エピローグ 悪魔の食卓

「さあ、責任の所在を探す旅に出よう」


 先輩のその一言から、食卓会議は始まった。


「まずはお疲れ様だね」


「いえ、助かりました。先輩が信号機トリオを呼んでくれなきゃ大変な事になってました」


「何、気にする必要は無いよ。だが、金平糖の危険性は十分に分かっただろう?」


「ええ、とても。まあ、魔法少女の力の源な訳ですし? そもそも人間には余る力だとは分かっていましたけど」


「利口だ。なに、心配しなくて良い。新人の妖精さんにはアリがちな失敗さ」


「他にもああやって魔法少女が暴走するケースがあったんですか?」


「もちろん。多くは無いがね。私の身の回りでも過去に何度か起きたよ」


「へえ、何でなんですかね」


「とぼけるなよ、分かって言ってるクチだろ?」


「さあ、どうでしょう。人間の内に秘める邪悪さが理由じゃないとは思ってますけど」


「皮肉だねぇ」


「良かった、ちゃんと伝わった」


「でもおかしくないですか。悪魔にとって、人間こそ邪悪な存在だと認識してるんですよね。ならあんな余る力を与えるのは危険だって分かってるはずでしょう」


「ごもっとも。逆に問う、何故だと思う。未来君の言う通り、私達はあの危険を知っている。少なからずああいう事態は起きると予測している。その上で人間にあのような力を与えるのは何故だと思う?」


「そう、ですね……。負けるはずが無いから、ですかね。例えば、人間は拳銃を作った。拳銃は危険な物だ。それでも憂慮しないのは、拳銃は拳銃だけの力によって人間を殺せないからだ」


「面白い解釈だ。持ち手である人間が悪意を持てば容易に人間を殺せる。そこまで言いたいのではないかな?」


「ああ、確かに。そうかもしれないです、無意識的にですけど。悪魔と魔法少女に当てはめるなら、魔法少女を従える妖精さんが反逆の意思を持てば上級悪魔とはいえ危ないかも。ああ、なるほど。だから主人は下僕に対して首輪を付けているんですね?」


「良いねえ、賢いねえ。考えるという行為そのものが好きなタイプだろ?」


「分からないです。でも苦痛ではないかもしれないですね」


「だろうね。あ、ちなみに不正解だ」


「不正解?」


「人間に余る力を与える理由さ。決して悪魔の驕りが理由ではない」


「じゃあ何なんです」


「シンプルな答えだよ。もう少し考えてみよう。なに、いくら飲んだって酔わないんだ」


「そうですね……。楽しいから、とか?」


「その心は?」


「いえ、特に深い意味はありません。だけどそれが答えなんじゃないですか。深い意味など無い。人間に奇跡のような希望を与え、そして絶望するまでの過程を眺めているのが悦楽なんです。だから自分は直接関わらず、下僕にその仕事をさせる。あくまで見物人である事が意味だから」


「ふむふむ」


「違いますね、不正解だ」


「うん、不正解。でもそれもまた一つの別解かもしれないね。未来君の言う通り、その様子を眺めて悦に入る悪魔は多い。だが致命的な考察不足が一点」


「何です」


「魔法少女は絶望しない」


「ん? ……ああ、そうか。自分が死ぬとも知らないし、死んだ事にも気付かないですもんね」


「その通り。だから希望から絶望までの落差を楽しむ、というのは本意ではない」


「まだ考えなきゃダメですか?」


「良いじゃないか、私は今この会話をとても楽しんでいるよ?」


「ったく、その顔と乳が無きゃさっさと止めてますよ、この会話」


「あははっ、人間が悪魔よりも平均的に醜く貧相な体型で良かったよ」


「じゃあこんなのはどうです? 暇だったから。これは僕の予想ですけど、魔界には魔力を摂取できる食糧があるはずです。そうでなきゃ悪魔がその世界で繁栄しませんからね。にも拘らず、わざわざ人間界に来てまで、更に面倒な手順を踏んでまで魔法少女の肉を食べる。それは暇だったからだ。何か刺激が欲しかった。五万二十歳でしたっけ、先輩。それだけの寿命があればどんな遊びにも飽きるはずだ。だからこれは、食事もこなせる新たな遊びに過ぎないんです。例えるなら、人間がいくつかあるたこ焼きの中にワサビをたっぷり入れてスリルを味わうような。たこ焼きが悪魔にとっての魔力で、ワサビが魔法少女が暴走する可能性だ。どうです?」


