第12話 小松八百屋店
家庭用の郵便ポストは、ずっしりとたたずんでいた。色褪せた赤は、くすんだ紅色になっていて、側面は劣化して錆びている。
すっかり古ぼけて苔を生やしたそれは、違和感なく森の中によく馴染んだ。
手紙を取り出すための扉には、鳩が四つ葉のクローバーをくわえた絵が描かれていて、『MAIL BOX』という文字が浮き出ている。ポストの上にある投函口には、真っ白な文字で『やおや』とだけ書かれていた。
取り出し口の扉には、丸いつまみがついていて、そこには長い紐がくくりつけられている。その紐は細長い投函口から、ポストの中へと続く。
長い紐が投函口に吸い込まれるたび、カタンカタンカタンという音をたてた。投函口から引っ張られる紐は、自動的に取り出し口の扉を上に持ち上げる。
ギイギイギイという重たい音と共に、扉が上に上がると、中から中年の男性が長い棒を抱えて出てきた。
「おはよう!エナ!今日も新鮮採れたてだよ」
彼はそんなことを言いながら、扉の両端に頑丈そうな長い棒を噛ませる。
「よぉし!もういいぞ!ミズナ!」
彼がそう言うや否や、ポストの中から小さな女の子が飛び出してきた。
「エナさん、おはよう!今日はとうもろこしがおいしいよ!そしたらお父ちゃん、行ってきまーす!」
栗色の髪をおさげにした可愛らしい子は、マシンガンみたいにそう言った。まるでバンカラな学生のように、巾着袋を肩でかついで飛ぶように駆けていく。
「ミズナちゃん、気をつけて行ってらっしゃい」
もうすっかり遠くに駆けていった彼女に、エナはおっとりと、だけど大きな声で言った。ミズナちゃんは振り向いて、遠くから飛び跳ねながら大きく手を振った。
エネルギーの塊みたいな子だな……と
「相変わらずおてんば娘で、すまないねぇ」
新鮮な野菜や果物を店先に並べながら、先ほどの中年男性は笑った。ミズナという娘と同じ栗色の髪をして、パワフルに動くその姿から、彼女の父親であることはすぐに分かる。
「元気なことはいいことよ」
エナは次々に運ばれる野菜を吟味しながら言う。そう言われた父親らしい男は「んだねぇ」と嬉しそうに、ほんの少し誇らしげに笑った。
「ああ、そうだ。
新鮮そうなベビーコーンを手に取り、エナは思い出したように言った。
「はじめまして、朝陽です」
朝陽は慌てて挨拶をする。
「こちらはね、もうずっと長い間、うちのレストランに野菜を提供してくれてる八百屋の小松さん」
エナがそう言うと、小松という男性は「よろしくねぇ」とにこやかに頭を下げた。
朝陽も「どうぞよろしく」と頭を下げつつ、二人が野菜に夢中であることに心の中で苦笑した。小松さんは相変わらずテキパキと青果を運び、エナは真剣な顔でベビーコーンを選ぶ。
「ミズナちゃんの言う通り、おいしそうなとうもろこしね」
エナは嬉しそうに呟き、小松さんは「そりゃ甘いよぉ」と笑った。
青みの強いみずみずしい緑色の皮から、ほんの少しのヒゲをのぞかせるベビーコーン。朝陽もひとつ手に取ってみると、ずっしりと重く、ふくよかな甘い香りがした。
「今日は贅沢に、丸ごと天ぷらにしちゃおうかしら。あと、とうもろこしの炊き込みご飯。夏のご馳走よ」
エナは幸せそうに笑い、小松さんは「そりゃあ、いい」と目を細める。
「小松さん、今日もありがとう。ミズナちゃんと一緒に、お昼ご飯食べにきてね」
エナはそう言って、カゴいっぱいのコーンをたくましく担ぐ。朝陽も「ありがとうございました」と言いつつ、なんとかカゴを抱える。小松さんは「ありがとよぉ、気ぃつけて」と笑い、うさぎの奥さんに人参を渡していた。
その日の昼食は、
エナの作った『夏のご馳走』は、本当に素晴らしかった。
縦半分に切られたベビーコーンはさくさくとした天ぷらになって、添えられた大葉の天ぷらと一緒に、こんがりと爽やかな香りを放つ。乱切りされたベビーコーンの炊き込みご飯は甘くてほくほくしていて、みんな一粒残らず平らげた。シンプルなサラダと、大根のお味噌汁もとてもおいしかった。
ミズナちゃんはコーンのかけらをほっぺに付けて、一心不乱に炊き込みご飯を頬張っている。小松さんは、そんな娘を幸せそうに、目を細めて眺める。ときどき「ここが甘いんだぞ」なんて言いながら、自分のコーンを娘の器にゆずったりする。雨丸はシャクシャクと気持ちのいい音をたてて、立派な前歯で天ぷらを食べた。
この食卓にいられることを、朝陽はとても幸せだと思った。
レストランには温かい光が入り、エナは踊るように料理をする。食べにきた人、うさぎ、モグラ、ねずみ、リス、みんなおいしそうに頬を膨らませ、満ち足りて微笑む。
朝陽の大好きだった、あの小さな洋食屋と同じ光景。
父は料理を作ることを愛し、誇りに思っていた。そして、父が作った食事は、人々の笑顔と共に彼らの血肉に変えられる。
エナは命の力を作り、人々は幸福感と共に命の力を蓄えるのだ。
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