるわけもない。


 ただその時間は、俺の心を強く締め付けるものになるだけだった。





















































































































 







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