19話 過去・決裂

 雨野と皐月がコンビでの悪魔退治に慣れてきた頃、異変に気付いた。


「雨野、減りが早くないか?」


 皐月とコンビを組む以前も光と比べればペースは早かった。


 それでもここまで金平糖の減りが早い訳では無かった。


 退治する悪魔一体に対して使わせる金平糖は一つ。


 その都度彼女の金平糖の残りは確認してきたつもりだったが、知らないうちに減っているのだ。


 彼女は深く溜息を吐いた。


「気のせいでは?」


「気のせいじゃない。ずっと見ていた。お前、俺に隠れて悪魔退治してるんじゃないだろうな?」


「アナタには関係ありません。今日はもう終わりですよね、帰ります」


 それ以上の追求は出来ず雨野は足早に帰った。


「皐月は何か知らないか?」


 さっきから彼女は黙り込んでいた。


 どこか険しい表情をしており、幼馴染で唯一信頼されている彼女なら何か知っているのかもしれない。


「直接聞いた訳では無いのですが」


 すんなりと口の戸を開いた。


 雨野の身を案じて魔法少女になった皐月だ。


 ある意味、俺へのSOSの合図なのかもしれない。


「私との悪魔退治の後、一人で戦っているみたいなんです。それも上級悪魔ばかりを狙っています」


「どうして……」


「あの、三咲さんはミナのお母さんのことって聞いてますよね?」


「いや、何も」


 雨野の母親について知っている事と言えば、彼女の願いによって死んだという事実だけだ。


 これまでそれは過ぎた話だと思って知ろうとはしなかった。


 魔法少女に入れ込み過ぎないよう意識的に壁を作っていたというのも理由の一つだ。


 更に、皐月は自分の為ではなく雨野の為の願いを叶えた。


 雨野の父親を真人間にするという願いだったが、そもそも雨野の父親がどんな人間だったかも俺は知らない。


 俺は、雨野について何も知らない。


「聞かせてくれ、雨野のこと」




 ミナの家族はお手本のような家族でした。


 お父さんは一流商社の営業部長、お母さんは家事と登山が大好きな素敵な女性でした。


 そんな両親に囲まれて、ミナは素直で真っ直ぐな性格の女の子に育ちました。


 ふふっ、想像出来ないでしょう。


 以前のミナはあんなにトゲトゲしている子では無かったんですよ。


 ある春の日の夜、家族の幸せは壊されてしまいました。


 悪魔です。


 お父さんの仕事が早く終わった日、家族三人でディナーを食べる約束をしていました。


 実はその日はお母さんの誕生日で、ミナとお父さんの二人でサプライズを準備していたのです。


 お父さんは仕事先から予約したレストランへ直行、ミナはお母さんへのバースデープレゼントを百貨店で買ってからレストランへ向かいました。


 予約していた時間になってもお母さんは来ませんでした。


 電話も繋がりません。


 異変に気付いたミナとお父さんはレストランを出てお母さんを探しました。


 何か事件に巻き込まれているのではないかという不安も過ぎります。


 二人は手分けをして夜の新宿を走りました。


 お母さんを見つけたのはミナでした。


 人通りの無い路地裏に、お母さんともう一つの大きな影がありました。


 お母さんは地に伏せられ、その影はお母さんに覆い被さっていました。


 お母さんは声を発する事も手を動かす事も出来ず、ただされるがままでした。


 当然、ミナはそれをただ見ているだけでどうする事も出来ません。


 仮にその影が人間だったとしても同じでしょう。


 何せ当時ミナは小学六年生の幼い女の子でしたから。


 そこへお父さんが呼んだ警察の方々が現れました。


 悪魔は正体がバレるのを危惧したのか、すぐにその場から逃走しました。


 その間際、満月に照らされながらオオカミのような遠吠えを残したそうです。


 お母さんは大怪我をしながらも何とか生きていました。


 すぐに救急車を呼び、一命は取り留めました。


 ですが、これまで通りの生活は出来なくなりました。


