22話 魔法少女・雨野水無月
雨野の目があるから皐月の死体は持ち帰れなかった。先輩に怒られるだろうか。
警察に通報し、俺は雨野を連れてさっさとその場を去った。
幸い、一度妖精さんの姿になってからもう一度人間の姿に戻れば身体や服に付着した皐月の血は綺麗さっぱり消えてなくなった。
近所で雨野の着替えを買い、空港へ向かった。
東京に戻り雨野を家まで送り届けた。
雨野を家に送ったのはこれが初めての事だった。
一ヶ月が経った。
先輩に謝り倒し、他の下僕から納められた魔法少女の肉を少しだけ分けてもらった。
そのついでに、北海道での出来事を話した。
先輩は俺がベズさんに情報を明かさなければ代わりに情報を流すつもりだったらしい。
バーでみんなで話していた時、俺の心を読んで全てを知っていたらしい。
ベズさんに同調していた先輩だから、彼に情報を明かした俺の行動を認めてくれた。
それが無ければ魔法少女の肉は分け与えなかっただろう、とまで言っていた。
足繫くとまではいかないが、時折雨野の家を訪ねた。
しかし一度も話は出来なかった。
やがて直接訪ねるのは止め、メッセージを送るだけに留めるようになった。
はっきり言って面倒くさくなったのだ。
だが、俺の心に彼女の存在が引っかかり続けた。
その証拠に、せめて彼女が最期を迎えるまでは次の魔法少女を生まないと誓った。
もちろん先輩からは急かされた。
気にしているのか忘れようとしているのか、中途半端な事は止めろと言われた。
全くもって先輩の言う通りだと思う。
だがそう機械的に、単純に考えられないのが元人間の悪い性だ。
逆算すると、いい加減に次の魔法少女を契約しなければ次の空腹を満たせないだろうところまで日は進んだ。
俺から彼女の家へ出向こうと思っていた日、意外にも向こうから会いに来た。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「そいつは?」
知らない女子高生を連れて来た。
制服を見るに彼女と同じ学校の生徒だろう。
「魔法少女の契約をする際、どんな願いでも叶えられるんですよね」
「ああ、おおよそな」
「おおよそ? 例外があると?」
「ああ、まあな」
「なら、死んだ人間を蘇らせる事は出来ますか」
……なるほど、そういう事か。
彼女は皐月を蘇らせるつもりなんだ。
しかも別の少女を無理やり契約させて、だ。
隣の少女の表情と頬の痣を見ればすぐに二人の力関係は分かった。
きっと少し前の俺なら正直に「死んだ生命は戻せない」と言っただろう。
だが状況が状況だ。
そろそろ次の魔法少女が必要なのだ。
俺は二人を騙すと決めた。
「出来る」
「分かりました。ほら、契約して」
「で、でも──きゃぁ!」
雨野が殴った。
何度も殴った。
俺はそれを静かに眺めていた。
人間こそ邪悪、彼女を見ているとその言葉の真実味が増していくばかりだった。
「契約、します……」
俺は妖精さんの姿となり、早々と契約を済ませた。
俺達の手の間から漏れ出す光が地面の一ヶ所に移動して集中した。
それは少しずつ人の形を形成していき、少し前まで見慣れていた少女の身体が顕現した。
「皐月!」
彼女はそれに駆け寄り抱いた。
一ヶ月越しの幼馴染との再会だ、思う事もあるだろう。
俺は気を利かせてその場から離れようとした。
離れようとしたが、彼女の言葉に違和感を抱き足を止めた。
「皐月? ねえ、皐月? 起きて、ねえってば!」
皐月が目を覚まさないのだ。
当然である。
魔法少女の契約に際して、死んだ生命を蘇らせる事は出来ないのだ。
物体としての身体だけが再生されたとかそんなところだろう。
意地の悪いシステムだと思う。
皐月の身体が再生されたのだから名も知らぬ少女との契約自体は完了している。
その証拠に少女の手元には金平糖の入った瓶が確かに存在している。
あの子は何の意味も無い願いの為に魔法少女の使命を背負わされたのだ。
可哀想過ぎて笑いが込み上げてくる程だ。
「なんで、なんでよ! 皐月、皐月!」
相変わらず彼女は肉塊に向かって叫び続けている。
その姿が痛々しい。
「騙したんですか」
「騙したとは?」
「死んだ生命を蘇らせるなんて無理だったんですね!」
「さあな」
「ふざけるな! ふざけるなァ! 返せっ!」
掴みかかってくるものの、生身の女子高生程度の力じゃ男子大学生の体幹はビクともしない。
彼女の無力さがより一層痛ましさを助長させている。
その様子を見ていると、もうどうでも良くなった。
どうせそのうち死ぬようなこいつに情を掛けるのも面倒だ。
「そもそもな、死んだ生命が戻る訳無いだろ。しかもお前は人の命を捧げて願いを叶えようとした。そんなお前に俺をとやかく言う権利なんて無いだろうが」
「っるさい! 皐月を返せっ! 皐月を返せよっ!」
