17話 衣笠皐月の新規契約
久々に休日らしい休日が訪れた。
大学の授業も無く早い時間に目が覚めた俺は新宿をぶらついていた。
悪魔になってから身体が強くなった。
以前は休日といえば外に出る気力も湧かず一日中布団でゴロゴロして過ごしていた。
「お姉さん、綺麗ですね。良かったら俺とお茶でもいかが?」
返事は無い。
今日だけで二十五戦二十四敗一引き分けだ。
引き分けとは、お茶には付き合ってもらえなかったが連絡先をゲット出来たという意味だ。
それは負けじゃない。
「お兄さん」
「おっと、逆ナンですか? 嬉しいなぁ、二人きりでゆっくり出来る場所に行きま──。ガキかよ」
知らないガキがそこに居た。
長くはない黒髪を後ろでまとめている。
見た目からして歳は高校生くらいだろうか。
それにしては大人っぽい雰囲気を纏っている少女だ。
「はい、ガキです♪」
笑顔の後ろにどす黒いオーラが見えた気がする。
怒らせちゃダメなタイプの人間だ。
「俺に何か用?」
「三咲さん、ですよね?」
「俺達どこかで会った事ある?」
「いえ、ありませんよ。話したいことがあるので良ければお茶でも如何ですか?」
少し考えて、この少女に付き合ってやる事にした。
今日は一日予定も無いし、ナンパもこれ以上続けても無駄だと思っていたところだ。
そういう訳で、俺はまんまと逆ナンに引っ掛かってやった。
「あまり美味しくないですね」
雰囲気に相反して失礼なガキだ。
有名チェーンのカフェに入った。
彼女はブレンドを、俺はレモンティーを注文した。
「それで、話って何だ? そもそも君は誰なんだ?」
「失礼しました。私、
正直その可能性は頭に過った。
俺の近くに居る高校生は彼女だけだ。
その関係者かもしれないとは思ったが、だからと言って俺に何の話をするつもりかまでは分からない。
「そうか。三咲未来だ」
「知ってます。早速ですが──」
どんな話が飛び出すのか、俺は身構えた。
「ミナを魔法少女にしたのは三咲さんですよね?」
何故バレてる。
「何故、そう思う?」
「ミナから直接聞きました」
あのバカが……。
「君は彼女の友達か?」
「幼馴染です。小さい頃からずっと一緒でした」
「なるほど。幼馴染として、彼女に悪魔退治なんて危険な事を辞めさせたいのか」
「いえ、違います。私も魔法少女にしてほしいんです」
何を言っているんだこいつは。
彼女から聞いているなら尚更そんな危険な世界に足を踏み入れたくないと思うのがマトモな奴の思考だろう。
それとも何か、自分も叶えたい願いがあるというのだろうか。
もちろん俺からすればありがたい話だ。
だが、そう容易く人の命を預かれる程この仕事に慣れた訳でも無い。
「どこまで聞いてるんだ? 悪魔退治が危険だって知ってるだろ?」
「ええ、知ってます。だからこそです」
「どういう意味だ?」
「そんな危険な役目、ミナ一人に背負わせるのは幼馴染として認められません」
「その結果、君もその危険に身を投じる羽目になってもか?」
「私がミナを守る、ミナは私を守ってくれる。だから大丈夫です」
真っ直ぐ見つめてくる彼女の目に迷いは無さそうだ。
それなら俺から断る理由は無い。
「分かった。魔法少女になる為には俺と契約を結ばなくちゃならない。場所を変えよう」
「ここではダメなんですか?」
「人目があるといろいろ不都合があるんだ。その辺の路地裏で契約を交わす。君は叶えたい願いを考えておいてくれ」
「願いってなんですか?」
驚いた。
まさか聞いてないのか。
俺達からすれば魔法少女の契約は食糧になってもらう未来を約束させる事に意味があるが、少女側に於いては願いを叶える事に意味があるはずだ。
一番大切な部分を聞いておらず、それを知らずに魔法少女になろうとしていたとしたら、この子はバカにも程がある。
幼馴染と共に戦いたいという一心だけで見返りも求めず危険な世界に身を投じようと思っているのだから。
「魔法少女になる際、悪魔退治の使命を負う代わりに何でも願いを一つ叶えられるんだ」
「どうしましょう。叶えたい願いなど……。ああ、いえ、決めました。大丈夫です」
「そうか、じゃあ出るか」
会計を済ませてカフェを出た。
奢ってやるつもりだったが彼女は自分の分は自分で出すと言って聞かなかった。
大学生の俺が女子高生と割り勘だなんて恥にも程がある。
「ここなら大丈夫だろう」
俺は妖精さんの姿を思い浮かべ姿を変えた。
「まあ……」
トリックだと疑って掛からないだけ彼女よりは利口で可愛い子だ。
「衣笠皐月、君の願いは何だ?」
「私の願いは、ミナのお父さんを真人間に戻すこと」
「待て、何だその願いは」
「ダメでしたか?」
「いや、ダメでは無いが。たった一度だけ使えるどんな願いでも叶うチャンスをそんな事に使うのか? 自分の父親ならまだしも他人だろ」
しかも真人間に戻すって何だ。
そんな家庭の事情、本人からは聞いた事も無いぞ。
「ミナは私にとって家族のような人です。ミナの為なら後悔はありません」
「良いんだな?」
「はい」
俺は右前足を彼女の方へ突き出す。
彼女の左手がそれに触れると、その間から光が漏れだした。
三度目ともなれば慣れるものだ。
前回までは若干の緊張があった。
これを済ませれば後戻りは出来ない。
それはつまり、この行為こそが俺による少女の殺人そのものなのだ。
慣れたくないよ、殺人なんて。
「契約完了だ」
「これは、金平糖?」
「それを食べると魔法少女に変身する」
「食べきるとどうなるのですか?」
来たな、その質問。
先輩から教わった良い方便がある。
「悪魔退治の使命から解放される」
「なんだ、永遠に戦い続ける訳では無いのですね」
そう呟く彼女はどこか寂しげだった。
「早速今日の夜、雨野と悪魔退治をする予定だ。来るか?」
「はい、もちろんです」
俺は待ち合わせ場所と時間を教えた。
ついでに連絡先も交換しておいた。
魔力を使えばテレパシーで会話が出来るのだが、わざわざそれをするのは魔力のコスパが悪いと分かった。
それに今回の俺はぴったり付き添う保護者役を辞めた。
魔法少女と関わるのは夜だけで良い。
自分の生活を守る為にも、そして食糧に愛着が湧いてしまわない為にも。
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