「ワーオ」


「おっ?」


「面白いね、そのたこ焼きにワサビを入れるってやつ。今度やってみようじゃないか」


「不正解ですね」


「うん、不正解」


「もう良いんじゃないですか? どうせこんな問答、過去に何度もやってきたんでしょう。俺以外の下僕と」


「妬いてる?」


「妬いてませんけど」


「いいや、妬いてるね。君の心の中から声が聞こえてくる。当てられないし、どうせ他の男とも同じ事やってたんだろうし、嫌だいやだ! 僕だけの先輩で居てほしいよ!」


「不正解」


「だね、そんなのは私の妄想だ。さて、どうする? ギブアップして答えを聞いちゃう?」


「ギブアップです。俺はそんな安い挑発に乗るほど浅はかなプライドの持ち主ではないんです」


「と、言いつつ実はちょっとだけ悔しい」


「正解」


「あははっ、ほんっとに可愛いねえ未来君は!」


「心と身体を差し出す気になりました?」


「それとこれとは話が別さ。今はまだ、そうだね、愛玩動物への愛情みたいなものかな」


「うへぇ、先が思いやられる」


「精進したまえよ、何せ悪魔の寿命は永すぎるんだから」


「えっ、俺も何万歳まで生き続けるんですか?」


「そうだよ?」


「うわぁ……」


「そんなに嫌がる? それなら人間に戻る?」


「戻れるんですか?」


「戻れるよ。ただし、腹が裂けたあの時の君にね」


「つまり人間に戻れば死ぬ、と」


「正解」


「とんでもねえことになった」


「で? で? どうするの? ギブアップ?」


「じゃあもう一回だけ回答権を行使します」


「うむ、よろしい。ラストチャンスだ」


「悪魔が人間を食糧にする理由はズバリ、美味しいからだ。それもこれまでに食べた事が無いくらい、他に代わりが効かないくらいに魔法少女の肉が美味し過ぎたから。人間でもよくある話ですよね。A5ランクの牛肉を食べてから安い肉が食べられなくなったとか、江戸前寿司を食べてから回転寿司屋に行けなくなったとか。まあ俺はスーパーで半額シールの貼られたパック寿司でも幸せになれる部類の人間でしたけど。とにかく、悪魔はもう戻れないんだ。魔法少女の肉を食べてしまったら、それ以外の淡白な魔力摂取行為では満足が出来ない。どうです?」


「悔しいけど、正解」


「賞品は先輩の巨乳を一晩好きにしても良いよ権です! おめでとうございます!」


「ステイ」


「っ!」


「よし」


「卑怯な」


「いやいや、自業自得だろう」


「おっ、出ましたね。自業自得ってワード、待ってましたよその言葉」


「どういうことかな?」


「いやね、先輩言ってたじゃないですか。魔法少女が死ぬのは自業自得だと。本来なら叶うはずの無い奇跡を起こした傲慢さによるのだと」


「言ったっけ?」


「言ってましたよ。でね、俺ずっと考えてたんですよ。果たしてそうなのか、って」


「聞こう」


「そもそもですよ、やっぱり不公平なんですよ。フェアじゃないんです、あの契約」


「そう?」


「そうですよ。そりゃ誰だって願いが叶うなら願うに決まってますよ」


「悪魔と戦うという危険に身を投じるという代償がある」


「ええ、あります。でも人間はそこまで賢くない。それこそ、小学生から高校生くらいの少女なら尚更バカだ。幼少期から日曜朝はテレビの前に大人しく座って悪魔の洗脳を受けてるんです。そもそも悪魔退治に対して想像してる危険度が低いんですよ。正義は勝つ、魔法少女は負けない。だから悪魔と戦っても死にはしない、そう思ってるんです」


「それって悪魔が悪いのかな?」


「いえ、それが難しいんですよ。悪魔はその洗脳の為にアニメの企画を立ち上げ、そして十年以上に渡って人気シリーズとして今なお放送は続いている。そこには立ち上げた悪魔の相当な努力があったはずなんです」


