21話 責任の所在
「実家、北海道なんです」
「嘘だろ……」
嫌な巡り合わせだ。
「待て、家族三人で行くはずだったレストランという可能性も無いか?」
「確認しましたがそのような予約も無いと。あのレストランは完全予約制なんです」
よりにもよって行くのか、北海道に。
これだけ探して見つからないんじゃ都内で見つかる気がしない。
偶然にも雨野の母が襲われた日、その日にようやく真人間になった父と墓参りでは無かったとしても実家を訪れる可能性は十分に有り得る。
「雨野の実家に連絡は取れないのか? 無理して北海道まで行くこと無いだろ。躍起になって北海道まで行って雨野が居なかったり、居たとしても何事も無く実家に滞在しているだけだったら無駄足だ」
「どうしてそんなに冷静でいられるんですか! ミナが危険な事をしていたのを三咲さんも知っているはずです! そんな時に突然連絡が取れなくなったんですよ! 無駄足ならそれで、ミナが無事ならそれで良いじゃないですか! ……私だけでも行きます。三咲さんは付いて来なくても良いです」
皐月の意思は固かった。
俺を置いて彼女は最寄り駅へと走る。
その足で空港まで行くつもりなのだろう。
俺は追いかけざるを得なかった。
雨野の身に何かがあろうと無かろうと、ここで動かなければ後味が悪いだろうと思ってしまったのだ。
皐月と一緒に電車に揺られながら、先輩にベズさんの居場所を探ってもらった。
少し前に「空港に居る」と言っていたらしい。
間違い無い、やはり雨野は北海道の実家に帰ったのだ。
そしてベズさんはそれを知り復讐を果たすべく追いかけた。
飛行機に乗っている間、俺は光のやりたいことリストを眺めていた。
最期の日、悪魔が現れなければ光と二人で北海道に行けていた。
隣に座るのは皐月ではなく光のはずだったのだ。
北海道で何が起こるのか、雨野と皐月、ベズさんと俺はどうなるのか、それはまだ分からない。
だけどもし、誰も死なずに全てを納得させられる方法があるならば、俺は何よりもそれを望む。
そして全てが丸く収まった暁には、光が欲しがっていた木彫りのクマを買おう。
それを最後に、俺は人間を捨てよう。
空港から電車やバスを乗り継ぎ、雨野の実家に辿り着いた。
街中とは言い難い、どちらかと言えば田舎町の中にその家はあった。
皐月がチャイムを鳴らした。
誰も出迎えない。
もう一度鳴らしても同じだった。
「ミナー!」
「おい、迷惑だろ」
「良いんです、ミナの無事が分かれば」
何度呼んでも雨野は現れない。
「留守なんじゃないか」
「……いえ、おかしいです」
「何が」
「辺りに人が居なさすぎます」
「田舎だからじゃないのか」
「私、近所の様子を見てきます」
皐月は近所を回った。
その間、俺は家の前で待っていた。
もし入れ違いになったら面倒だと思ったからだ。
程無くして皐月が戻ってきた。
あまりにも早い気がした。
「おかしいです! 誰も居ません!」
「誰もって一人もか?」
「はい、家々のチャイムを鳴らし回ったのですがどこも留守のようで」
流石におかしい。
例え田舎町だとしても、住民が一斉に家を空け外にも誰一人姿が見えないのは異常だ。
俺は嫌な予感がして雨野の実家に踏み込もうとした。
「開いてる……?」
ますます嫌な予感がする。
そのまま玄関の戸を開き家に侵入した。
死体。
五感の中で視覚が真っ先にそれを察知した。
遅れて血の匂いが鼻腔を襲う。
死体は腹を食いちぎられていた。
人の仕業ではない、悪魔に襲われたのだ。
というか、ベズさんだ。
低級悪魔の仕業だとすれば家の中での犯行は難しいはずだ。
せめて玄関の戸が破壊されていなければおかしい。
そうではなく、鍵を住民に開けさせ屋内に踏み込んでの犯行なのだ。
これは知能のある上級悪魔にしか行えない。
「ミナ! ミナ!」
皐月は家の中を走り回って雨野を探す。
正直生きているとは考えにくい。
俺は皐月を追いかけて居間に上がった。
「良かった、ミナ……」
生きていた。
雨野は居間の隅で膝を抱えて蹲っていた。
彼女の周りには家族であろう死体が三つ転がっていた。
この状況で吐き気を催さない皐月が異常だとさえ思った。
「無事だったか」
「ひぐっ……、うぐっ……」
会話ができる状態ではなさそうだ。
「皐月、すぐに雨野を連れて帰ろう」
「そうですね。ミナ、立てる?」
「だ、だめ……」
「はい、なんですか?」
「まだ、いる」
「は?」
────ズン。
天井を破り、巨大な影が降ってきた。
「グォオオオオオオオオオオ!」
黒い体毛に身を包んだ狼男がそこに居た。
「いやぁあああああああああ!」
「戦います!」
皐月は即座に対応し、金平糖を口にした。
「だめ!」
皐月は金平糖を吐き出した。
どす黒い血と共に。
「なん、で……?」
皐月本人は状況を理解出来ていなかった。
だが彼女の斜め後ろに立つ俺にははっきりと見えている。
硬い毛の生えた拳が彼女の腹を貫いているのだ。
「バカ野郎、お前んとこのだったのかよ」
「ベズさん……」
拳を引き抜かれ、皐月の腹に綺麗な穴が開く。
生気を失った皐月は血に塗れた床に倒れ込み動かなくなった。
「さ、さつ、き……?」
動かない皐月に雨野が縋る。
腹からどくどくと血が溢れ出している。
「食うか?」
「い、いや……」
「食わねえのか? お前の魔法少女だろ?」
「そう、ですけど……」
「どういう、こと……?」
「あっ、やべ。ガキ、今の話は忘れろ」
最悪だ。
ここに来る前、誰も死なずに丸く収まれば、なんて考えていた。
冷静に考えれば到底無理な話だったんだ。
ベズさんは復讐の為にここに来た。
皐月は不意を打たれていなくとも負けて殺されていただろう。
戦うなと言っても無駄だっただろう。
皐月にとっては雨野が何よりも大切な存在である事はこれまでの二人を見ていれば嫌でも分かる。
どの道、皐月は死んでいだ。
「分かったか、テメエがやったのはこういう事なんだよ。だが俺はお前よりも誠実だ。何故か分かるか? この手を汚したからだ」
ベズさんは変化を解き、人間の姿となっても雨野を片手で軽々と持ち上げた。
「何が魔法少女だ。よっぽどテメエの方が悪魔だぜ」
雨野は投げ飛ばされ壁に打ち付けられた。既に憔悴しきっていた彼女はそのまま床に倒れ込み動かなくなった。
呼吸は聞こえる、死んではいないのがせめてもの救いだ。
「ミライ、本当ならお前も殺してやりてえ。だが教えてくれた恩に免じて許してやるよ」
ベズさんは巨大な鳥の翼を背中に生やし飛び去った。
床に血の海、崩れた壁、人の形の肉塊四つ。
地獄の最中、俺は責任の所在を見失った。
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