18話 天性の悪魔殺し
夜、合流するなり雨野は深い溜息を吐いた。
「何の真似ですか」
「ふふっ、驚かせたくて内緒にしてもらってたんです。よろしくお願いします、ミナ先輩♪」
「お前が話したからだろ、自業自得だ」
反論出来なかったらしく、彼女はもう一度深い溜息を吐いた。
ざまあみろ。
「お父さんに変化はあったか?」
「ええ、突然冷蔵庫の中の酒類を処分しました。パチンコにももう行かないと泣きながら私に縋って約束してくれました。アナタの仕業ですね」
「俺というか……」
「私が願ったんですよ」
「……感謝とか、するつもり無いから」
ツンツンしている雨野を皐月は愛おしそうに眺めていた。
「雨野、今日から皐月も一緒だ。皐月が居る以上、上級悪魔に挑むのはナシだからな」
「ふん、分かっています。いちいち指図しないでください、鬱陶しい」
「ミナ、見守ってくれてる三咲さんにそんな口の利き方はどうかと思います」
「んなっ……。分かったし……」
これはまた……。
良い逸材を見つけてしまったかもしれない。
狂犬のような雨野がこうも簡単におとなしくなるだなんて。
皐月を魔法少女に出来た事は俺の精神衛生上大正解だったみたいだ。
「どうやって悪魔を探すのでしょう」
「私に任せて」
雨野が索敵を始めた。
それを真似て皐月も同じポーズを取る。
「ダメだ、上級ばっかですね」
「上級と低級はどのような違いがあるのですか?」
目を瞑り人差し指を立てたまま皐月は尋ねる。
「気配が強いけど人間と同じ動きをしているのが上級。人の姿をしていて人間にバレないようにしてる。気配が強かったり弱かったりしても、不規則な動きをしてるのが居たら低級」
「それなら埠頭の方に居るみたいですよ?」
「「は?」」
思わず俺まで声を出してしまった。
「埠頭って港区か?」
「そんな遠くまで索敵できるの!?」
「ミナの真似をしただけなのですが……」
これはまた、本当にとんでもない逸材を捕まえてしまったのかもしれない。
雨野も十分に強い魔法少女だが、もしかすると皐月はそれ以上の素質を秘めている可能性がある。
絶対に、先輩達に報告しよう。
新宿から港区方面まで電車に乗れば三十分は掛かる。
雨野だけならここで変身して空を飛んで移動すれば良いが、流石に初めての変身で皐月が飛べるとは思えなかった。
しかしそんな考慮は不要だった。雨野の助言を受け、皐月は初変身からものの五分足らずで空中飛行をマスターし、巫女のような衣装を風に靡かせ飛び立ったのだ。
しかも飛行速度は雨野に劣らない。
何度も言うが、皐月はとんだ逸材だ。
「ほ、ほら! 索敵や飛行は得意でも、戦いはミナの方が上手かもしれないですから!」
「別に、良いし。皐月の足を引っ張らないようにおとなしくしてるし」
すっかり卑屈になってしまった。
これもこれでなんか腹立つな。
────フゴォォォォォ!
埠頭のコンテナの方から獣の雄叫びが轟いた。
「向こうだ!」
「ハズレですか」
「頑張ります!」
雨野が初めて討伐したブタの悪魔に似ている姿だが身体中に黒い体毛が生えている。
大きく鋭い牙も生えており、ブタというよりはイノシシだろうか。
そして注目すべきはその身体の大きさと、宿している魔力の量だ。
これまでに遭遇してきた低級悪魔とは比にならない。
横浜で戦ったニワトリの悪魔以上だ。
こいつがおそらく、魔法少女を食い荒らしている悪魔なのだろう。
「フゴォ!」
「気を付けろ!」
魔法少女を補足するなりイノシシの悪魔は突進してきた。
それを雨野は軽い身のこなしで回避し、皐月は真正面から受け止めた。
「皐月!」
「平気か!」
イノシシの悪魔の突進は徐々にスピードを失っていく。
土煙が晴れると、牙を掴み受け止める皐月の姿が見えてきた。
あの巨体を受け止め、皐月は完全に無傷だった。
「えっと、武器とかは無いのでしょうか?」
武器の顕現は雨野でもまだ習得していない。光は魔法少女のアニメが大好きで思い浮かべやすかったからか割と早い段階で習得していた。
