7話 初仕事
「ほわっ! 魔法少女です! 未来さん、私魔法少女になっちゃいました!」
「避けろ!」
俺の声は間に合わず、光の小さな身体にブタの悪魔の巨体がぶつかり吹き飛ばした。
壁まで飛ばされた光が土煙の中から現れる。
「無事か!」
「あんまり痛くないです! でもちょっとだけ痛いです! ちょっとだけ!」
彼女はピンピンしていた。
これが魔法少女の力か。
魔力の塊を身体に入れ、身体の内側に魔力が浸透している。
更に外側には魔力で織られた衣装が身を守っており、物理的な衝撃はほとんどカットされているようだ。
「悪いブタさんめ~!」
型の定まっていない不格好なパンチがブタの悪魔を襲う。
あのパンチが生身から繰り出されていれば痛くも痒くもないだろうが、魔力が込められている為か一発一発が鈍い衝撃音を出して相当のダメージを与えている。
ブタの悪魔がこれまでにない雄叫びを上げる。
手負いの獣には気を付けろ、とは悪魔退治に限らずよく聞く話だ。
「気を付けろ光!」
「ほえっ? うひゃぁ!」
ブタの悪魔が後ろ足だけで立ち上がり、右前足で横方向に薙ぎ払い攻撃を繰り出した。
今度はもろに食らうことも無く、光は回避すべくジャンプした。
「たたたた高い~~~~~!」
彼女は隣の高層ビルの最上階あたりの高さまで跳び上がった。
一定の高さまで跳んだかと思えば、今度はまっさかさまに落下してくる。
「体勢を整えろ!」
「どうやってぇ~~~!?」
魔法少女は飛べると聞いた。
しかしそれにはコツが要るようで、実際に彼女は空中で留まれずにどんどん地面へと近付いてくる。
「フガフガァ!」
不幸は重なるもので、落下してくる彼女をブタの悪魔が狙う。
後ろ足に力を込めてブタが跳んだ。
「危ない!」
「わっ、ちょっ、いやぁあああああああ!」
相変わらず彼女は空中浮遊が出来ないようで、着々とブタの悪魔との距離が縮まっていく。
「日曜朝を思い出せ!」
自棄のような祈りのような声を掛けた。
「はっ! そういうことですね!」
まさか届くとは。
彼女は何かに気付いたらしく、落下しながら空中で体勢を整えた。
しかし一向に彼女が空中でストップすることは無かった。
むしろ自ら地面に向かって落下速度を上げているようだ。
やがてブタの悪魔と接触するかという頃、彼女は右脚を下方向に伸ばし叫んだ。
「まじかるキィィィィィィィィック!」
「フゴッ!?」
さしもの悪魔も驚きを隠せなかったようだ。
彼女の右脚に魔力が集中し、空中でブタの悪魔を打ち砕いた。
そのまま彼女は急速に落下し、着地時には少し地面が揺れた。
空高く、ブタの悪魔は光の粒子となって霧散した。
俺が契約した魔法少女は無事悪魔を退治したのだ。
「ありがとうございました! 未来さんの言葉が無ければ倒せなかったと思います!」
「ちょっと想定とは違ったけどな」
彼女は首を傾げ頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
魔力のせいか、マジでクエスチョンマークが浮かんでいる。
「初めての悪魔退治、どうだった?」
「ちょっと怖かったです……。でもでも、これで街の人を救えたんですよね!」
「そうだ。あのブタ野郎を放っておけば人間が襲われていた。それを光が阻止したんだ」
「えへへ~、そう考えると良い気分ですね~。ヒーローになったみたいです~」
「なったんだよ、ヒーローに」
今日はこれで切り上げた。
退院したばかりの少女に一日に二度も三度もハードな戦いは課せられない。
どうせ他にも魔法少女は居るんだ。
彼女一人にばかり頑張らせすぎる意味も無い。
そりゃさっさと金平糖を食べきって肉塊になってくれれば悪魔にとってはありがたいのだろうが、この朝宮光という少女に愛着が湧かないでもない。
出来る事ならやりたいことリストを全て達成してから死んでほしい。
とはいえ俺も腹は減る。
何もしなくとも魔力は消費されるのだろう。
彼女が変身する最中、光る裸の彼女を見て腹が鳴った。
そんな自分を咎めたい気持ちもあるが、一方で悪魔になったんだから仕方無いと諦めている自分も居る。
きっと人間界に居る悪魔の中で妖精さんの種族が一番辛いだろう。
魔法少女と一緒に居る時間が長いから食糧に対して愛着も湧いてしまうし、常に「待て」をさせられている状況でもあるのだ。
そんなジレンマが常に付きまとうのだから、下僕から回ってくる肉を待っているだけの悪魔よりよっぽど偉い。
「今日はありがとうございました!」
「ゆっくり休めよ。明日の放課後もパトロールだからな」
彼女を家の前まで見送ってから俺は家路についた。
悪魔の身体なら空を飛べるから電車代を浮かせつつ徒歩よりも時間を短縮できる。
「身体を浮かせて金と時間まで浮かせる、ってか」
一人で苦笑いを浮かべながら、かたわれどきの空に佇む街を眺めながら飛んだ。
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