15話 悪魔殺しの才能

 殺される悪魔が可哀そうなほどだった。


「簡単ですね」


 彼女はブルーを基調とした衣装からセーラー服へと姿を戻した。


「強いな、経験者か?」


「何バカな事を言ってるんですか」


「冗談だ、キレんな」


 彼女にとっては初めての悪魔退治だった。


 きっと悪魔と遭遇するのも人生で初めての経験だろう。


 にも拘らず、彼女は畏縮するどころか暴力的にも程がある勢いで悪魔を滅した。


 魔界に徳川五代将軍が居れば即刻打ち首を言い渡しただろう。


「次は?」


「えっ」


「えっ、じゃありませんよ。次の標的はどこです」


「あ、ああ……」


 確かに俺は光の時以上のペースで悪魔退治をさせようと思っていた。


 というか今もそのつもりではいる。


 しかし初日くらいは一体退治すれば彼女は疲れ果てるだろうと思っていたから、ここで切り上げて帰らせるつもりだった。


 まさか彼女本人から次の催促をされるとは。


 俺が感覚を研ぎ澄ませ周辺の様子を探る。


 しかし中々低級悪魔の気配は察知できず、彼女は深い溜息を吐いた。


「役立たず。良いです、自分で探しますから」


「歩き回ったって疲れるだけだろ。初日から平気なのか?」


「は? 歩いて探す訳無いじゃないですか、バカなんですか。戦ってる最中に魔力を使って索敵するコツを掴みました」


 彼女は人差し指を立てて目を瞑った。


 待て、そんな魔力の使い方知らないぞ。


 つまり彼女が実戦の中で自ら習得した力という訳だ。


 戦闘中の身のこなしも申し分無く、光が悪魔退治に慣れてきた頃と同等の実力を既に彼女は持っている。


 とことん魔法少女向きの人間だったようだ。


「居ました」


 行き先も告げずに彼女は走り出した。


 俺は後から付いて行くだけだ。


 五分程走った(俺は飛んだ)だろうか。


 肌感覚で近くに悪魔が居ると分かった。


 しかし辺りを歩く人間達はそれに気付いていない。


 つまりまだ被害は起きていないのだ。


「見当たらない……。確かに近くに悪魔の気配があるのに」


 彼女は訝しんで呟く。


 だが俺には気配の正体が分かっていた。


 人間達に紛れて夜街を歩く人型の悪魔だ。


 つまり獣の姿をした低級悪魔ではなく、先輩達と同じ上級悪魔だという事になる。


 上級悪魔は魔法少女の討伐対象ではない。


 あくまで魔法少女は害獣を駆除するのが生前の役割である。


 故に、これ以上彼女に気配の正体を探らせるのは下策だと踏んだ。


「水無月、何かの勘違いかもしれない。今日は一旦──」


「は?」


「えっ? いや、だから索敵に失敗しているのかもしれないぞ」


 またしても、彼女は深く溜息を吐いた。


「言いましたよね。下の名前で呼ばないでって」


 そこかよ。


 俺も心の中で深く溜息を吐いて言い直した。


「雨野、今日は一旦退こう」


「嫌です。近くに悪魔が居るんです」


「それが勘違いかもしれないだろって言ってんだよ」


「勘違いじゃありません。分からないんですか、こんなに悪魔の気配が強くあるのに。本当に使えない妖精さんですね」


 俺は逸る怒りを抑える。


 ここで感情を露わにして彼女とのタッグが決裂し単独行動を取られては困る。


 俺の知らぬ間に悪魔に食われたら大損だ。


 ここは絶品肉料理が食べられる未来に想いを馳せて我慢だ、俺。


「お前だって初めての悪魔退治で疲れているはずだ」


「平気ですけど?」


「嘘だな。さっきから足元がおぼついていないぞ」


「でも悪魔を殺すのが魔法少女の仕事のはずです!」


「魔法少女は他にも居る。お前だけが頑張る必要は無い」


「他にも……?」


「ああ、言ってなかったか。妖精さんは俺だけじゃない。だからこの街には無数の妖精さんと、それと契約した魔法少女が居る。だからそう生き急ぐなよ」


 正しくは、死に急ぐなよ。


 どうせすぐ死ぬ運命なんだから。


「……だったら、尚更急がなくちゃ」


 小声で呟く彼女の声を俺の耳は拾いきれなかった。