つまり、皐月程のセンスがあれば思い浮かべやすい得物ならすぐにでも顕現させられるかもしれない。
「何でも良い、武器を思い浮かべろ!」
「何でも……。でしたら!」
皐月の右手に光の粒子が集まりそれを顕現させた。
ロッドと呼ぶには長すぎるそれは、柄の先に鋭利な刃を備えていた。
人はそれを薙刀と呼ぶ。
「ハァアアアアアア!」
皐月が薙刀を振るうと、刃の軌道を赤い光が追いかけた。
それに斬られたイノシシの悪魔は真っ二つとなり息絶えた。
一撃だった。
「嘘、でしょ……?」
「とんでもねえ奴を魔法少女にしちまったのかもしれない……」
息の一つも乱さず、皐月のデビュー戦は圧勝、そして完勝で幕を閉じた。
「良かった、これならミナを守れそうです」
光の無い夜の埠頭に今、規格外の魔法少女が産声を上げたのだった。
その夜、いつものバーに先輩を呼び出した。
先輩を通じてベズさんとエリーザさんも呼ぼうとしたら、二人は既に居た。
「あんなに強いと褒めていた子よりも、かい?」
「桁違いですよ、上級悪魔も簡単に倒しちゃいそうなくらいです」
俺は今日の悪魔退治の様子を事細かに報告した。と言っても話せる内容は少ない。
何せ変身してすぐに魔力をコントロールして索敵を行い、五分で空中飛行をマスター、何の練習も経験も無しに武器の顕現をしてみせ、一撃で悪魔を葬った。
言葉にすればただそれだけなのだ。
だが実際にあれを目にすればその異常さが分かる。
上手く伝えられないのがもどかしかった。
「いやね、たまに居るとは聞くよ? 生まれつき魔法少女としての素質がバツグンな子。ベズのとこにも昔居なかったっけ?」
「あぁ、居たぜ。その才能に溺れて悪魔退治のペースを上げ過ぎた結果、疲れ果てたところを低級悪魔の群れに襲われ食われちまったっけな」
「キレてたわよねぇ、ベズ。食うのをどれだけ楽しみにしてたと思ってんだぁ、って」
「そうそう。だからな、ミライ、心配すべきはテメエの食い扶持だぜ」
三人は至って余裕だった。
天地がひっくり返っても自分達が負けるはずが無いと思っている。
ここまで来るとあれほどの実力を持つ魔法少女を恐れもしないこの悪魔達が隠し持つ力への恐怖感の方が強くなってくる。
「そういや聞いたか? 最近上級悪魔が襲われる事件が頻発してるらしいんだ」
「わざわざ上級悪魔を? 魔法少女の仕業ってこと?」
「バカな子よねぇ。安全に低級悪魔だけ狙ってれば良いのに」
更に言えば、上級悪魔を殺したところで魔法少女側に何か得がある訳でも無い。
悪魔は魔法少女を食べて魔力を取り込むが、その魔力のやり取りはあくまで一方通行のものであるはずだ。
魔法少女はただ人間社会の平和の為だけに身を粉にして悪魔退治を行っている。
上級悪魔が人間に危害を加えるような事はほぼ無い。
だから魔法少女が上級悪魔を狙うのは、ただ危険度だけが上がる百害あって一利無しの行為なのだ。
そんなバカな真似を雨野と皐月にさせないよう言いつけよう。
特に雨野の方は危険だ。
一度雑魚とはいえ上級悪魔を殺した実績がある。
その時は俺も痛い目に遭って学べば良いと思っていたが、うっかり皐月まで同調してしまえば大事になりかねない。
三人はああ言ってはいるが、やはり皐月なら力のある上級悪魔さえも仕留めてしまいそうな可能性を秘めている。
皐月にバカな真似をさせない為に、雨野をしっかり抑えておかねば。
「それがよ、誰かを探してるらしいんだよ。お前は狼男か、ってよ」
「ははっ、狼男かい? 私達は悪魔だっていうのに可笑しな話だね」
「えっ、それってもしかしてベズさんなんじゃ」
「「「えっ?」」」
「いや、だから、ベズさんって獣に姿を変えられる能力を持ってるんですよね?」
「ああ、そうだが」
「ベズさんを探してるんじゃ……」
バーの店内に沈黙が走った。
マスターがグラスを拭く微かな音だけが聞こえる。
「俺、だなぁ……」
「ベズ、よねぇ……」
「ベズ、だねぇ……」
興が削がれ、今夜は少し早めに解散となった。
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