9話 罪悪感

「光、悪魔だ」


「街の人を助けなくちゃ!」


「逃げなきゃだよ!」


「そっちじゃないよ光ちゃん!」


 友人二人の制止を振り切って彼女は走り出した。


 現場に辿り着くと巨大なニワトリの悪魔が暴れていた。


 これまでの低級悪魔と比べて蓄積している魔力量が大きすぎる。


 それに伴って身体も大きかった。


 間違い無い、魔法少女を食ったんだ。


「光、あの悪魔はこれまでのより強いぞ」


「分かりました!」


 それでも彼女は臆さず立ち向かった。


 初めて悪魔を退治した日、見るからに弱そうな悪魔から逃げ回っていたのが嘘のようだ。


「とりゃぁあああああああ!」


 彼女の拳がニワトリの悪魔の喉に突き刺さる。


 悪魔は呻き声を上げて苦しんだが、すぐに態勢を持ち直して鋭いくちばしで反撃に及ぶ。


「コケッコケッ、コケェ!」


 彼女はくちばしの連続突きを慣れた動きで躱しきり反撃の一発をお見舞いする。


「まじかるキィィィィィィック!」


「コケェェェェェェェェェ!」


「良いぞ、効いてる!」


 ニワトリの悪魔の脳天に彼女の飛び蹴りが命中し、土埃を巻き上げて地に伏せた。


「コッ、コッ……。コッケコッコォォォォォォォォ!」


 それが断末魔ならばどれだけ良かっただろう。


 ニワトリの悪魔が叫ぶと、周囲から鳥型の低級悪魔が集まってくるのが見えた。


 数は十か、二十か、それ以上。


「気を付けろ光!」


「はい!」


 彼女は悪魔の群れに囲まれつつも決定的なダメージを負うには至らなかった。


 くちばし攻撃を軽快なステップでいなし、時には宙に飛んで躱し続けた。


 しかし相手は鳥、当然空まで追ってくる。


 彼女の飛行も相当なスピードが出ているようだが、それに悪魔達はピッタリと付いて来る。


「きゃああああああああああ!」


 駅の方から叫び声が聞こえた。


「まずい、一般人にまで被害が及んでる!」


「わ、分かりました!」


 彼女は急降下し、地上から悪魔達を迎え討つ。


 群れの特性か、先頭を飛ぶ悪魔に他の全てが追いかけてくる。


 彼女は先頭の一体を強烈なパンチで吹き飛ばすと残りの悪魔達もそれに巻き込まれて吹き飛んだ。


「大丈夫ですか!」


 駅の方へ走ると最初に現れたニワトリの悪魔が一般人を襲っていた。


 その中には光の友人二人も居た。


「友達が危ない!」


「任せてください! まじかるロッド!」


 叫ぶと彼女の手元にファンシーな杖のようなアイテムが顕現した。


 彼女はそれに魔力を込め、狙いを澄ませて一気に放出する。


「まじかるサンライトシャワぁあああああ!」


 オレンジ色の魔力の波がニワトリの悪魔を襲う。


 回避する余裕も無く、悪魔は波に取り込まれてしまった。


 やがて悪魔は波の中で蒸発するように消え去った。


「大丈夫ですか!」


 魔法少女の衣装を解き、彼女は襲われていた友人の元へ駆け寄った。


「光ちゃんって魔法少女だったの……?」


「化け物を倒してたよね……?」


「隠しててごめんなさい! 嫌いにならないでください!」


 彼女にとってあの二人は初めて出来た友人だ。


 だからこそ自分が魔法少女なんて危ない秘密はこれまで明かせなかった。


 ああやって必死になるのも仕方が無い。


「嫌い──」


「そ、そんなぁ」


「──になんてなる訳ないじゃん!」


「そうだよそうだよ! すごい! 服も可愛かった!」


「良いなぁ~、私も魔法少女に変身してみたいなぁ~」


「だよねだよね!」


 バカな少女達だ。


 彼女がどんな危険な目に遭い、そしてどんな悲惨な末路を辿るのかも知らないで。


「光ちゃん」


「は、はいっ!」


「本当にありがとうね、助けてくれて」


「ありがとう! 本当に怖かった、死んじゃうかと思ったし」


「大丈夫です、これからも街のみんなは私が守ります! もちろん二人のことも! だから、これからも友達でいてほしいです!」


