魔法少女・雨野水無月
13話 最悪のパートナー
最近、ストーカー被害に遭っている。
常にどこからか視線を感じるし、夜道を歩くと同じ間隔に合わせてくる足音が聞こえる。
悪魔になってからあらゆる感覚が敏感になったおかげで分かるのだが、人間のままだったら気が付いていないだろう。
過去に付き合ってきた女性達を思い出す。
中学時代の初カノはイケイケの陽キャだった。
過去の男に未練を垂れ流すような女ではない。
高校時代の彼女は隠れて付き合っていた新米女性教師。
明るい性格で誰からも好かれる人柄で、やはり過去の男に縛られる女性ではない。
大学一年の時の彼女はどうだろう。
五つ上のOLだった。
昼はテキパキ働き、夜は少しだらしないが、彼女もやはり過去の男を付け回すようには思えない。
「誰なんだ」
いい加減我慢の限界だ。
ストーカーのせいで不用意に妖精さんの姿にもなれず、ここ最近は必要以上に魔力を消費してしまっている。
当然新たな魔法少女も探せない。
ごく普通の大学生生活を余儀なくされている。
「気付いていたんですね」
後方十メートルにある電柱の影からセーラー服を来た少女が姿を現した。
夜の暗がりに黒髪ロングが紛れ、白い肌だけが浮いて見える。
「かなり前からな。目的は何だ」
「光ちゃんをご存じですね?」
「何故光を知っている」
「それは今はどうでも良い事です。光ちゃんはどこに行ったのですか」
「……知らないな」
「嘘を吐かないでください!」
彼女はずんずんと距離を詰め、俺の胸倉を掴んだ。
「知っているんです。アナタが光ちゃんの病気を治したんでしょう。何者なんですか」
「それはこっちの台詞だ。何者だお前」
彼女は深い溜息を吐く。
溜息を吐きたいのはこっちだ。
これまでそれなりの迷惑を被っているんだから。
「光ちゃんは不治の病に侵されていました。現代医療では治せない、余命宣告までされたのだと言っていました。しかしアナタと接触してからすぐ、光ちゃんは退院した。説明してください、何をしたんですか」
「お前、光の知り合いか?」
「そうですけど、何か?」
驚いた。
まさか光にこんな年の近い知り合いが居たとは。
見たところ彼女が着ている制服は光が通っていた学校とは別の物だ。
それに入院していた頃の事情を知っているのだから学校の知り合いでは無いだろう。
つまり、光には俺と出会う前から身の上話ができる程に信頼できる相手が居たということだ。
その事実に少しだけ妬いている自分が居た。
「光からお前の話は聞いた事も無かったがな」
「当たり前です。光ちゃんは不用意に他人のプライバシーを明かすようなバカな子ではありませんから。質問に答えてください、光ちゃんに何をしたんですか」
キツイ物言いと偉そうな態度が癪に障る。
よくもまあ年上の男性にそこまで強く当たれるもんだ。
夜道で人の目も無い。
この状況の危険性を分かっていないのか、このバカ女は。
なんて、都合が良いんだ。
「分かった、話してやっても良い。ただし条件がある」
「は? ……まっ、まさか! この変態!」
なるほど、良い掌底だ。
人間だったかつての俺なら危うく意識を落としていただろう。
「な、なあお前……。本当に俺から話を聞かせてもらう気はあるのか?」
「あるに決まっているでしょう。条件は、そうですね。アナタの話の内容によっては考えてあげても良いですよ」
どこまでも癪に障る女だ。
だが俺は親切だから教えてやる事にした。
もちろん全てでは無い。
彼女にとって都合の良い、そして耳障りの良いところまでだ。
「俺は人間じゃないんだ。人智を超えた力で光の病気を治した。その代わりに魔法少女となり悪魔と戦ってもらったがな。ギブアンドテイクってやつだ」
またしても彼女は深い溜息を吐いた。
「バカにしてるんですか。そんな夢物語は日曜朝のテレビの中に留めておいてください」
「知ってるんだな、スイキュア」
「しっ、知りませんけど!?」
知ってるな。
「ならこれを見ればお前も信じざるを得ないと思うぞ」
俺は妖精さんの姿を思い浮かべた。
身体が一瞬で縮み上がるこの感覚も少し久々だ。どこぞのストーカー女のせいで。
「よ、妖精さん……?」
彼女は驚いていた。
ずっとしかめっ面だった彼女も俺のこの姿を見れば目を丸くして開いた口が塞がらないようだ。
その間抜けな顔が可笑しくて失笑してしまった。
「失礼じゃないですか、人の顔を見て笑うなんて」
「失礼ねえ、どの口が言ってんだか。で、信じた?」
