第4話 崇拝
学校へ行き、自分の教室へと入ると、何やら空気がおかしかった。
暗い空気の中、こちらに疑いの目が襲う。
いったい何があったのだろうかと思い、仲のいい愛梨に話を聞こうとする。
すると、その本人の席にはクラスメイトの女性陣でいっぱいだった。
「ねぇ、何であんなこと書いたの!」
「あぁ? 書いてねえつってんだろうが!」
電話越しではギャップのある愛梨が、怒りの声を上げる。
何でこんなことになったのかは分からないが、とりあえずこんな状況になった経緯が知りたいため割り込む。
「はいちょっと失礼、いったいどうしたんだ?」
「あ、養助聞いてくれよ! SNSさ、あたしになりすまして悪口ばっか言ってるやつがいて!」
だから教室に入ったとき、あんなに殺伐とした雰囲気だったのだろう。
張り上げた声とともに、さっきまで言い合っていたもう一人に愛梨は鋭い目線を送る。
「ちょっ、何言ってるの! あんたしか知らないことしか言ってないじゃん! 絶対あんたが」
「待て待て綾野、友達のお前が信用しないでどうすんだよ」
こいつは
しかし、問題によりその仲が危うくなっている。
「でも! 私の秘密まで……」
後半は聞こえなかったが、どうやら悪口だけじゃない何かが、綾野の怒りに触れてしまったようだ。
「犯人扱いするのはいいけどよ、真実が違った時、お前は後悔しないのか?」
失ってしまえばもう遅い。
真実の食い違いは、時に人間関係を引き裂いてしまう。
それが分かっているから、俺は相手の目を見て注意した。
「わ、分かった……」
涙を流しながらも、彼女は言いたいことを理解し、踏みとどまってくれた。
恐らくだが、疑いの目が複数あったことから、他にも被害者が出ているのかもしれない。
俺と同じ考えのやつが、同じように踏み止まっているのだろう。
「とりあえず愛梨、その悪口っていうのは?」
愛梨は、その問題のSNSを見せてくれた。
それは、昨日書き込まれたものだと投稿時間の記載で分かり、予想通り確認したところ綾野だけでなく他の皆にも被害がでている。
情報の元を調べると、学校側が公式で立ち上げている『お悩み学校相談室』というホームページだ。
いろんな生徒の相談にのってくれる保健の先生と、チャットを使って相談することができる。
これは俺も利用したことがあり、本名が嫌な人はニックネームで質問することが可能なので利用している。
まぁ、誰にも知られたくないことの方が多いから、こういった場を利用している人が多いし、ニックネームで皆相談しているんだろうけどな。
ただ不思議なのは、的確にその人の情報を公開した点だ。
まぁ、愛梨の件以外は殆ど違う情報を流されたようだが。
「とりあえず、この犯人が分かるまでとりあえず落ち着いて騒がないことだ。もうすぐ先生も来る頃だろうしな」
「……分かった」
綾野は先生が来ると知り、素直に言うことを聞く。
犯人扱いされていた愛梨も、まだ怒るかと思ったが、なんとか怒りを沈めてくれた。
そして時は過ぎて昼休み、愛梨と綾野さんの二人を誘って一緒に弁当を食べる。
「……なんで誘ってくれたんだ?」
「あたしも気になってた」
お気に入りのベンチで、一緒にお弁当を食べようと思ったのもある。
しかし、俺は授業中に考えた末、朝起こった事件の続きの話をする。
「一昨日は、一緒にご飯食べれなかったからな、本当は愛梨と二人で食べるつもりだった。でも、危険性が出てきたからな」
「危険性?」
どうやらまだ、気づいた危険性が分かってないようだ。
「ああ、朝の件についてだ。犯人が何を考えているのかは分からないが、確実に言えることがある。狙われているのはお前たち二人のうちのどちらか、あるいは両方だと考えてる」
正直、愛梨の可能性のほうが高い。
が、綾野さんの悪口というか秘密まで利用したということは、彼女のことを知っているやつがやったか、本当の狙いは綾野さんであることをカモフラージュするため。