「もし、テレビ局関係者を操って無理やり企画を通していたとしたら?」


「それは一歩目に過ぎません。ちょっとだけスタートラインをオーバーしていただけです。しかしその後も幼い少女達の心を掴み続けているのは、間違い無く努力の賜物なんです」


「確かに」


「しかも日曜朝ですからね。その放送枠を奪いたいプロデューサーだって今でも居るはずだ。それでもとっくに、他じゃ敵わないくらい強固なファン層を獲得してしまったんです。だからなんというか、そこに関しては咎めようにも咎められないのが本音です」


「ならある意味悪魔の努力の積み重ねがあったからこそ、フェアなのでは?」


「いいえ、それを差し引いてもアンフェアです」


「どうしてかな」


「だってその固められた地盤を何の努力も無く利用しているに過ぎないんですから」


「言うねえ」


「言いますよ。酔ってるのかもしれない、何かの間違いでね。先輩も酔ってるって事にしてください」


「ははっ、ベズならこの辺で「めんどくせえ!」とか言って席を離れてそうだ」


「だから先輩に話してるんですよ、誰よりも聡明な先輩にね」


「良いね、酒に酔わずとも未来君のおだてに酔わせてもらおうか」


「あのアニメの企画を立ち上げた悪魔が一人だけ、独占して少女を騙してその肉を食らう。それなら俺は何の文句も無かったと思います。だけど俺も先輩も、ただ洗脳されている少女の憧れと無知さを利用して、最も大事な部分を隠して騙して、そして最後に美味い肉にありついている。それがアンフェア以外の何だって言うんでしょう」


「強いて言えば──いや、止そう」


「問題は、待つ死の運命を明かさないところにあるんです」


「だがそれを教えれば契約なんてしないだろう。いや、契約だけして金平糖を使い果たさないだろうね。それで人間は何のリスクも負わずに願いだけを叶えられる」


「そう、その通りなんです。だから悪魔側の気持ちも分かります。食い扶持の為にそれは隠し通さなくちゃならない」


「そうだよね」


「つまり、このシステムはどう足掻いてもアンフェアなままなんです。悪魔が邪悪であれば人間は損を被り、悪魔が善意を見せても人間が先輩の言う通り邪悪であれば、俺達は飢えて死ぬ。まあ、それを防ぐ為にきっと悪魔は一般人を襲うようになるでしょうね」


「だろうね」


「そうなればこれまで以上に人間側の被害者が増えます。するとどうなると思います?」


「おっと、今度は私が問われる番かい? そうだね、生贄文化の復活だろうね」


「そうなんです。いや、分からないですけどね。でも多分そうなると思います。人間として生きてきた俺が人間社会で得た知見からそうなると予想してるので、これはあながち間違いでは無いはずです」


「頼もしい意見だ」


「すると、今度は数字の上でのアンフェアが生じ始めます。悪魔一人を生かすのに人間は百人が犠牲になるか、もしくはこれまで通り罪の無い少女一人を生贄に捧げるか、トロッコ問題みたいなものですね」


「トロッコ問題?」


「あぁ、説明するの面倒なんで調べてください。とにかく、一人を助ける為に他の人間を犠牲にするのは許されるのか、っていう問題です」


「分かりやすい」


「ちなみに先輩はどっちであるべきだと考えます?」


「当然、少女一人の犠牲だ」


「理由は?」


「少女一人を失おうと人間社会が被る損失は少ないからね。百人ともなれば万が一政府の高官なんかが襲われたら世は大混乱だ」


「驚きました。まさか論理的な答えが返ってくるとは」


「私って誰よりも聡明なんだよね?」


「すみません、冗談ですよ。話を戻します。つまりですね、そもそも魔法少女の契約なんていうシステムそのものがアンフェアそのものなんですよ。だからそれは人間にとっちゃ迷惑この上無い話です」


「だけど少女の願いを叶えているよね?」


「ええ、やがて死ぬ少女の、ですけどね。だから結果的に人間社会全体にとっては人間という資源を一つ失っているだけなんです。対して悪魔は刹那的な快楽を得て、その上で多量の魔力を蓄えたことによって生物としての格も上げている。人間だけが損をして、悪魔は得をしているんです」


「ちょっと待ってくれ、一つ前提が欠落しているよ。魔法少女を生み出す事で、ごくたまに上級悪魔に対抗できる程の戦力を得てしまう場合がある。それが純粋な個のパワーか、群による協力から生み出されるものかは別としてね。そのリスクを悪魔は常に負っているだろう。それに対してはどう説明するのかな?」


