6話 初変身

「えへへ、似合いますか?」


「似合う似合う」


「も~、テキトー過ぎですよ!」


 俺は学生服が嫌いだった。


 ファッションに興味があるわけではないが、誰かから決められた服装を強制されるのが窮屈だったのだ。


 あと学生服って学ランもブレザーもボタンを全部止めると物理的に窮屈だし。


 だが、彼女にとって制服とは自由の証だ。


 病院という籠から抜け出せた鳥は、ようやく属すべき群れへと帰れたのだ。


 妖精さんの姿なら魔力を行使して契約した魔法少女とテレパシーで会話ができる。


 だから俺は彼女が通う事になった中学校にも付いて行くことにした。


 いつでも駆け付けられるように学校の敷地内に隠れている。


 そして昼休みになると彼女は屋上に上がった。


 ここなら他の生徒の目も無いから彼女の元へと姿を現したのだ。


「聞いてください! 給食ってすごいんですよ! クラスメイトがごはんをよそってくれるんです!」


 何が凄いんだよ。


 だがこれまで学校に通えなかった彼女からすれば、そういう小さな当たり前が大きな発見なのだろう。


 それがどうしても楽しくて仕方無いというのが彼女の声のトーンや表情からありありと伝わる。


「勉強はさっぱりです! 病院で教えてもらってはいたんですけどね、えへへ。でも大丈夫です、日は昇ります! 頑張って勉強すればきっと追いつけるはずです!」


 だって人生は長いですから。


 彼女の言葉には希望が満ち溢れている。


 本当にそうだったらどれだけ良かっただろう。


 確かに彼女を騙したのは俺だ。


 彼女を絶望へと連れて行くのは俺だ。


 だが悪魔のような所業とは裏腹に、一人の人間として知り合った少女の幸せを望んでしまう自分も居る。


 そのジレンマが苦しい。


 俺のように妖精さんにされてしまった元人間も少なからず居るだろうが、どうやって克服したのか教えてほしい。


 もしくはこの苦しみを抱えたまま生きていくしかないのだろうか。


 それは嫌だ、絶対に嫌だ。


「未来さんはごはん食べましたか?」


「いや、食べてないよ」


 食べる必要が無いから。


「もしよかったらこれ、どうぞ!」


「懐かしいな、コッペパンか」


「はい! ちょっと私にはみんなと同じ量だと多くて。残すのは勿体無いので持ってきました!」


 俺は微妙な表情を浮かべてそれを受け取った。


「食べかけじゃないです! ちゃんと千切って食べてましたから!」


 それなら、と大口でコッペパンにかじりつく。


 妖精さんの姿では二分の一サイズのコッペパンでも大きく感じる。


 しかし彼女の優しさを無下にする訳にはいかず、途中から少々の無理を押して無事完食した。


 食べながら気づいたのだが、妖精さんの姿では味をまったく感じなかった。


 人間の姿の時は普通に味覚があった。


 悪魔との契約により味覚そのものを失った訳では無く、悪魔の姿ではそもそも味覚を感じる器官を持っていないのかもしれない。


 魔力さえ摂取できれば食事の必要は無いが、やはり元は人間だ。


 食事という行為を楽しみたい時もある。


 その場合は間違えずに人間の姿で食事をしようと心に留めた。


「友達は出来そうか?」


「どうでしょう……。やっぱり仲良しグループが決まってるみたいで上手く輪に入れません。でもでも! 休み時間の度に話しかけてくれるんですよ!」


「なら昼休みもそいつらと過ごせば良かったじゃないか」


「ちょっと疲れちゃったので」


 そういえばさっきから息が荒い。


 いや、荒いというのは語弊があるか。


 上手く整わない、というのが正しい表現だ。


 いくら病気が治ったとはいえ、長い入院生活を続けていたせいで彼女には普通程度の体力が無いのだ。


 いきなり学校なんていう人ごみの中に飛び込めば心も体も疲れるのだろう。


「病気が治ったからって無理して学校に通う必要も無いんじゃないか?」


「それはだめです! 中学校はギムキョーイクですから! それに、これが私の夢だったんです」


 彼女は頭上に広がる青空を幸せそうに眺める。


 そんな彼女の横顔を眺めていると、俺は善い事を為したような気になった。


 いや、為したのだ、間違い無く。


 この先がどうであれ確かに今彼女は夢を叶えているのだから。


 叶うはずの無かった学校生活を謳歌している。