「うるせえな!」
殴ってやった。
正直、気持ち良かった。
自分よりも弱い存在を力で黙らせるのがここまで心地好い行いだとは知らなかった。
今しがた契約した少女がここに居なければ、魔法少女の正体と辿る運命まで全部さらけ出してやりたいくらいだった。
それは悪魔としての損得勘定によって抑えられた。
「妖精さんでしょ! 魔法少女をサポートするのが仕事でしょ! だったら助けてよ! 皐月を蘇らせてよ!」
「バカかお前、アニメの観過ぎだ。役立たずの妖精さんはテメエらをサポートするのが仕事じゃねえ。お前らを魔法少女にするまでが仕事なんだよ。そこから先はテメエの力でどうにかしろ」
「私の力で……」
彼女は静まった。
ようやく諦めが付いたか。
「そうですね、魔法少女ですもんね。自分の力で、自分の魔法で解決すれば良いんですよね」
彼女が虚ろな目で呟く。
やがてその視線は名も知らぬ少女へと向けられた。
「いっ、いやっ、来ないで……」
ゆらゆらと幽霊のように少女に近付く。
「寄越せ」
彼女は金平糖が満杯に詰まった瓶をひったくり、それの中身を平らげた。
金平糖は魔力の塊だ。世界の因果をねじまげて生まれた、可能性の矛盾を孕んだ悪魔の産物がそれだ。
それを一つ口に含めば人智を超えた力を身に纏い、人間社会を闇から守る正義のヒーローへと変身する。
それを何十個も同時に体内に入れたらどうなるのか、想像もした事が無かった。
確か、先輩が言うには──。
「ヴゥ、ヴァアアアアアアアアアアアア!」
それが人間の少女の叫びだと誰が思うだろう。
獣の雄叫びよりも禍々しく、どんな悪魔よりも邪悪な音色だった。
彼女の身体が黒い泥に包まれた。
魔力のオーラが生み出した謎の生物達が彼女が引きずりまわし、彼女の身体が裂けていく。
四肢を引きちぎられた胴体から新たな腕と脚が生えてくる。
腕には奇妙な紋様が所狭しと刻まれ、足先に向かってうっ血しているかのような紫色の脚が生えた。
あれを魔法少女と呼ぶべきなのか、些か判断しかねる。
髪が泥に包まれ色が変わった。
黒髪から毒々しい紫色へと変貌する。
その髪先には青い炎が灯っている。
最後に胸元から茨が生え、胴体を覆って隠した。
これにて、彼女は人のカタチを失った。
その横で名も知らぬ少女は息絶えていた。
魔法少女は金平糖を全て消費すると死ぬ。
約束通りの結果だ。
彼女に目を付けられたのが運の尽きだったのだ。
後から美味しくいただくとしよう。
「ザヅギィイイイイイイイイイイイイ!」
彼女は皐月の亡骸を抱え上げた。
胸から生えた茨が展開され皐月を包み込む。
茨に紫色の光が駆け廻り、皐月の身体に魔力が注入されていくのが肌感覚で感じ取れた。
「ザヅギ、ザヅギ、ザヅギィ……」
魔力が注入される度、皐月の身体がビクンと跳ねる。
「まさか、本当に……?」
皐月の顔がだんだんと温かい色を取り戻していく。
そして破裂した。
「ザ、ヅギ……?」
「ははっ、許容量を超えたね」
「先輩!?」
音も無く、いつの間にか俺の背後に先輩が居た。
「うっわぁ、こりゃひどい。君、雨野水無月?」
「ヴァア?」
「バカだねえ、人間って」
先輩は彼女の周囲をぐるりと歩きながら観察する。
彼女は先輩に手を出さない。
いや、出せないのか。
先輩を上位存在だと頭か、心か、身体を走る魔力で理解しているのかもしれない。
「なるほどなるほど、勉強になったよ。じゃ、やっちゃって」
先輩の合図でどこからともなく魔力によるビームが放たれ彼女を襲った。
その一撃を皮切りに三人の魔法少女が一斉に彼女へ波状攻撃を仕掛けた。
「信号機トリオ!」
「よぉ、新米。こりゃすげえや」
あの時の、三人の魔法少女を従えた妖精さんだった。
「私が呼んでおいたのさ」
「だがよぉ、月川さん。アイツらでも倒せるかは分からないですよ?」
「大丈夫さ、時間の問題だよ」
「時間の問題ってどういう意味ですか」
「彼女は身に余る魔力を体内に宿した。その副作用として魔力中毒を起こしあのような姿に変貌した。しかし元は人間だ。大きすぎる魔力をいつまでも抱えてはいられない。時間が経てば内側から魔力が溢れ出し、やがて朽ち果てるだろうさ」
「ったくよぉ、うちのは時間稼ぎ役って訳ですかい。死ぬにしろ身体が残りゃ良いですけどねぇ、肉のひとかけらも残らず消し飛ばされちゃ上納が間に合いませんぜ」
「今回ばかりは大目に見よう。事態が事態だしね」
「そりゃ助かります。……お前ら、時間を稼げ! やがてそいつは自滅する!」
「「「了解!」」」
彼女と共に、三人の魔法少女は惨たらしく死んだ。
悪魔にとって、少女の命は塵ほどに軽かった。
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