12話 初離別
俺が現場に行けたのは全てが終わった後だった。
「遅かったじゃないか」
「先輩、どうして」
「低級悪魔に横取りされないよう守っていたのさ」
「……ありがとうございます」
荒れた路地裏に横たわる肉塊が一つ。
さっきまではしゃぎ回っていた。
木彫りのクマを買うのだと。
新鮮な海鮮料理を食べるのだと。
どうせ荷物の中身はトランプやボードゲームの山だったのだろう。
夜更かしをして俺と遊ぶのだと言っていた。
恋バナだって付き合ってやるつもりでいた。
なのに、この肉塊は言葉の一つも吐きやしない。
「さあ、持ち帰ろう」
「止めてください……」
「え?」
「持ち帰るだなんて言い方、まるで光が物みたいじゃないですか」
「そうだ」
「違う! 光は一人の人間だ!」
「そうだ、人間だ。そして魔法少女だ。魔法少女は私達の食糧だ」
「アンタ! どうしてそんなに、そんなに……ッ!」
「未来君」
「光は、光は……」
「未来君」
先輩から力強く肩を掴まれた。
先輩の真剣な表情に、俺は耳を傾けざるを得なかった。
「誰のせいだ?」
「誰の、せい……?」
「その子が死んだのは、誰のせいだ?」
「光が、死んだのは……」
何故光が死んだ。
それは魔法少女になったからだ。
魔法少女は悪魔の食糧だ。
遠くない未来の死を約束されている。
その契約を結ばせたのは誰だ。
俺だ。
「光が死んだのは、俺の、せい、です」
俺が光を殺した。
俺が光に契約を迫り魔法少女にしたせいで死んだ。
俺のせいで北海道に行けなかった。
俺のせいで光はやりたいことリストを完遂出来なかった。
全て、俺のせいじゃないか。
「違う」
「何が違うって言うんですか! 俺が光と契約しなきゃ死んでないじゃないですか!」
「本当にそうなのか?」
「えっ……?」
「本当に未来君のせいで、彼女は今そこで、死に絶えているのか?」
分からない、先輩が何を言いたいのかが全く分からない。
俺のせいじゃないか。
光は魔法少女になったから悪魔と戦う使命を課され、そして約束された使命を全うして死んだ。
何が違うというのだ。
……いや、違う。
あの日だ。
あの時だ。
俺が光と契約をしなかったらどうなっていた。
光はずっと病院から出られず、ただ死を待つしかなかった。
友達も出来ないまま。
学校にも行けないまま。
授業も受けられないまま。
カラオケにも行けないまま。
プリクラを撮れないまま。
思いきり走れないまま。
恋も、出来ないまま。
「確かに彼女は未来君に騙された。だが、その選択をしたのは彼女自身だ」
俺の脳裏にはまだ光の笑顔がこびりついたままだ。
「全ては彼女の、自業自得だ」
光の声も、手の感触も、唇に触れた温かさも。
「急ごう。他の上級悪魔に見つかれば面倒な事になる」
先輩は光の亡骸を抱え上げようとした。
「俺が運びます」
彼女はどこか穏やかな表情を浮かべているように見えた。
「ごめんな、光。最期に傍に居てやれなくて」
届きはしない。
光は死んだのだ。
光のパーカーのポケットに小さなノートが入っている事に気付いた。
表紙を捲ると、以前読ませてもらったリストが可愛らしい丸っこい筆跡で書き連ねられている。
そのほとんどには罫線が引かれていた。
一ページずつ、丁寧に読み進めた。
俺の知らない光のやりたいことがたくさんあった。
時折筆圧が弱くなっていた。
入院中、体調が芳しくない時に書いたのだろう。
ページが進むにつれ、本当に他愛のない願いが多くなっていった。
それらは人間が普通に生まれ、普通に生きていれば叶うような、本当に些細な、それでいて切実な願いの数々だった。
ノートにぽたりと雫が落ちる。
一つ、二つ、三つ。段々と増え、いつしか涙が止まらなくなっていた。
『未来さんへ』
最後から二ページ目にそれは書かれていた。
『最後のページにお手紙を書きました! 恥ずかしいから私の居ないところで読んでくださいね! 絶対の絶対の絶対ですよ!』
震える手でページを捲る。
『だいすき』
「何が手紙だ、一言じゃねえか」
もしかすると、光は気付いていたのかもしれない。
魔法少女の使命を終えると自分は死んでしまうのだと。
だから光は走り出す前にあんな真似をしたのだ。
自分を騙した最低なクソ野郎に文句の一つも言わず。
それはきっと、生きるってこんなに幸せなんだって、そう感じていたから。
光は前に俺に言った。
俺こそが光にとってのお日様だった、と。
違うよ、逆だよ。
俺にとってのお日様が光、君だったんだ。
光と出会ってから、俺はこれまでの人生で最も悩まされた。
そして命について考えた。
光を騙している事に悩み傷つき、その度に俺は光に救われていた。
おかしな話だよな。
でもな、光。
一つだけ確かなことがあるよ。
光、君に出会えて良かった。
心から思うよ。
でも、いや、だからこそごめんな。
年下の光から見れば頼れる男性に見えたのかもしれない。
でも俺はそんな出来た人間じゃないんだよ。
「なんて、そこまで分かった上で言ってそうだよ、お前は」
光の想いが詰まった小さなノートをポケットにしまい、その肉塊を優しく抱き上げた。
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