14話 悪魔達の夜 in Bar

「へえ、面白い子じゃないか」


「光がどれだけ良い子だったか今になって分かりました」


 例のバーに先輩を誘った。


 俺から誘ったのは初めてだからか、先輩もどことなく喜んでいた。


 相変わらず先輩はワイン、俺はジントニックを飲んでいる。


「ミライも若いねぇ」


「んふっ、良いじゃない。その先には美味しいご馳走が待ってるんだから」


 エリーザさんとベズさんも飲んでいた。


 カウンターに座る二人も交えて談笑が続く。


 マスターはやはり寡黙な人で会話に入ってくる素振りは一切見せない。


 その慎ましさがこのバーの魅力の一つなのかもしれない。


「そういえばお二人ってどんな悪魔なんですか? 先輩が人の心を覗く力を持ってるのは知ってるんですけど、俺、他の悪魔の能力とか全然知らなくて」


「なんだ、他の悪魔に会った事無いのか。オレは獣化だ。狼やライオン、鳥にだってなれる。戦闘でしか役に立たねえから、日常生活を続ける分にゃ人間と大差ねえんだ」


「ワタシは逆よ。人の記憶を弄れるの。人間社会に溶け込むには何かと便利だけど、戦いには役に立たない能力ね」


 その真逆の価値が互いに惹かれ合うのだろうか。


 二人の能力を聞き、他の悪魔達の能力にも興味が湧いた。


 今後悪魔として生活していれば様々な悪魔と知り合う機会もあるかもしれない。


 大きな能力差の無い人間と違って、それだけで悪魔って面白いと感じた。


「ベズとエリーザもやっぱり上納減ってる?」


「そうだな、困る程じゃねえが減ってるな」


「同じくねぇ。最近嫌な噂も耳に入るし」


「嫌な噂って何ですか?」


「魔法少女を食いまくってる低級悪魔が居るらしいっつー話だ。まあ、新人じゃ耳にも入らねえか」


 低級悪魔って知能が無いんだよな。


 だから魔律を無視して魔法少女の肉を横取りしたり、何の力も持たない人間を襲ったりもする。


 だから魔法少女に駆除を任せてるんだけど、その低級悪魔が力を付けてしまっては秩序が崩壊してしまう。


 悪魔にとっても人間にとっても嫌な噂だ。


「それに対抗してね、複数の魔法少女が協力しているらしいわよ」


「賢い妖精さんも居たもんだ」


「未来君もやってみたら? 複数契約」


「無理ですよ。前回は一人の面倒を見るのでさえ苦労してたんですから。しかも今回のは問題児です。更に担当を増やすだなんて俺の負担が大きすぎますって」


 しかし悪くない考えだとも思った。


 チームアップしたところで金平糖の減りが遅まる訳では無い。


 仮に全員を毎回出動させ常にチームで悪魔退治を行うとすれば、戦闘毎に全員が金平糖を消費してくれる。


 つまり時間対効率は人数分だけ倍になるのだ。


 とはいえ、言った通り全員の面倒を見切れる自信はまだ無い。


 複数担当に挑戦するのは妖精さんの仕事に慣れてからで良いだろう。


「お二人って何人の妖精さんを抱えてるんですか?」


「俺は五人だな」


「ワタシは八人。バカな人間の雄がね、ちょっと隙を見せたら罠に掛かるのよ」


 耳に痛い話だ。


 先輩と契約した夜を思い出してしまい、ジントニックを一気に飲み干して頭の中からその記憶を追い出す。


 先輩がマスターに視線を送るとすぐにワインとジントニックのお替りが提供された。


 普通にバーのサービスとしてのクオリティが高い。


「俺、元々は人間だったじゃないですか。だからどっちの視点も持ってると思うんですけど、悪魔も人間もそこまで違わないですよね。邪悪な人間も居るし、お二人みたいに心優しい悪魔だって居るし」


 ベズさんとエリーザさんからは「こいつは何を当たり前な事を言っているんだ」と言いたげな視線を貰った。


 もしかして悪魔は邪悪な存在という固定観念こそ人間特有の物だったのだろうか。


「いやね、未来君の気持ちも分かるよ。だが私達悪魔からすればよっぽど人間達の方が邪悪な存在だという認識だよ。同じ種族間で争うなんて悪魔からすれば思い付きもしないし、ましてやそれを正義だなんだと言っているんだからね」


 言い終えて、先輩はワインに口を付ける。


 俺はこれまで当たり前のように人間社会の中で生きてきたから、先輩の言葉に衝撃を受けた。


 これもある種のカルチャーショックだろうか。


 童話の中の悪魔は人間を唆し悪の道に堕とす存在として描かれがちだ。


 だがそれも自らの悪意を責任転嫁したい人間の自分勝手な都合なのだろう。


 それがいざ実際に悪魔が人間界に訪れてみれば、悪意や狂気を受け入れられず自分達に擦り付けられては迷惑この上無い。


 そりゃ人間こそ邪悪な存在だと思っても仕方無いか。


「気になってたんですけど、この店の客って悪魔だけなんですか?」


 というか俺と先輩とベズさん、エリーザさんだけなのではと疑っている。


「そんな事は無いよ。昔は他の悪魔達もよく来ていたし、日中はランチ営業もしていてね。その時間帯には人間の客も来ているらしい。夜もたまに人間の一見さんが訪れる時もあるよね」


「何でか常連にはならないみたいだけどな」


「不思議よねぇ、こんなに居心地が良いのに」


「まあ、良いんじゃないですか。悪魔だけでひっそりと酒が飲めるなんて良い場所じゃないですか」


「嬉しいです」


「えっ、誰ですか今の声……」


「「「マスター」」」


「あんた喋れたのか!?」


 悪魔達の夜は更けていく。


 酔えない酒を飲み続け、肴は仲間との他愛ない会話。


 悪魔達の夜は、空が白んでもまだまだ続く。


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