20話 復讐の悪魔
皮肉にも、日々の悪魔退治では困らなかった。
雨野が居なくとも皐月一人で十分だった。
低級悪魔だけを相手にしているというのもあるが、やはり皐月は強い。
その余裕っぷりが更に彼女の孤独さを強調するようだった。
朝、目を覚ますと先輩からおびただしい数の不在着信が入っていた。
あの人が早い時間から俺に連絡を取ろうとするのは珍しい。
すぐに緊急事態なのだと察せた。
「バーが襲われた。エリーザとマスターが、死んだ」
俺は走った。
現場に到着すると先輩とベズさんが居た。
バーの店内は荒れていた。壁には血が飛び散り、グラスやボトルの破片が床に散らばっていた。
エリーザさんの死ぬ間際にベズさんへ遺したメッセージによると、三人の魔法少女の仕業らしい。
「俺が、俺が居ればこんな事には……ッ!」
あのベズさんが顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。
いつも気丈な先輩も言葉数が少ない。
それに充てられて俺も涙を堪えきれなかった。
「俺はエリーザとマスターを殺した魔法少女を絶対に赦さない」
「だがベズ、事を大きくしては君まで……」
「知るかよ。これで俺がおとなしくしてりゃエリーザは喜ぶのか? 違う、復讐を望んでいるはずだぜ。ムーン、ミライ、知ってる事があれば話せ。特にミライは妖精だろ、魔法少女に関しては詳しいはずだ」
心当たりがある。
三人組の魔法少女に俺は一度出会った。
そして彼女らを動かしたのはおそらく雨野だ。
金平糖を奪われ、それでも復讐を諦めきれなかった彼女は他の魔法少女を唆して手を下させたんだ。
話すべきなのだろうか。
悪魔として、エリーザさんとマスターは俺の数少ない悪魔仲間だ。
情も恩も義理もある。
だが知っている事を話せば雨野の元まで辿り着かれてしまうのは時間の問題だ。
正直、今でも雨野は嫌いだ。
癪に障るガキだと思っている。
だが皐月のおかげでようやく家族のあるべき姿を取り戻せたのも事実だ。
父が真人間になった今、残りの少ない寿命の中で幸せな家族生活を送れるかもしれない。
その可能性を考えると、人間としての俺が情報を明かす事を拒んでいる。
何より、情報を明かしベズさんが雨野を襲えば皐月が悲しむ。
雨野と違って皐月は嫌いじゃない。
いや、むしろ雨野のピンチに皐月が駆け付けてしまい二人まとめて犠牲になる未来だって想像出来る。
そんな死に方は先輩の言葉を借りるならば自業自得とは思えない。
「何か分かったら報告します」
それが俺の精一杯だった。
「俺はエリーザを殺した奴らを脚で探す」
ベズさんは去った。
いつもは堂々としていて頼もしい背中が、少しだけ小さく見えた。
悪魔も人間と同じで大切な人を失えば悲しむ。
人間と何も変わらない、同じ知恵を持った一個の生命体なのだ。
「何か心当たりがあるだろ」
「……ええ、まあ」
「何故教えなかったんだ」
「人間の事情も知っているからです」
先輩は溜息を吐いた。
「未来君、どっちつかずが一番キツいぞ」
先輩はそれ以上聞いてこなかった。
先輩も俺と同じ大学生だ。
ベズさんと違って人間側の事情を察せる心も持ち合わせているのだろうか。
その厚意が心に沁みた。
悪魔か、人間か。
今の俺は中途半端だ。
人間の心を捨てきれず、かといって悪魔としての仕事を放棄する訳にもいかない。
何故ならそれが俺の唯一の生きる道だからだ。
先輩の言葉は俺を深く悩ませる。
どっちつかずが一番キツいだなんて当事者の俺が一番よく分かっている。
先輩は楽で良い。
手を汚すのは下僕だけなのだから。
自分は平然と人間に紛れて生活をしていれば良い。
その都度、下僕が持ってきた魔法少女の肉を食べていれば生きていける。
正直、ズルいと思う。
だが羨んでも仕方無い。
俺は元々人間で、妖精さんになるしかなかった。