「もちろんだよ」


「また遊ぼうよ!」


「ほわぁ……。は、はいっ!」


 帰りの電車は三人共席に座るなりすぐに寝落ちてしまった。


 相当疲れてしまったのだろう。


 片や悪魔に襲われて九死に一生を得て、片やその悪魔を退治したのだから。


 俺は三人の安眠を邪魔しないよう、バッグの中でおとなしくしていた。


 取り合ってくれる相手も居ないからか、それとも電車の揺れが気持ち良いからか、いつの間にか俺も眠ってしまい降りるべき駅を寝過ごしてしまった。


「今日はとっても疲れました。でも、とっても幸せな一日でした」


 結局彼女の家の最寄り駅に着く頃には辺りは暗くなっていた。


 幸い駅からの道は街燈もあるし交番もある。


 それに何度も通っている道だ、危険は無い。


「光、金平糖はどれくらい残ってる?」


 彼女が金平糖の入った瓶を取り出す。


 元々瓶いっぱいまで入っていた金平糖は、残り五分の一程度の量にまで減っていた。


「いち、にー、さん、しー……。あと七個です! この調子でいくと一週間で無くなっちゃいますね」


「そうか、あと一週間か」


 一週間後、彼女は死ぬ。


 その死肉を俺は食べるのだ。


 その事実を彼女は知らない。


 教える訳にはいかない。


 知ってしまえば悪魔退治をしなくなり、金平糖を使い切る事は無くなるだろう。


 だが、それも悪くないような気がしてきた。


 健気に生き、ようやく本当の友人が出来たばかりの純粋な少女を生かしてあげたい俺が居るのだ。


「なあ、光」


「なんですか?」


「悪魔退治、怖くないのか?」


「……もちろん怖いです。でもでも、私はそれを我慢しなくちゃいけないんです。だってその代わりに病気を治してもらったんですから。日は昇ります! あと七回頑張れば戦わなくて良くなります! あと少し、ふぁいっおー!」


 無邪気に笑う彼女を街燈が照らす。


 そんな彼女が、俺にはあまりにも眩し過ぎた。


「やりたいことリスト、調子はどうだ?」


「はい! 順調ですよ! ほらほらっ、もうこんなに埋まってます!」


 俺の知らぬ間に残り数個にまで迫っていた。


「彼氏が欲しい」が完了済みになってるのはやはり納得いってないが。


「今日だけでいっぱい埋まりました。プリクラも撮ったし、公園でおもいっきり走れましたし、ファミレスも行ったし、横浜県なので旅行みたいなものですし!」


「バカ、神奈川県だ」


「ほぁっ! 間違えました! もっともっとお勉強頑張らなきゃですね!」


「……日は、昇ったか?」


「はいっ! ずっと信じてきて良かったです。何も間違ってなかったんですね。日は昇る、悲しいことがあっても次の日にはお日様は必ず昇るんです」


 彼女は笑いながら泣いていた。


「ミクるん、じゃなくて未来さん。本当にありがとうございました」


「急にどうした」


「未来さんが助けてくれたおかげで、こうやって楽しく生きてます。本当は、心の奥では諦めてました。もう死んじゃうんだって思ってました。何となく分かってたんです、自分の身体ですから。私の心の中の空には、中々日が昇ってくれませんでした。でも未来さんと出会って変わったんです。病気を治してくれる前から、あの中庭で初めて会った日、ようやく日が昇ったんです。もうちょっと頑張ってみようって思えたんです。だから、本当にありがとうございました」


 彼女は深々と頭を下げた。


 彼女の真摯な感謝の気持ちを、俺はどんな気持ちで受け取れば良いのか分からなかった。


「それじゃまた明日です。おやすみなさい!」


 彼女の背中を見送り、俺は今日も空から帰る。


 新宿の上空に着いた頃、酒が飲みたくなって地上に降りた。


 カランとドアのベルが鳴る。


 寡黙なマスターと常連二人。


 いつしか俺も常連客になっていた。



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