16話 上級討伐
「えっと、そちらの方々は?」
ある日、彼女が見知らぬ魔法少女達を連れてきた。
赤と青と黄色の衣装を身に纏った信号機のような三人組だった。
後ろには俺と似た姿の獣、妖精さんが控えている。
「悪魔の群れに苦戦していたところを雨野さんに助けてもらいまして」
「まだ魔法少女になりたてだって聞いて驚きました!」
「雨野さんにウチらのチームに入ってほしいんです!」
付随してきた妖精さんは興味なさげだった。
放任主義なのか、もしくはベテランの妖精さんだから食糧となる魔法少女に愛着を持ってしまわぬよう一線を引いているのかもしれない。
「何度も断っているんですけど、しつこくて」
彼女は疲れた表情で溜息を吐く。
俺の手柄にならない魔法少女とチームを組ませても得が無い。
彼女より強い魔法少女となら一日当たりの悪魔退治の効率が上がるかもしれないが、そうでないのなら足手まといになってしまうだけだ。
別に彼女を尊重してあげたい訳でも無く、俺の都合で断る事にした。
「申し訳ないが、君達のチームに水無──」
「雨野」
「雨野を加わらせる訳にはいかない」
「そんなぁ!」
「そこをなんとか!」
「お願いや!」
彼女達は中々引き下がってくれない。
しかし彼女も俺も同じくチームアップは必要無いと考えているのだ。
これ以上話しても平行線となるだけだろう。
どうやって断ろうかと考えていると、意外にも口を挟んだのは向こうの妖精さんだった。
「仕方ねえだろ、諦めろ。ほら、悪魔退治に行くぞ」
その言葉に名も知らぬ魔法少女三人はおとなしく従った。
何となく彼らの力関係が見えた気がする。
「ありがとうございました」
「珍しいな、まさかお前から感謝されるとは」
「バカにしてるんですか。私だって感謝すべき時には感謝します」
「普段からもっと素直でいてくれりゃ良いものを」
「素直ですよ。素直にアナタへの嫌悪を表しているだけです」
「なあ、ずっと不思議だったんだが、どうしてそんなに俺を嫌うんだ?」
俺も初めからこいつに対してはキツく当たっていはいる。
しかし全ての始まりは彼女が俺をストーキングし、光との関係を問い詰めてきたところからだ。
俺が彼女への嫌悪感を持つ前から彼女は俺への嫌悪感を持っていた節がある。
「嫌いなんです、男性が」
「何かきっかけでもあるのか?」
「は? 何でそんなことをアナタに話さなくちゃならないんですか。さっさと悪魔退治に行きましょう」
強引に話を打ち切り、彼女は夜の街へと歩いて行った。
一時間は歩いただろう。
その間に彼女は何度も索敵を行ったが、悪魔を見つけられなかった。
悪魔が現れないのは人間にとっては良い事だ。
だが俺達にとっては魔法少女に金平糖を使わせられないから困る。
「何で居ないんですか!」
「平和って事だろ」
「それじゃ意味が無いんです」
彼女は苛立っている。
表情、態度、声音、その全てから怒りと焦りが伝わってくる。
「索敵をすれば近くに悪魔の気配はするんです。なのにどこにも悪魔が居ない。三咲さん、悪魔について私に隠している事はありませんか」
「隠している事って何だよ」
「分かりませんよ、だから聞いてるんじゃないですか!」
上級悪魔は人の姿で社会に紛れている。
明かすべきか否か。
この調子だと、明かせば彼女は上級悪魔にも襲い掛かるだろう。
それはあまりにも危険だ。
先輩達の言う通りなら魔法少女は上級悪魔には勝てない。
悪くないかもしれないな。
別に上級悪魔と戦わせて彼女を殺してしまおうだなんて考えてはいない。
ここまで好戦的で悪魔が見つからなければ苛立たれるのは担当の妖精さんとしては何となくやり難さがある。
光のように素直な子であれば束の間の平和を喜べたものだが、何故か彼女はそうではない。
ならば一度痛い目に遭わせて自らの未熟さを身体で理解させるのも、今後の付き合いを考えれば必要な経験かもしれない。
「分かった、教えてやる。これまで相手してきた獣のような姿の悪魔達は低級悪魔と呼ばれている奴らだ。だが、そいつらよりも遥かに強い上級悪魔も人間界に潜んでいる」
「どこに居るんですか」
「どこにでも居る。お前が索敵をして気配はあるのに見つけられないことがよくあるだろ。それは街の中の人間の姿をした上級悪魔の反応だ。見ただけじゃ分からないが、魔力による索敵と合わせればお前でも判別出来るだろう」
彼女は深い溜息を吐いた。
絶望からだろうか。
いや、違った。
「最初から教えてください」
彼女は冷たく笑っていた。
すぐに索敵を始め、人目の付かない路地裏に悪魔の気配があると分かった。
「な、なんですか貴女達」
冴えない女性が一人、路地裏に居た。
そいつの足元には血塗れの男性の死体があった。
あれは魔法少女ではない、一般人だ。
きっと下僕も作れず魔法少女の肉を手に入れられない為に一般人を襲っているのだろう。
つまり、雑魚だ。
「悪魔ね?」