 これを善行と呼ばず何と呼ぶのか。


 悪魔の力も善い事に使えば人を幸せに出来るのかもしれない。


 彼女の笑顔のおかげで、俺は悪魔としての俺自身を少しだけ受け入れられそうな気がしてきた。




 放課後、俺は学校の裏手で待っていた。


 友達と一緒に帰れば良いとも提案したのだが、「放課後は魔法少女です!」と言って聞かなかった。


 悪魔としてはその心意気はありがたい。


 何せさっさと金平糖を使い切ってもらわねば困るのだ。


 別に使い切る前に生きた彼女に食らいつく事も出来るのだが、それは流石に気分が悪い。


 しっかりと死んでもらってから彼女の命に「いただきます」と言ってやるのが人間から悪魔になった俺の義務だろう。


「さて、ここからは悪魔退治の時間だ」


「はい、未来さん!」


 彼女はびしっと右手を挙げた。


「光君」


「悪魔って何ですか?」


「魔界からやって来て人間を食おうとする悪い奴らだ。悪魔が現れたら俺が教える。ゆっくり街を歩きながらパトロールをしよう」


「わかりました!」


 初めて契約した魔法少女が彼女で良かったと心底思う。


 何せ魔法少女の務めである悪魔退治に関しては俺もよく分かっていないのだ。


 これくらいバカ素直な少女じゃなきゃ役立たず呼ばわりされること請け合いだ。


 ちなみに悪魔がどこに居るのかなんて俺にも分からない。


 先輩のように人間のような姿をしている悪魔はそこら中に居るらしい。


 だが魔法少女が戦う悪魔は、そういう高等な上級種族の悪魔ではなくあからさまに姿形がおどろおどろしい低級悪魔らしい。


 そもそも、悪魔の食糧である魔法少女が悪魔と戦うのは少々矛盾している部分もある。


 魔力を使い切らせるだけならわざわざ悪魔と戦う必要も無いのだ。


 好き勝手に空を飛ばせれば良いし、ベッドの上から立ち上がらずにテレビのリモコンを操作すれば良い。


 先輩からの受け売りだが、ちゃんとそこに意味はあった。


 人間の姿をしていない低級な悪魔には知能が無い。


 そんな悪魔達がうっかり人間を食べ過ぎて力を付けてしまえば悪魔達の秩序が乱されてしまう。


 それを防ぐ為に悪魔は食糧である魔法少女に知能の無い低級悪魔の退治を外注しているのだ。


 なんとも身勝手な話だとは思う。


 しかし人間にとっても知能の無い悪魔に暴れられるのは困る。


 先輩のように人間社会に上手く溶け込んでいる悪魔達は大して迷惑ではない。


 そりゃ運悪く食われてしまうかもしれないが、その役目を魔法少女が担ってくれているのだから被害は少ない。


 悪魔にとっても人間にとっても、魔法少女は今や無くてはならない存在なのだ。


「うぎゃぁあああああああああ!」


「逃げるな光! 変身すれば怖くないから!」


「無理無理ぜったいむりです~~~!」


 路地裏で見つけたブタのような悪魔。


 見るからに弱そうだから楽勝だろうと高を括って眺めていたのだが、彼女は変身もせずに逃げ回っている。


 退院したばかりの少女が変身もせずに逃げられる程に奴にはスピードが無い。


 やはり見立て通り、この悪魔は弱い。


「金平糖! あれっ、金平糖どこにしまいましたっけ~~~!」


「バッグの中のポケットだろ! 急げ!」


 逃げながら彼女が金平糖を一粒口にする。


 彼女の身体が光に包まれ衣服が弾け飛んだ。


 しかし光のお父さんお母さん、ご安心ください。


 俺が年下貧乳に興味が無いのはもちろん、変身中は彼女の身体そのものが光を放ち肌は見えませんから。


 魔力のオーラが生み出した謎のファンシー空間を彼女が飛び回り、次々と魔法少女としての衣装が顕現する。


 ミニスカートの白いワンピースをベースにオレンジ色の装飾が足されていく。


 裾の下には見えても恥ずかしくないドロワーズが装着され、足先に向かってオレンジ色のロングブーツが現れる。


 十センチ近いヒールで悪魔と戦えるのかが些か心配だ。


 髪も光に包まれ色が変わった。


 暗い茶色から明るすぎるオレンジ色へと変化していく。


 そして髪が伸びた。


 最後に胸元に太陽のようにきらめくジュエルのブローチが装着され、これにて変身完了だ。


「ほわっ! 魔法少女です! 未来さん、私魔法少女になっちゃいました!」


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