「いいえ、どうせしょうもないトリックの類でしょう。なら光ちゃんに合わせてください。魔法少女になった彼女を見れば嫌が応にも信じるしか無いでしょう」
捲し立てて喋る彼女が滑稽だった。
だがどうしても俺には厳しい言葉ではあった。
「それは出来ない」
「ほら、やっぱり嘘なんですね」
「嘘じゃない。確かに光は病気を治し、魔法少女となって悪魔と戦っていた。これは紛うこと無き真実だ」
「戦っていた? つまり今は戦っていない、と? 都合が良すぎます。それで私を騙せるとお思いですか」
騙すも何も、俺は一言も嘘を吐いていない。
だが確かに、彼女からすれば魔法少女や悪魔の存在も、どんな願いでも叶えられる奇跡の力も信じられる材料が無いのだ。
「お前、叶えたい願いは無いのか」
「突然なんですか、気持ちが悪い」
「叶えてやる、それが俺の言っている話の証明であり、光について話してやった事に対する俺からの条件だ。出来れば人間業では叶わないような願いが良い。それを俺が叶えてやる。そうすれば信じるだろ」
彼女は少しの間思案し、答えた。
「分かりました。アナタの口車に乗ってあげます」
「お前、名前は?」
「は? アナタみたいな不審者に名乗る名などありません」
不審者はどっちだ。
俺をこんな人通りの少ない夜道まで付け回したくせに。
だが俺は大人だ。
ガキの言葉一つでキレていては世話無い。
「三咲未来だ。俺は名乗ったぞ」
またしても彼女は深い溜息を吐いた。
それからゴキブリでも見るかのような表情で渋々名乗った。
「
「水無月だな。お前の願いは何だ」
「下の名前で呼ばないでください、気持ちが悪い」
「……雨野、お前の願いは何だ」
「私の願いは──」
今度は溜息ではなく、心を落ち着けるような、または覚悟を決めるような、そんな一呼吸を挟み、言葉を続けた。
「──母を殺してほしい」
俺は彼女に右前足を伸ばし、察して彼女も左手を合わせる。
彼女が心の中で願いを復唱しているのが伝わってくる。
同じように俺も心の中で願うと、合わされた手の間から光が漏れ出す。
光と契約した時を思い出した。
あれは光の命を救うという大義名分があった。
だから人間としての俺は多少の躊躇はあれど契約に踏み切れた。
だが今回はどうだ。
それがどうして、罪悪感が無いのだ。
ハッキリ言って彼女が嫌いだ。
ストーカーだし、初対面で人間としての礼儀を欠き態度も悪い。
こんな大人を舐めたガキは将来悪い大人に騙されるのが関の山だ。
それが少し早まっただけ。
それに先輩も言っていた。
自業自得だと。
だから今回は光の時のように優しくするつもりは無い。
魔法少女として使い潰してやる。
さっさと金平糖を使い切らせ殺してやる。
俺は悪魔だ。
前回が人間に寄り添い過ぎたのだ。
これが悪魔のあるべき姿なのだ。
自分にそう言い聞かせ、契約を進める。
光の中から金平糖の詰まった瓶が顕現した。
「金平糖……?」
「さあ、それを持ってさっさと帰れ。お前の母親が死んでるぞ」
「ふん、くだらないトリックばかりですね。この時間なら家にお父さんが居るから殺せるはずがありません」
そう言い捨てて彼女は立ち去ろうとした。
──ピリリリ!
彼女のポケットから着信音が鳴った。
彼女が電話に出る。
会話の内容から察するに父親からのようだ。
少しの間彼女を眺めていたのだが、その様子と言ったら思わず笑いが込み上げた。
バカが、自分の選択を悔やめば良い。
自らの早計さが大切な家族を死なせたのだ。
一生悔やみ続けろ。
と言ってもお前の命はそう長くはもたないけどな。
電話が終わると、彼女は俺の方へ戻ってきた。
「バカが、悔やめ」
「悔やみません」
「母親だろ。お前が願い、そのせいで死んだんだぞ」
「ええ、ありがとうございました」
何だこいつ、イカれてるのか?
どこに自らの願いで母親を死なせて平然としていられるどころか感謝をする奴が居る。
どこまでも癪に障る奴だ。
だが構わない。
ここからは魔法少女として悪魔達と戦い続ける日々が始まる。
いくら魔法少女と言えどキツいはずだ。
光も慣れるまでは毎日へとへとになっていた。
こいつには光以上のペースで戦わせ続けてやる。
絶対に、後悔させてやる。
「雨野水無月、地獄へようこそ」
「とっても楽しみです、悪魔殺し」
こうして、雨野水無月は魔法少女となった。
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