「いっ、いや違います! これはただ、その、たまたま見つけちゃって! 今警察に通報しようと思っていたんです!」
「口元に血が付いてるけど?」
悪魔はハッとし、やがて正体を隠すのを諦めた。
「そっ、そそ、そうですよ……。私は悪魔ですよ! 見られたなら仕方ありませんね、お前も食ってやるゥゥゥゥゥゥ!」
いよいよ本性を現した。
「雨野!」
「分かってます」
彼女は金平糖を一つ口にした。
魔力のオーラが生み出した謎のファンシー空間を彼女が飛び回り、次々と魔法少女としての衣装が顕現する。
光と比べると少しだけ裾が長いブラックワンピースをベースにブルーの装飾が足されていく。
どこか禍々しい印象を抱かせる色合いがより一層光との違いを際立たせる。
足元には七センチ程度のハイヒールが付いたパンプスが顕現する。
アレを履いて地面から壁から空中までもを駆け回れるのだから不思議だ。
髪も光に包まれ色が変わった。
黒から暗めのブルーへと変化していくが、灯りの無い暗闇の中では違いも分かり難い。
髪は伸びない、そもそも彼女は元から髪が長い。
最後に胸元にブルーの宝石で出来た髑髏のブローチが装着され、これにて変身完了だ。
見るからに正義のヒーローだった光と違い、彼女の魔法少女衣装は見ようによってはヴィランのようにも見える。
さながら日曜朝の敵女幹部のようだ。
それは彼女が契約時に祈った願いの内容のせいだろうか。
「まっ、魔法少女! ラッキィィィィィィ!」
女性の悪魔は壁を走り回って錯乱を誘う。
明らかに速い。
これまでの低級悪魔達との明確な戦力差を感じさせる。
しかし、彼女は臆しなかった。
「ちょろちょろ動き回るだけですか、余程獣の方が賢いかと」
彼女は敢えて追い掛けない。
ただ一言挑発を掛け、向こうから攻めてくるのを待った。
「このガキャァアアアアアアアア!」
知能があるからこそ心があり、故にプライドもある。
それを傷付けられた女性の悪魔は爪と牙を剥き出しにして襲い掛かった。
「単調ですね」
直線的な動きで迫ってくる相手を彼女は右脚の回し蹴りで迎え撃った。
女性の悪魔は自らが発したスピードが反動となって返って来、一直線に壁まで吹き飛んだ。
女性の悪魔は土煙を上げて崩れたコンクリートの瓦礫に埋まってしまった。
「お終いですか?」
「気を付けろ、まだ死んでないようだ」
「分かってます、挑発です。アナタは黙っててください」
瓦礫が微かに動いたかと思うと、女性の悪魔が飛び出した。
今度はすぐに襲い掛かってくることはせず距離を取る。
「さあ、来なさい。それとも怖いんですか?」
「お前を食えば……。お前を食えばァアアアアアアア!」
女性の悪魔は長く荒い髪を逆立たせたかと思うと、髪を針のようにして飛ばしてきた。
「んなっ!」
「大丈夫か雨野!」
咄嗟に回避行動を取った彼女だったが、不意を打たれ全てを避けきれなかった。
「ちょっと、聞いてませんけど」
「上級悪魔は特別な能力を持ってる。アイツは髪を飛ばす能力を持ってるんだろう」
「分かれば怖くありません」
今度は彼女から攻め立てる。
先程相手が仕掛けてきたように、壁を走り回って隙を探す。
女性の悪魔は止めどなく髪針を飛ばし続け、しかしそれ以上のスピードを持つ魔法少女を捉えきれない。
「針の勢いが弱まってる、長くは続かないみたいだぞ!」
「言われなくても分かってます」
やがて女性の悪魔は弾切れならぬ髪切れを起こし、攻撃が止んだ。
その隙を彼女は見逃さなかった。
「死ね」
壁を蹴り一直線に女性の悪魔へ迫り、次の瞬間には悪魔の頭部と胴体は別個に切り離されていた。
女性の悪魔だったそれらは光の粒子となって霧散していく。
それを忌々しそうに見ながら、彼女は深く溜息を吐いた。
「コイツじゃない……」
彼女は右手に付着した血液を振り落とした。
「平気か?」
「当たり前です。上級悪魔も大したこと無いですね」
俺の初めの思惑からは少し逸れた経験値を与えてしまった。
しかしいずれ魔法少女の肉を食べた悪魔に出会うだろう。
その時こそ、こいつは己の未熟を悟り少しは丸くなるはずだ。
だからわざわざ「こいつは上級の中でも雑魚だ」とは教えてやらない。
「帰ります、さすがに少し疲れました」
彼女は変身を解いて足早にこの場を去った。
その足取りは心なしかふらついている。
それにしても、殺された女性の悪魔は不運だな。
殺される必要など無いはずなのに、よりにもよって彼女に見つかってしまった為に死んだ。
しかし魔法少女は人間の味方、魔法少女を食えず一般人を襲う悪魔は人間の敵だ。
そういう意味ではこの死もあの悪魔の自業自得とも言えるだろう。
下僕を作れていれば、そもそも人間界になど来なければ、ああやって殺される事も無かったのだ。
魔界にも切ない格差問題があるのかもしれない。
俺は女性の悪魔が転がっていた場所に拝んだ。
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