第13話 お水のトラブル喪黒さん


朝陽あさひちゃん、大変よ!」


 その日の目覚めは唐突だった。

 いつもだったら、とっくに身支度を整えて朝食の準備をしているはずのエナが、ボサボサの髪にパジャマ姿で、朝陽のことをゆり起こしたのだ。

 その顔がとても不安げで、朝陽は何事かとびっくりして飛び起きた。


「へっ?どうしたの?」


 起き抜けだから、ふぬけた声が出た。


「お水が出ないのよ……」


 朝陽はベッドを出て、エナに引っぱられるようにお風呂場に向かう。

 いつもチョロチョロと、急須に水を貯めているはずのストローが、ポカンと口を開けている。水も何も、流れていなかった。


「キッチンも、レストランの厨房もなのよ。どうしよう、困ったわ……」


 エナは心配そうに、ソワソワしている。それに比べて、朝陽の頭はまだ眠りの霧が晴れていない。目を覚まそうと、必死になって現実をたぐり寄せていたら、懐かしいメロディーが引っかかってしまった。


「水道トラブル5,000円、トイレのトラブル8,000円、パイプのトラブル〜」


 そこまで呟くように歌って、エナに「なぁに?それ?」と聞かれ、やっと頭の霧が晴れた。


「あっ、えっと、このお水を引いている業者……というか、人……。ええと、どんな人がここにお水を引いてきたのか分かります?その方に聞けば、原因が分かるかも」


 朝陽がそう言うと、エナはパッと明るい表情になった。


「そっか!そうよね!えっとね、お水はね、喪黒もぐろさんが引いてくれたわ!」


 手をポンと叩いて、嬉しそうに言ったエナに、朝陽は何となく、「その人、セールスマンじゃないわよね?“ドーン!”とか、言わないわよね?」と密かに思った。




 二人は急須に残ったお水で仲良く顔を洗い、昨夜の残りのコーンスープとパンを食べ、服を着替えて家を出る。

 早朝だったから、人通りは少なかった。


「喪黒さんはね、あの楠木の下に住んでるのよ」


 エナがそう言って、楠木の方を指差すと、黄色いヘルメットをかぶったモグラが立っていた。腕を組んで難しそうな顔をしている。モグラの隣には、八百屋の小松こまつさんが立っていた。


「喪黒さぁーん!」


 エナが手を振ると、二人は振り向いて微笑んだ。




「やっぱりエナちゃんとこもかい?」


 喪黒さんというモグラは『あんぜん』と書かれたヘルメットをかぶり、緑色のベストを着ていた。裾がふんわりと広がったニッカポッカを履いていて、職人のような雰囲気だった。


「ここの楠木アパートは断水してないんだよな。ちょうどエナちゃんとこから、小松さんのとこまでが止まっちまったかね?2軒とも配管が古いからねぇ」


 喪黒さんはそう言って、また難しそうな顔をした。


「直ります?」


 エナが心配そうに尋ねると、喪黒さんはゲラゲラと豪快に笑った。


「でいじょうぶでぇ!ただなぁ、もうちょっと早く配管変えてやりゃあ良かったなぁと思ってよぉ。悪かったなぁ。今日一日、辛抱してくれっかい?お詫びに、最近手に入ったこの頑丈な配管に変えてやっからよぉ」


 そう言って喪黒さんが手に取ったのは、シリコンでできたストローだった。


 なるほど。使い捨てのストローよりはきっと長持ちするだろう、朝陽はひっそりとそう思った。




「じゃあ今日は、お店閉めるしかないわねぇ」


 エナが残念そうに呟くと、小松さんが「うちもだなぁ」と言った。仕事を休むことになって、しょんぼりとする二人を、朝陽は感慨深く眺めた。


「そうだぁ!今日は川の近くのきゅうり、収穫しに行こうと思ってんだけど、二人も来るかい?川なら水には困らんし、きゅうりと、トマトだったら食べ放題だぁ」


 小松さんがニコニコと提案し、エナは「まぁ!採れたてのきゅうり!」と嬉しそうに声を上げた。


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