第3話 排除

 俺は、洗面所にある鏡を見る。


 愛梨からのメールや長電話のおかげで、一睡もできなかったせいか、目の充血が酷い。


 告白したことに対しての不安や嫌われたくないという気持ちの現れか、泣きじゃくってしまい、そのままにして電話を切ることができず、ずっと大丈夫だからと愛梨に長い時間語りかけていた。


 その結果、こうなってしまったが、学校には行かないといけない。


 顔を洗い終えると、まだ疲労が抜けず、リビングにあるソファーに垂直に倒れ寝そべる。


 朝ご飯を作らなければいけなかったが、意識が言うことを聞かず遠のいてしまうのだった。



 ●  ●  ●



「はぁ〜、お兄ちゃんおはよう〜。お兄ちゃん?」


 目を擦りあくびをしながらも、いつものように大好きなお兄ちゃんに挨拶する。


 しかし、返事が帰ってこない。


 まだ眠い私は、リビングにあるソファーにダイブしようとするが、それを踏み止まる。


「お兄ちゃん? お兄ちゃん! 返事がない、ただの屍のようだ」


 学校の時間に遅れそうだから、起こそうとする。


 しかし、ソファーに寝そべったまま返事がない。


 寝顔を見ると、いつもより表情が75.3%不調だと言っている。


 目元にはクマができていて、無理やり目をこじ開けると充血している。


 いつもならこの時間は、欠かさず朝ご飯を私の分も作ってくれている。


 いつもならありえないことだけど、目の前では熟睡してしまっている。


 お兄ちゃんは、早寝早起きだからこんなことにはならない。


 つまり、珍しくも夜ふかしをしてしまったのだと考える。


 お兄ちゃんの寝顔を携帯で撮りながら状況を分析していると、寝ている本人のポケットから携帯が落ちる。


 私はお兄ちゃんの携帯を拾い、中身を見る。  


 すると、何件ものメールと長い時間の通話履歴が残っていた。


 通話履歴にはもちろん名前が記載されており、逆波愛梨という名前の女と夜ふかししてまで電話していたようだった。


 メールには、どれも同じような内容が記載されていて、『いきなり告白してもしかして怒ったか? お願いだ! 嫌いにならないでぐれ! ずっと一緒にいさせて! 何でもするから!』と、まるで好きな人を失うことの不安を取り除いてほしいかのように何度もメールしている。


 メールの量と通話の長さには驚いたけれど、正直それはどうでもいい。


 肝心なのは、私のお兄ちゃんに告白して、更にはメールと通話までしているクソビッチのことだ。


「お兄ちゃんは、私だけのもの。私以外に必要ない。必要ない……必要ない必要ない……必要ない、必要ない、必要ない必要ない必要ない必要ない必要ない必要ない必要ない必要ない必要ない」


 お兄ちゃんは、夜遅くまで働く両親が帰ってくるまで、小さい頃はよく一緒にいてくれた。


 遊ぶときもそう、泣いているときもそう、笑っている時もそう、悩みがある時もそうだった。


 私の自慢のお兄ちゃん。


 愛してくれるお兄ちゃん。


 でも、他の子に取られるのは嫌、ずっと私だけを見てほしい。


 もっと、私を愛してほしい。


 私はソファーで寝ているお兄ちゃんの上に寝そべり、一緒に横になって寝そべる。


 そして、耳元で何度も囁いた。


「お兄ちゃんは妹が好き。お兄ちゃんを愛してる。お兄ちゃんは私以外に発情しない。お兄ちゃんは妹にべた惚れ。お兄ちゃんは……」


 お兄ちゃんが私の全て。


 ずっと一緒にいてくれたお兄ちゃんだけが……。


 お兄ちゃんに、他の女なんていらない。


 もし近づいてくるなら、この手で私が排除する。


「お兄ちゃん、だ〜い好き。お兄ちゃん、大好き。もっと私を見て。もっと求めて。私を愛して」


 ずっと愛してくれたお兄ちゃんだからわかる。


 永遠に私を愛してくれる。


 愛してくれるお兄ちゃんだけでいい。


 ほら見て、この落ち着いてる顔。


 私が妹だから落ち着いてるんだよ?


 私が妹だから、こんなに近くにいられるんだよ?


 こんなに近くに手があるんだよ?


 こんなに近くに……体があるんだよ?


 お兄ちゃんの右手を、私の胸へと押し付ける。


「ねぇ、聞こえてる? お兄ちゃん。私、ここまで成長したんだよ?」


 寝ている本人の耳元で優しく囁やく。


「今日くらい、いいよね?」


 私は、お兄ちゃんの通う学校へ休むことを連絡し、寝ているソファーで一緒にぬくもりを感じながら、目を瞑るのだった。



 ●  ●  ●


「ふぁ〜、あれ? 俺は……いったい……」


 目を開けると隣には妹がいた。


 ソファーで一緒に寝てしまったらしい。


 俺はいつの間に寝てしまったのだろう。


 記憶にない。


「さて朝ご飯食べて学校に……」


 朝ご飯を作ってテーブルに並べた後、顔を洗って自分の部屋へと一旦戻る。


 学校の服に着替え、今何時かを確認するため置いている目覚まし時計を見た。


 するとまだ寝ぼけているのか、日付が変わっている気がする。


 そんな何時間も寝ていた感覚がない。


 俺は、リビングのソファーでまだ寝ている妹の糖香とうかを起こす。


「糖香! 糖香! 起きろって!」


 激しく妹の体を揺さぶり、全力で起こす。


「お兄ちゃん……どうしたの?」

「昨日って俺、何してた!? 学校へは行ってたか!?」

「ああ、体調悪そうだったから、学校に連絡して休ませたんだけど、駄目……だった?」

「そ、そう……か……」

「ソファーで寝てるお兄ちゃん、すごく疲れた顔してたけど……夜に何かしてたの? 珍しいね」

「いや、ちょっと友達と通話してたら……な。今度からは気をつける。って、そんなことは今はいい! 今度からは勝手に学校に連絡しないでくれよ? 寝不足で休んだとか……なんか恥ずかしいだろ……」

「は〜い。ごめんなさ〜い」


 昨日、何があったのか、いつから寝てしまったのか覚えていない。


 それが、後になって取り返しのつかないことになるとも知らずに。
















































































































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