「故郷」
「帰る場所はあるんですか?」
いつかそう聞かれたことをよく覚えている。
「ありますよ。」
と嘘を吐いたことも覚えている。
その人は私が落とした荷物を拾ってくれていた。荷物を見てそんな疑問が湧いたのだろうか。いや、浮浪者が持つような荷物はなかったし、衣服も汚ならしくはなかった。もっと言えばその時は買い物を終えて住み慣れたボロアパートに帰る途中だった。
でもその人は私の目をまっすぐ見つめて、
「本当に大丈夫ですか?」と聞いた。
なので私も、
「大丈夫です。」と言った。
私は小さな嘘を吐いた。私の生まれ育った田舎は無理な都市開発のせいで埋め立てられすでに存在しない。今日、眠るところはあるけれど、私の帰る故郷はもう存在しない。
野山をかけた子供時代の景色は私の頭の中にしかない。
そんな私を見て、何か気付いたのだろうか。
短編集 加賀美 龍彦 @Taka6322
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