8話 初交友

 ひと月も経つと、光のやりたいことリストは着々と消費されていた。


 同様に金平糖も数を減らしていた。


 残念ながら金平糖の消費の方がややペースが早いようで、すなわち彼女が悪魔に食われる日も近い。


 悪魔退治を終えた帰り道での事だった。


「ミクるん、お願いがあります!」


 未来という俺の名前をひねって彼女が名付けた。


 妖精さんらしい名前があった方が良いとのことだ。


 何に於いて〝良い〟のかは未だに分かっていない。


「金なら貸さないぞ」


 これまで彼女から何かを頼まれた事は無かった。


 契約した時でさえ彼女からの頼みではなく俺の提案を飲むような形だった。


 そんな彼女から直々のお願いだ。


 そこそこの覚悟を持って聞いてやろう。


「明日だけ悪魔退治をおやすみさせてください!」


「突然だな、どうした」


「これです!」


 スマートフォンを顔に押し付けられた。


 近すぎて見えない。


「冷たいな」


「すみません、これです!」


 改めてスマートフォンの画面を見せてもらうと、メッセージアプリのトーク画面だった。


 トークのやりとりを流し見させてもらうと、明日は土曜日で学校が休みだから友人達と遊びに行く約束をしているようだった。


 ようだった、というのはどういう訳かというと、彼女だけはまだ確実に行けるとは答えていないのだ。


「良いんじゃないか」


「ほんとうですか!」


 彼女は大層目を輝かせている。


 悪魔退治を始めてから、彼女の身体を案じて悪魔と戦うのは一日一回と決めていた。


 だから一日休んでも彼女を食べる日が一日遠のくだけで、別段困る訳でも無いのだ。


 やはり彼女にはやりたいことリストを全てこなしてから死んでほしい。


 その考えは今でも変わっていない。


 他の妖精さんなら無理を通してでも戦わせたかもしれないが、俺は断じて違う。


 あくまで人間だったのだ。


 人としての優しさくらい多少は持ち合わせているつもりだ。


「横浜か。俺も付いて行っても良いか? 向こうで悪魔に遭遇しないとも限らないし」


「もちろんです! 助かります!」


 彼女の家に着き別れた。


 珍しく両親が帰っていたようで、家の外まで聞こえるくらい大きな声で明日の予定を報告していた。


 彼女が幸せそうで俺も嬉しかった。


 こういう事がある度に、彼女を騙した俺自身が赦されていくような気がするのだ。




 翌朝、渋谷ハチ公前が集合場所だった。


 この人ごみではどうしても人の目を避けられないから、妖精さんの姿になって彼女のバッグに入れてもらった。


 どうして女のバッグはこんなに小さいのだろう、窮屈すぎる。


「ぬいぐるみ?」


「かわいい~」


 バカな女子中学生二人に突つきまわされた。


 決して声を出してはならない。


「あふぅ」


 しかしお腹を揉み解され、思わず声を出してしまい周りの乗客の視線を集めてしまった。


 東横線の電車の中だった。


「えっ、今喋った?」


「喋ったよね!」


 まずい、バレてしまう。


 しかも電車の中では逃げ場も無い。


「(おい、光! 何とか誤魔化せ!)」


「(わかった!)そうなの、このぬいぐるみ喋るんだよ! おりゃおりゃ~」


 彼女まであちら側に回ってしまった。


 残りの二人も光につられてお腹をくすぐってくる。


 やめろ、俺は年上巨乳好きなんだ。


 お前達みたいなガキにそんな事されたって何も嬉しくないんだよ。


「あふっ、あふぅ~」


 しかし身体は正直なもので声が漏れ出てしまう。


 更に悔しいのが、ちょっとだけ気持ち良いのだ。


 なんという屈辱、穴があったら入りたい。


 流石に度が過ぎたのか、近くの席に座っていたおっさんが咳払いをした。


 それに気付いたガキ共は大人しくイタズラを止めた。


 電車に揺られること五十分。


 目的の駅に着く頃、光も残りの二人も眠ってしまっていた。


 ここが終点駅で良かった。


 そうでなければどこか秘境の地まで送り届けられていただろう。


 この一ヶ月で彼女は魔法少女として成長した。


 魔力のコントロールに慣れ空も飛べるようになったし、まじかるロッドという武器も使えるようになった。


 その一方で俺も悪魔として成長した。


 人間か悪魔か見分けが付くようになったのだ。


 段々と悪魔特有の魔力や香りを判別できるようになり、ようやく先輩に誘われて行ったバーの常連二人が悪魔なのだと分かった。


 横浜中華街は人で賑わっていた。


 その中にもやはり悪魔は潜んでいた。


 だが人間と変わらない見た目で、誰に危害を加えるでもなくただそこで生活をしているのだ。


 例えばそこで歩きながら肉まんを食べているカップルの女の方は悪魔だし、向こうの店の前で客引きをしている若い男だってそうだ。


 きっと東京や横浜以外にも、日本全国、いや世界中にこうやって悪魔が潜んでいるのだろう。


 それを俺はつい一ヶ月前まで知らずに生きてきた。


 悪魔になって世界の解像度が一気に上がった、そんな気がする。


 中学生の女子が横浜で何をして遊ぶのか、少し興味があった。


 だがなんというか、別に面白いものでも無かった。


「「「美味しい~~~!」」」


 食べ歩き。


「「「高~い!」」」


 横浜マリンタワー。


「「「噴水~~~!」」」


 デカい公園。


「「「パフェ~~~!」」」


 ファミレス。


「「「盛れてる~~~!」」」


 プリクラ。


「「「プリティープリティー♪ スイキュア~♪」」」


 カラオケ。


 ファミレスやカラオケなんて横浜じゃなくても行けるしな。


 散々遊んで日は暮れて、三人は駅に向かって歩いていた。




 ────ガシャンッ!




 その時だった。


 中華街の方から何かが崩落したような音が轟いた。


 すぐに分かった、肌で感じた。悪魔だ。


「光、悪魔だ」



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