 両脚を失ったのです。


 悪魔に食われたのでしょう。


 それから大好きだった登山ができなくなり、退院後も家に引きこもるしかなくなったお母さんは生きる気力を失いました。


 鬱病です。


 見るに見かねたお父さんは仕事を辞め、お母さんの介護をするようになりました。


 それでも家族三人で生活出来るくらいの貯金はあったのです。


 初めはお父さんとミナの二人で健気にお母さんの介護をし、慎ましくも幸せに暮らしていました。


 ですがある日、お母さんが自ら命を絶とうとしたのです。


 なんと、お父さんは妻の介護によって荒む心を癒すべく、愛人を作っていたのです。


 それを知ってしまったお母さんは限界を迎えました。


 ですがミナがすぐに発見したおかげで助かりました。


 それからです、ミナの家族が完全に崩壊してしまったのは。


 お父さんは愛人に家族がある事を隠していたせいでこっぴどくフラれ、酒とギャンブルに溺れるようになりました。


 お母さんの介護はいつしかミナだけがするようになり、学校の友達からは付き合いが悪いと言われ孤立してしまいました。


 あっ、私だけはずっとミナの傍に居ましたよ。


 幼馴染で、何よりも大切な人ですから♪


 そんな訳で、ミナは人生に絶望して生き永らえているお母さんを楽にしてあげる為に、あんな願いを叶えてもらったんです。


 それでもお父さんの悪癖は治らなかったみたいなので、私もお手伝いをしてあげたんですよ。


 それで、ミナの秘密の悪魔退治ですけど。きっとその狼男を探しているんだと思います。


 お母さんから希望を奪い家族の幸せを壊した悪魔に復讐をする為に。




「そうだったのか……」


 不思議に思っていたいくつかの点に答えが出た。


 俺にきつく当たるのはきっと年上の男性である俺に父親が重なり嫌悪感を抱いてしまった。


 初めから悪魔退治に積極的だったのも狼男を探す為だ。


「三咲さん、私はどうするべきでしょうか? ミナの気持ちを否定出来ません、ですが無謀に挑みミナの身にもしもの事があれば、私……っ!」


 今にも泣き出しそうな彼女を、人間の姿になって抱き留めた。


「確かに危険だな」


 俺は雨野の暴走を止める手立てを思い付いた。


 常にピッタリと監視する必要も無い。


 それでいて彼女の勝手な行動は抑え込める。


 たった一つの冴えたやり方だ。


 翌日、早速話を切り出した。


「金平糖は俺が管理する」


「は? 嫌です」


「ダメだ、皐月から聞いた。やっぱり一人で悪魔退治してるんだろ」


 雨野は皐月を忌々しく睨んだがすぐに視線を逸らした。


 雨野を想う皐月の心が彼女の表情にも表れていたのだろう。


「なら三咲さんが私に同行してください。それなら問題は無いはずです」


「ダメだ」


「どうして!」


「お前じゃ狼男に勝てない」


「そこまで聞いたんですか」


「雨野、お母さんの事は残念だった。だがそれはお前の願いで清算されたはずだろ。それに皐月がお父さんを元に戻してくれた。それ以上何を求める?」


「アナタに私の何が分かるんですか」


「分からない。だが皐月に心配を掛けるのは違うだろ」


 皐月は何も言わない。


 雨野の身を案じているのは確かだが、唯一の理解者としてやはり真っ向から彼女を否定出来ないのだろう。


「皐月、お願い。皐月だけは私の気持ちが分かるでしょ?」


「……ごめんなさい」


 言い寄る雨野から皐月は目を逸らす。


 その二人の様子が痛ましい。


「もう良い、皐月なんて──」


「雨野!」


「──必要無い」


 その一言で決まった。


 幼馴染の重すぎる一言は皐月の心をしかと抉った事だろう。


 それ以上皐月は言葉を掛けようとはしなかった。


 雨野はおとなしく金平糖の瓶を俺に預けて消えた。




 それ以降、雨野と連絡が取れなくなった。



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