第23話 一歩進んで二歩下がる
その翌日、
体の上に石でも乗っかってるように、全身が重くて体の節々が痛み、骨がきしむようだった。
なにより辛かったのは頭痛だ。まるで孫悟空が悪さをしたときに、三蔵法師に締め付けられるあの、金色の輪っかで永遠に頭を締め付けられているみたいだった。そのせいか体も熱っぽい。
「エナさん、本当にごめんなさい……」
朝陽はベッドに横たわったまま、身支度をするエナに告げる。言葉に余計な力が入ってしまったのは、首と肩の痛みを堪えて顔を傾けたからだった。
「いいえ、私こそ……本当にごめんなさい。私が無理を言ったんじゃないかしらって。本当にごめんね……」
エナはベッドまでやって来てひざまずくと、もうほとんど泣きそうな声で言った。彼女はそっと、朝陽の額を撫でる。こんなにも元気のないエナは初めて見た。凄くショックだった。彼女の強張った表情を見て、朝陽の胸は引きちぎられるみたいだった。
「食べたい時に食べてね」
エナは浮かない顔でそう言って、不器用に笑った。テーブルに置かれた朝食を見て、朝陽はたまらない気持ちになった。
「ありがとう。きっと、もう一眠りしたら元気になる気がする。そしてエナさんのご飯を食べれば、また元通りよ」
何の根拠もない、空っぽの嘘は部屋の空気を汚して消えた。
「ありがとう。もう少ししたら
そう言って、彼女は静かに厨房に向かった。いつものような、力強くカゴを背負うような、安心するたくましさは感じられなかった。
エナが厨房に行って、痛む首と肩を楽な体勢に整え、天井を見上げる。
「たったの3日……あははっ……」
自分が情けなくて、空気みたいな笑い声をあげた後、涙がポロポロあふれた。
上を見上げて、ひたすらに泣きながら「もうだめかもしれない」と思った。
こんなに優しい世界ですら、使い物にならないんだもの。私なんかが就職できるはずないんだわ。だからどこも、私を取らないわけね。あんなに優しいエナさんにも迷惑をかけて、なんて使えないのかしら。料理で恩返しができるかも、なんて思って、そんなの出来やしないくせに、厚かましくて笑っちゃう。
泣くと、もっと頭が締め付けられた。額を拳で強く叩く。頭の中でゴンゴンと音がなるけど、ちっとも頭痛は改善しなかった。
朝陽はもう痛みに負けて、泣きながら眠った。
やっと頭痛から解放されて、体も少し軽くなって、でも熱でぼんやりした頭で目を覚ました。
頬に柔らかな毛が触れた。太陽とか草とか、それとあと、炒りたての落花生の香りがする。瞳だけをゆっくりと動かして見ると、雨丸が眠っていた。ベッドに突っ伏して、すうすう言っている。どんぐりまなこは閉じられて、だけどピンク色の鼻はヒクヒクしている。
朝陽はなんだかほっとして、誘われるようにまた眠った。
白い靄の中にいるような、曖昧でぼやけた頭のまま、のろのろと目を開けたらもうすっかり夜だった。
ほんの少し痛いけれど、違和感なく動く首を横に傾けると、エナと雨丸がいた。
「近いうちにポストに入れといてよ」
「分かったわ。そうする」
二人は何か話し込んでいた。朝陽はゆっくりと体を起こす。
「朝陽ちゃん!」
最初に声を上げたのは雨丸だった。二人は慌てて朝陽のベッドに駆け寄る。
「今日一日眠ってたのね。大丈夫?起きられそう?」
エナがあまりにも心配そうに言うので、朝陽はわざとらしくほくそ笑んで親指を立てて見せる。
「なぁに!それ!」
エナはいつもみたいにケラケラ笑った。雨丸は何故か朝陽のポーズを真似して見せて、それがおかしくて朝陽も笑った。
みんなが笑うと、なぜだか凄く安心して心が温かくなった。
「はい、あーん」
「あーん」
もう何度目かの、フクロウ先生の診察。
相変わらず、彼は凛としていた。
「知恵熱だろうねぇ。頑張りすぎちゃったかな?」
朝陽がうつむくと、フクロウ先生はホッホッと笑った。
「みんな失敗するもんだよ。失敗したら学べばいいだけだ。それにしても、失敗するくらい元気になったってことだねぇ。よかったじゃないか。まぁ、まずは何でもゆっくりやんなさい」
エナが出した紅茶をフクロウ先生は静かに飲む。ホッとため息をついて言った。
「一歩進んで二歩下がる」
朝陽はちょっとふてくされたような顔をして、「それじゃあ前に進めません」とフクロウ先生に言ってみた。フクロウ先生はホッホッと笑って、「若いねぇ」なんて言う。
「前に進むだけが人生じゃないんだよ。後ろに下がることだって必要な時があるんだ。二歩下がらないと、踏み出せない一歩もあるもんだ。後ろに下がるのを怖がってちゃ、前には進めないよ」
朝陽もエナも、黙ってフクロウ先生の話を聞く。
「前に進むときは前に進む。止まるときは止まる。後ろに下がるときは下がる。もしかしたら、右に行くかも左に行くかも分からんよ?人生は計画通りにいかんのだから、そうキリキリしなさんな。もちっと寛大になんなさいや。自分を追い込んだらいかんよ。たまには自分を思いやってやんなさい」
フクロウ先生は紅茶を全て飲み干して、「ごちそうさん」といったあと、朝陽の目を見て言った。
「でないとこうして、体が悲鳴をあげるんじゃ」
朝陽はドキッとした。フクロウ先生なら、自分の心を全て分かってしまいそうだったから。
「それに、昨日できていたことが今日できなくなることなんて、よくあるもんだ。その度に落ちこんどったら埒があかんよ」
フクロウ先生はそう言って、ホッホッと笑った。
「ホッ、そうじゃ。頭が痛いんならゆっくり湯船につかんなさい」
帰り際に先生がそう言ったので、朝陽はすぐさまエナによって湯船に押し込まれた。
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