「簡単です。それが嫌なら魔界に帰れば良い。ずるいのは、悪魔だけが逃げるという選択肢を持っている点です。しかし人間はそうじゃない。何故ならコトは人間界で起きているから。人間は逃げ場が無い。だから悪魔が人間を食べたいと願うなら、人間は何の対抗手段も無く自分が選ばれないよう祈るしかない」


「確かにそうかもしれない。だが、それは魔界を知らない者の意見だ」


「と、言いますと?」


「魔界が悪魔にとって絶対安全圏では無いという事さ。魔界には上級悪魔を食らう、低級悪魔のように知能の無い獣が存在する。それに対抗出来るのは悪魔の中でもエリート中のエリートだけだ。未来君が魔界をどのように想像しているかは読み取れるよ。それに対して言える事は、そんなに平和な場所じゃない。悪魔は日々、生きる為に生きている。人間のように惰性で生存し、娯楽に浸る余裕など無いのさ。そんな民を守るべく日夜戦い続ける者達もまた、人知れず死んでいる。だから全ての魔界に住む悪魔は、生きる為に生きているという訳さ」


「まさか……」


「ああ、そのまさかだ。こうして悪魔が人間界を訪れているのはその劣悪な環境から逃れられた運の良い者が一つ、そして人間を食い魔界の民を守る為の力を付けに派遣された者が一つだ」


「ははっ、最悪だ。これで一気に俺の中で確立されそうだった善悪論が瓦解しましたよ」


「だろう? 考えてもみたまえよ。未来君が話している間、私はずっとこの確固たる事実を知りながら聞いていたんだからね」


「すみません、俺はとんだ恥知らずでした」


「いやいや、仕方無いさ。無知とは罪ではなく罰だ」


「ちなみに先輩はどっちなんです?」


「どっちだと思う?」


「そうですね……。運が良い方かと」


「理由は?」


「戦闘には役に立たない能力だから」


「言うねえ。不正解だ」


「マジですか」


「マジだよ。心が読める能力があれば知能の無い獣相手でも思考が読める。最前線には出なくとも後方から指揮が出来るじゃないか」


「なるほど。ちなみにベズさんはもちろん?」


「戦闘員だよ」


「ですよねー」


「エリーザは運が良い側の悪魔だった。ベズと恋に落ち、安全な人間界へ連れて来てもらったのさ。それが皮肉にも、ね」


「勘弁してくださいよ」


「ごめんごめん、あまり舐めた口を利かれたもんでついね」


「謝ったじゃないですか……」


「いや、謝られていないんだけど」


「あれ、そうでしたっけ?」


「謝れ」


「すみませんでした! って、こんなことに主従の命令を使わないでくださいよ! 危うくステーキに顔をうずめるところだったじゃないですか!」


「ごめんごめん」


「えっと、何の話でしたっけ……。そうだ、アンフェアだって話だ」


「考えは変わった?」


「変わった、ような……。やっぱり変わらないような……」


「未来君も頑固だねぇ」


「悪魔側にも事情があるのは分かりましたよ。だけど人間を巻き込むのは違うと思います。魔界がどうであれ人間にとっては無関係な話ですよ」


「冷たいじゃないか」


「いいえ、冷たくないです」


「なら悪魔はどうすれば良かったのかな?」


「それは、まあ、自分達で何とかするしか無かったんじゃないですかね。というか、どんな大義があれ結局は魔法少女の肉が美味しいからこんな事をしてる訳じゃないですか。その動機が不純なんですよ」


「一理ある。あくまで戦闘員として力を付けるべき悪魔だけが魔法少女の肉を食べるべきだ。そういう意見は魔界でも挙がっているよ」


「ほら、やっぱり」


「じゃあその役目を負った悪魔なら人間を食べる事を正当化してるのかな?」


「んなっ! 卑怯じゃないですか、誘導尋問って言うんですよそういうの」


「証言に代わりは無いけどね」


「クソォ……」


「汚い言葉を使うんじゃないの」


「とにかく! 人間としては断固として、悪魔の魔法少女の契約はアンフェアであり反対という意見です」


「よく分かった。だが心を読むに、それで終わるつもりは無さそうだけど?」


「はい、そうです。いろいろ言ってますけど今の俺は悪魔です。永遠に等しい寿命を与えられてしまったし、どんな正義を語ろうと人間を食わなきゃ生きていけません」


「そうだね」


「だから俺、諦めました」


「おっと」


「現実は変わらないんです。人間には戻れない。戻ったら死ぬからとかじゃなくて、悪魔として少女達を殺した罪をもう背負ってしまったからです。身だけでなく、心まで悪魔になってしまったんです」


