第5章 一歩進んで二歩下がる

第21話 洗井さんからの贈り物


「お届けものー」


 エナと朝食をとっていると、ペリカンが配達にやってきた。


「あらぁ、何かしら?」


 エナは荷物を受け取り、朝陽あさひは「ありがとう」とペリカンにアイスティーを差し出す。彼はそれをグビリと飲むと「ごちそうさん。そいじゃ、またね」と美しく大きな羽に力をこめる。朝陽は「暑い中ご苦労様です!」と、力強く飛び去っていく後ろ姿に伝えた。


「うわぁ!洗井あらいさんからよ!見て見て!とっても素敵!」


 エナはいつの間にか包みを開けていて、白くて軽やかな布をはしゃいで広げる。


「わぁ、素敵なエプロン。エナさんよく似合うわ!」


 パッと広げられたエプロンは、自然で清潔な白さをしていた。襟ぐりと裾は、つつましやかなレースで飾られている。左右両方にポケットが付いていて、左側のポケットの端には“A”という刺繍が施されていた。


 あれ?エナさんのアルファベットはEじゃなかったっけ?

 ぼんやりとそんなことを考えていると、エナがもう一枚、お揃いで作られたエプロンを広げた。そちらのポケットには“E”と刺繍されてある。


「どう?どう?」


 Eと描かれたエプロンを体に当て、エナは嬉しそうに笑う。それは彼女にとてもよく似合っていて、朝陽は「エナさんの雰囲気にぴったり」と微笑んで言った。


「あっ!お手紙が入ってるわ!」


 エナは小さく、可愛らしい咳払いをしてから手紙を読み上げる。



 ********************


 エナちゃん、朝陽ちゃんへ


 先日は素敵なサンドイッチパーティーをありがとう。

 とてもおいしくて、楽しくて、幸せな一日でした。

 ふたりのために、エプロンを作りました。

 気に入ってくれるといいんだけど。


 ついしん

 つい先日、王様の衣装が完成して、あまりの布をいただきました。

 その布で作ったんだけど、とても質のいいリネンという生地です。

 汚れにくくて、洗濯してもすぐに乾くから、エプロンにぴったりです。

 あと、雨丸あめまるにはおそろいの生地でシャツを作りました。

 今度、見てあげてくださいね。


 テーラー洗井


 ********************



「はい、朝陽ちゃん」


 エナは読み終えると、きれいに畳みなおされたエプロンを朝陽に渡した。


「ありがとう……」


 受け取りながら、朝陽はなんだか照れくさかった。だって、自分でもびっくりするほど嬉しかったから。

 つつましく、上品なエプロンを両手に抱え、そのサラッとした生地を撫でる。胸がドキドキした。素晴らしいエプロン。料理の香り。食べる人たちの笑顔。色々な幸福感が朝陽の心をいっぱいにした。



「エナさん、私、エナさんのお店を手伝いたいわ。雑用でもお皿洗いでも……!」



 思わず前のめりになって言った。

 それくらい、真剣だった。


 このエプロンを着て、エナのレストランで、みんなに何か恩返しがしたい。ほんの少しのことでも。


 朝陽は心からそう思った。


 そして、その感情をどこか遠く、懐かしく感じた。

 誰かのために何かしたいとか、誰かが喜ぶことがしたいとか、そんなことを考えたのはいつぶりだろう。


 父が亡くなる直前、朝陽は父に何かしてあげたかった。だけど朝陽はまだ12才で、プレゼントを買うお金なんてなかった。痩せ細っていく父の似顔絵なんて描きたくなかったし、テストで100点をとってくるのも、それも何か違う気がした。

 そうしたら、担任の先生に作文を褒められた。父のことについて書いた作文だった。

 父はその作文をとても喜んでくれた。そしてその作文は最期まで父のベッドのすぐ隣に飾られ、父は意識が遠のいていくその瞬間まで、朝陽の作文を眺めてくれた。

 父が死んで、自分の身体の一部が欠落したような、そんな空虚な感じがしたとき、もうボロボロになってしまった作文を眺めると、ほんの少し、安心した。

 子どもながらに、恩返しができたかもしれないと思えた。

 恩返しは自分の心も救うことを、朝陽は初めて知った。



「もし、良ければだけど……」


 朝陽はそう付け足した。恩返しがしたいと思ったところで、不要だったら意味がないから。


「本当に!?」


 エナは目を輝かせて朝陽に抱きついた。


「私ね、朝陽ちゃんと一緒に、お店を切り盛りできたらきっと楽しいだろうなって、ずっと考えてたの!朝陽ちゃんって本当にいい子だし、それによく気が付くし……。うちのレストランの看板娘になってほしいわ!」


 エナが本当に嬉しそうにそう言って、朝陽は嬉しくて、でもやっぱり少しだけ照れくさくて、頬を赤くしながら「頑張ります」と笑った。

 幸せで胸がドキドキして、めまいがした。

 まるで初恋が叶ったみたいな、素敵な朝だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る