まぁ、それは愛梨の方でも言えること、しかしこれを気にすると、知らない所で何か起きそうで心配だ。
心配していることを話すと、顔を暗くする。
「だから、今日から二人とも家まで遠分の間送る。犯人の嫌がらせがネット内だけとは限らないからな」
説明が終わると、二人は頷いて納得してくれた。
「けど、朝の私……あんなだったのに、守ってもらっていいの?」
綾野は喧嘩していた朝の時のことを気にしているのだろう。
俺は彼女だけでなく、愛梨にも伝える。
「喧嘩していたのは、犯人が関わっていたからだし、喧嘩がしたくてしたわけじゃないだろ? それに、悪口書かれたり話したくない秘密をバラされたりしたら、誰だって怒るに決まってる。まぁ、守る理由は、犯人のやり方に切れてるっていうのもあるけど、大切な友達だからっていうのが本音だな」
綾野はそれを聞いて、顔を赤くする。
この自分の発言が、後に面倒くさくなることを、俺はまた予想もしてなかったのだった。
● ● ●
私は綾野未咲、愛梨の友達であり、甘野に片想いしているお姫様だ。
小さい頃から、王子様に助けられるお姫様に憧れを抱いていた。
将来なりたいものも、お姫様と小さい頃から夢にしていた。
しかし、よく外で遊ぶ子供だったからか、日焼けが目立ち、夢を口にすると「むりむり、お姫さまはもっと綺麗な肌じゃないと」って、そこからよく夢をからかわれるようになった。
その夢の熱は覚めず、高校生になった。
そこで、甘野に出会ったんだ。
あれは、先生から皆に配られた一枚の紙がきっかけだった。
「将来……なりたいもの……」
将来何になりたいかという、調査用紙。
それを見て私は、何も書けなかった。
まだ熱が覚めない夢を書くには、成長につれ抵抗があった。
今日中に出さなければいけないため、放課後まで悩んで悩み続けた。
もう適当に書こうと思ったその時、甘野が声をかけてくれた。
「何悩んでんだ? それもう出したほうがいいぞ?」
甘野とは、あまり話したことがなかったため、あの時は戸惑っていた。
「なりたいもの、ないのか?」
「あ、いや、いい」
「言いづらいのか?」
私は頷いた。
「でもそっか、夢があるのか。いいな〜、俺なんてまだ見つからないからさ、ないって正直に書いちまった」
そんなことしていいのだろうかと思ったけど、彼は将来の夢がないことに関して気にしていない様子だった。
「夢は書いた方が叶うって言うし、口に出した方が叶うとも言う。あ、秘密にしたほうが叶うとも言うな。俺は夢が無いから分かんねえけど、どうすれば夢が叶うのかな?」
私に問いかけてくるそれは、私が考えていたことだった。
どうすれば、夢が叶うのか。
彼の言葉に、また黙り込む。
「分からないって感じだよな。俺もそうだし、難しいな夢って」
甘野の考えていることは、全て共感できることだった。
私に対して、書けと命令するわけでも夢を教えてくれとも言わず、ただ一緒に悩んでくれた。
だからなのか、つい強張った心が緩み、他の人に聞かれないようにして耳元で話す。
「お姫様に、なりたいんだ」
あれ以来、誰にも話したことがない私の夢。
笑われるのが当然と、高校生にもなると流石に分かる。
しかし、彼は笑わなかった。
「いいじゃん! でもそれ職じゃないよな? どうなんだろ……流石にそれは書いたらまずいか」
「笑わないのか?」
「夢のないやつが笑ってもな〜。それに、別におかしくないだろ」
甘野は、さも当然のように言った。
「そりゃ、かけ離れたものっていう認識が強いけど、探せば外国でそういうのもあるだろうし」
笑わず、肯定してくれた。
「何になりたいかなんて、人それぞれで当たり前だしな。それが夢だと言うなら、他人なんて関係ない。その人の夢なんだからな」
彼は、私の心を一度救ってくれた。
そして、今回も救おうとしてくれている。
これが私の初恋。
私の愛する王子様……。
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