「そうだね」


「俺、結構物分かりの良い方だと思うんです」


「自分で言う?」


「間違ってます?」


「いや、事実そうだとは思うよ、否定はしない」


「ですよね。あれだけ悪魔のせいで人間が犠牲に、なんて言ってましたけど、実のところ悪魔が来なくたって近からず遠からずそういう社会になってたと思うんです」


「興味深いね」


「先輩の言葉を借りる訳じゃ無いですけど、やっぱり人間って邪悪な生き物ですよ。悪い大人が夢見る少女を騙すなんてよく聞く話です。少年も、ですかね。それって魔法少女の契約と大差無いと思うんですよ。元々叶うはずの無かった願いを叶えてあげるという口実で騙し、少女の夢と人生を貪って生きる奴らが居る。それで自殺までしてしまう子だって居ます。それと比べれば本当に願いを叶えてあげる悪魔の方が余程善良です。だから、悪魔のそういう所業を肯定は出来ませんけど、悪魔が居なくてもそれは起こり得る。そんな奴らが生きる事を許される悲しい世界なんです、人間界って。だったら逆説的に悪魔がやっている事も許されなくちゃならないんです、悔しいですけど。悪魔だって人間と同じ心を持った生き物です。人間だけが許されて悪魔が許されないのはそれこそアンフェアってものです。だから俺はこの運命を受け入れられました。いやね、皮肉ですよ。許されるべきではない者が裁かれないから、同じ事をする悪魔を咎められないんですもん」


「いや、なんというか、深い話をするんだね」


「失礼な」


「すまない」


「だから俺もそんな悪意が蔓延るこの間違った社会の在り方を享受してやろうと思いました。これからも少女を騙して生きていこうと決めました。出来るなら人間としての情も捨ててやろうと思ってます。まだ少し時間は掛かりそうですけど」


「大丈夫さ、時間はたっぷりあるんだから」


「でも、こういう風にも考えられると思いました。死ぬべき人間だけを殺せないものか、と」


「それはつまり、邪悪な人間を魔法少女の死の運命に引きずり込めないか、という話かい?」


「そういう事です。もしそれが出来るなら、悪魔は人間社会においてのダークヒーローになれると思うんです。人間社会で犯罪への抑止力になればきっと大切に扱われます。正当に役割を与えられ、人間との共存も叶うかもしれない。例えば既に死んだ人間を悪魔の食糧として分け与えられるかもしれません。そうすれば魔界で苦しむ悪魔達をもっと人間界に呼べるかもしれないですしね」


「夢を見過ぎだ。魔界の人口は途方も無い数だ。人間界からどれだけの悪人と、どれだけの死者が供給されるというのさ。それに悪魔の存在が悪行への抑止力になってしまっては、死ぬべき人間というのも減ってしまうという意味だよ。そうなればより一層悪魔は食い扶持を減らしてしまう。そうなれば待ち受ける未来は一つ、人間と悪魔の戦争さ」


「そう、ですかね……」


「未来君の発想は決して悪いものでは無い。だが断言する、不可能だ。悪魔と人間は決して共存などできない。それがもし可能ならとっくに叶っている。それとも未来君はこれまでの誰もが成し得なかった奇跡を実現出来るような力があるとでも言うのかい?」


「いや、それは……。あれ、今なんて?」


「悪魔と人間の共存は不可能だ」


「違う、もっと後です」


「未来君はこれまでの誰もが成し得なかった奇跡を実現できるような力が──」


「それを願う魔法少女が居たら、どうなるんでしょう」


「流石にそれは……。でも……。いやいや、ありえない! 何せ人間は自分に得が無い事の為に奇跡を叶えるチャンスを使う程善良ではない!」


「皐月は自分の為では無く、幼馴染の幸せの為に願いを叶えました」


「で、でもそれは……」


「ええ、異例中の異例だと思います。でも大バカ野郎が他に居ないとも限らないですよね?」


「断定は出来ない。だが悪魔と人間の共存が叶ったとしてだ、魔界の惨状が根本的に解決する訳では無い。そして人間界の人口にも限りがある。ひと時の共存が叶ったとしても、やがて種族の存続を賭けて戦争になる未来が待っているだろう」