 ただ、悔しそうな表情を見るに本当はまだ戦いのだろう。


 彼女を急かす理由が何なのかまでは分からない。


「分かりました。今日の所はおとなしく言うことを聞いてあげます」


「良い子だ」


「気持ち悪いです」


 彼女は俺を置いてさっさと路地裏を後にした。


 光のように幼い少女でもない。


 彼女を家まで送る事はせず、俺は俺で一人帰途に就いた。


 翌日も、その翌日も、彼女は徹底的に悪魔を殺し続けた。


 一日に二体、三体を討伐する日もあった。


 やはりそんなペースで悪魔退治を続ければ彼女は疲弊していった。


 それでも彼女は悪魔退治を休もうとはしなかった。


 悪魔として、彼女は危険だと思わざるを得なかった。




「どう思います?」


「そうだねぇ……。良いんじゃないかな、放っておけば」


 先輩はあっけらかんとして答えた。


「良いんですか? アイツ強すぎますよ。自分で悪魔を探せるし、そのうち上級悪魔を襲撃しないか心配です」


「心配なのはどっち? 襲われる悪魔が? それともその子が?」


「えっ、そりゃ悪魔がですよ」


 先輩は笑った。


 カウンター席に座るベズさんとエリーザさんも俺達の会話を聞いていたようで、同様に笑った。


「おいおいミライ! まさか上級悪魔が魔法少女に負けると思ってるんじゃないだろうな?」


「んふふっ、おっかしい」


「そりゃベズさんみたいに戦闘に特化してる悪魔ならそうかもしれませんけど、エリーザさんや先輩みたいな悪魔なら危険じゃないですか?」


 折角心配して話してやったのに笑われるだなんて不愉快極まりない。


「未来君、君は少し勘違いをしているね」


「勘違い、ですか?」


「上級悪魔が魔法少女に負ける事など、万が一、いや億が一にも有り得ない」


 きっぱりと言い切る先輩を俺は信用出来ずにいた。


 先輩は魔力のこもった言葉で命令しなくては人間の姿である俺を制御出来なかったではないか。


 エリーザさんだってあの細い腕で魔法少女と戦えるとは思えない。


 正直、低級悪魔の方が戦闘力は高そうにも見える。


「良かったね、未来君。今の、エリーザに聞かれたらボコボコだったよ」


「へぇ? ミライくん、聞かせてもらえる?」


「いいえ、何でも無いです!」


「そうそう、何でも無いよね。ただエリーザさんは私と比べると胸が小さいなぁ、って思ってただけだもんね?」


「はい?」


「何よこのガキ~」


 エリーザさんにヘッドロックを掛けられる。痛くもないし苦しくもない。


 これがただの戯れであるとしかと伝わってくる。


「危なかったね。調子に乗ると、本当に死ぬよ」


 エリーザさんには聞こえないよう、先輩が耳打ちしてきた。


「話を戻そうか。悪魔の力はね、すなわち宿す魔力の量なんだ。これまでに何体もの魔法少女の肉を食べてきた私達が魔法少女に負けるなんて有り得ないのさ」


「待てよ。そう考えるとマスターは危ねーんじゃねえか?」


「えっ、どうしてですか?」


「マスターはねぇ、魔法少女の肉を食べないのよ」


「えっ、じゃあ……」


「昔、人間の女性に恋をしたらしくてよ。それ以降、人間を襲ったり少女を騙して食糧にするなんざ稼業は止めたんだと。自殺した人間の肉だけを探してチマチマ食ってんだ」


「なんか、素敵ですね」


 と思うのは俺が元人間だからだろうか。


 先輩とベズさん、エリーザさんの顔には理解不能の四文字が色濃く表れていた。


 人間に例えるなら、そうだな。家畜を殺して食べるのは可哀想だから野菜だけを食べるビーガン主義のようなものだろうか。


「えっ、じゃあ危ないじゃないですか。もし好戦的な魔法少女にこのバーが悪魔の店だってバレたらどうするんですか?」


「誰かしら居るだろ」


「そうね、誰かが守ってあげれば良いわよね」


「そうそう、何も怖がる必要は無いさ」


 三人は何も心配していないようで、その頼もしい姿に安心しきっている俺が居た。


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