なってしまったからにはどうすることもできず、生きる為に心を良心をすり減らして少女を騙すしかないのだ。
それが俺の定められた宿命なのだ。
悪魔に堕ちてしまえば楽なのだろう。
信号機トリオの妖精さんのように興味も持たず、ただそれらを食糧とだけ見る。
それ以外はどうだって良くて、個人の人生や生活にまで踏み込むべきでは無いのだ。
人間だった頃、牛や豚の気持ちなんて考える事は無かった。
ただ食べる為の肉であり、それを殺す事に申し訳無さなんて微塵も感じなかった。
それがただ、肉の生前に心があるだけで、ここまで躊躇し悩むとは。
今から雨野や皐月に対して残酷にはなれない。
あの雨野に対してでさえ、バックグラウンドと先の幸せな未来が見えてしまった途端に情が湧いてしまった。
皐月のような良い子を簡単に殺せようものか。
次だ、次こそは残酷に、冷酷に、人の心を捨てた悪魔になろう。
別に人間らしく温かみのある人でありたいなんて願望は端から無い。
それでもやはり、人となりを知ってしまうとはこうも迷わせるものなのだ。
なればこそ、ここで心を鬼にして雨野の事をベズさんに教えるべきなのかもしれない。
次こそ、次こそと言い続けてずるずる人間の心を捨てきれないままかもしれない。
今後ずっと苦しみ続けるくらいなら、今ここで自分の甘さを咎める意図も込めて教えるべきではないか。
それで雨野が殺されても、皐月が殺されても、それは自業自得ではないか。
悪魔から母の希望を奪われたように、雨野はベズさんの大切な人の命を奪った。
皐月もまた、そんな雨野と運命を共にしたのだから自業自得だ。
そして、悪魔と魔法少女という両方に情を置いてしまった俺の自業自得だ。
これは、中途半端な俺への罰なのだ。
四半日掛けて覚悟を決め、ベズさんへ情報を提供した。
「ありがとう」
ベズさんのその一言に救われた。
正しくは、感謝され自分の行いは正しいものだったのだと自分を納得させられた。
その日のうちに皐月から呼び出された。
用件は想像通り、雨野の事だった。
俺が雨野と連絡が取れなくなってからも、皐月のメッセージには反応があったらしい。
しかし、それさえも無くなったのだと言う。
確かめると、俺がベズさんに情報を明かしてから数時間後から雨野の反応が無くなったらしい。
謝る事も出来なかった。
俺のせいだと分かれば皐月とも気まずくなってしまう。
だから謝りもせず、心配する素振りを見せた。
「索敵で居場所を特定できないのか?」
「できません……。悪魔の反応しか察知出来ないんです」
皐月に連れられ雨野を探して回った。
予想できる雨野の居場所は全て回った。
家、学校、皐月が雨野と二人でよく訪れた公園、雨野が好きだと言っていたクレープ屋。
他にも皐月が思い付く場所は全て回った。
そのどこにも雨野は居なかった。
俺達よりも先にベズさんに見つかってしまったのだろうか。
もしそうなら皐月に何と説明をすれば良いのだろう。
いや、説明する必要も無いか。
雨野は俺達の与り知らぬところで上級悪魔に襲われてしまった。
ベズさんが皐月に真実を語る機会など訪れない。
それで全て隠し通せるではないか。
やがて皐月は魔法少女の使命を果たして死ぬ。
そうすれば真実を悟られないまま、俺は今後も付き合いが続いていくであろうベズさんから信頼を得て全ては収束を迎える。
悪魔の俺が囁いた。
早く死ね、雨野。
「そういえば!」
皐月が突然立ち止まった。
「危ないじゃないか」
「すみません。思い出したんです!」
「何を」
「今日、ミナのお母さんの誕生日なんです!」
雨野のお母さんの誕生日。
つまり、雨野のお母さんがベズさんに襲われた日だ。
「もしかすると、お墓参りに行ってるのかもしれません」
「そうか、場所は?」
「実家、北海道なんです」
「嘘だろ……」
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