「そうですね……」


「いや、危なかった。危うく魔界での生存競争以上の戦火を巻き起こすところだったぞ」


「こちらこそ助かりました。うっかり人類滅亡させちゃうところでした」


「とにかくだ。私から言える事は一つ、諦めが付いたのなら妖精さんとして、悪魔として生きろ。それが最も犠牲を減らせる最善策なんだよ」


「あれ、魔界での獣との戦いが根本の問題なんですよね?」


「おい待て、まだ何か世迷言を唱える気か?」


「魔界の獣を淘汰するという願いを叶えれば!」


「不可能だ。人間界で契約する場合、次元を超えた場所に影響を及ぼす願いは叶わない」


「じゃあ魔界に少女を連れて行って──」


「魔界の瘴気に充てられて契約する前に死ぬ」


「万事休すじゃないですか……」


「だからそうだと言っているだろう。しかもそれが可能ならとっくに手を打っているに決まっている。私達のような凡人が思い付く迷案など、過去の天才が思い付き、そして不可能だと結論付けたから叶っていないだけだ」


「うわぁ、人間界でもよく聞く話ですよ……」


「そうだろう。分かったらそろそろ──」


「あ、最後にもう一つだけ」


「最後なんだな? 最後に一つだけなんだな?」


「はい、本当に最後に一つだけです」


「分かった、聞こう」


「自業自得に関する話です」


「それはさっきまで話していたはずだろう」


「いえ、今度はもっとスケールの小さい身近な話です」


「ほう」


「あの日、俺が初めて先輩の家に来た日です」


「契約をした日だね」


「はい。少し前までは先輩のせいで、ってずっと恨んでたんですよ」


「知っている、全て筒抜けだ」


「だけど気付いたんです。俺はあの日、先輩を〝食べよう〟としました」


「性的な意味でね」


「はい、性的な意味で。更に人の家の冷蔵庫を勝手に漁り、結果として魔法少女の肉を食べてしまった。どこまでが先輩の狙い通りだったのかは分かりません。でも分からなくても良いんです。全ては俺の、欲に塗れた邪悪を制御出来なかったのが悪いんですから。人間が邪悪だとか、悪魔が邪悪だとか、論ずる意味さえ無かった。だって俺自身が、始まりのあの日に、少なくとも邪悪な人間が一人以上存在しているのだと証明していたんですから」


「遅いよ、気付くのが」


「ですかね」


「だがこうも考えられる。私は未来君が自分に気があると知っていた。だから酔った振りをして家に送らせた。サークルの飲み会の時点から、私は君が小腹が空くように料理の割り振りを調整していた。つまりあの時、君が冷蔵庫を開き魔法少女の肉を食べるよう私が仕向けたのさ。もう分かるだろう? 未来君が人間の邪悪さを証明したように、私も悪魔の邪悪さを証明していたのさ。ふふっ、笑えるな」


「ええ、可笑しな話です」


「さあ、今夜は飲もう。他にも話したい事は沢山あるんだから」


「そうですね。折角酔わないんだし、飲まなきゃ損だ」


「何から話そうか。そうだ、私が履いている下着の肌触りについて、なんてどうだろう」


「最高ですね」


「ふふっ、なんてね。実は今、ノーパンなんだ」


「最ッ高ですねぇ! って、あれ、おかしいな」


「どうかしたのかい?」


「いやぁ、大好きな先輩がノーパンだって話なのに、勃たないんですよ」


「ああ、ようやくだね」


「え?」


「ようやく悪魔化が完了したって事さ」


「冗談ですよね?」


「冗談じゃない。悪魔は人間のような方法で子を産まないからね、生殖機能が必要無いのさ。だから未来君のソレは一生──」


「うううう嘘だぁああああああああ! 考えろ! どエロい事を思い浮かべろ! 先輩はノーパン! 先輩はノーブラ! 先輩の巨乳に俺のを挟んで──勃たねぇええええええええええ!」


「ふふっ、好きだよそういうところ」



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