2話 夜の神社参拝
赤い照射。慌ただしくなる喧騒。
夜の東虹橋市にサイレンの音響が踊り狂うように往復していた。
「……祭りの始まり。今日も宴の夜行がやってくる」
人畜無害の一般人が身に覚えのない意味不明な補導に手間取り、その挙げ句には日常の中に潜む社会の色を垣間見れて、現場が騒然と溢れる前に警笛のコンサートを掻い潜り、解放された高校生、宮代蓮は心置きなく骨休めが出来るのだ。
今日はやけに疲れる日だった。
沸き上がる不可思議の連続に好奇なる衝動は止められない。寄り道をしたばかりに生乾きのような醜悪な結末を生じてしまう羽目に。
自分の落ち度のせいで何名が地獄の篩に掛けて突き落としたのか。
これ以上真相を知る由もないが、物騒な事件が減るのであれば、補導される意味はあったのだろう。
されど、善意は落穂拾いの社会貢献。
ボランティア未満な泥水を啜る哀れな活躍に過ぎない。
見返りのない革命。
未来永劫、誰にも知られずに怪人と戦い続ける特撮ヒーローのように。
「───東虹橋市。……この街は少しだけ、歪みが潜んでいる」
光あるところに魑魅魍魎の影がある。
曇天色に染める夜景は巡る。赴きの欠けた雑音の絶えない東虹橋市。抑圧された悪意の感情が顕著になる歪な時間帯。常識を脅かす影が紛れ込んでいる。
擦れ違う人々の微熱を奪う違和感の遭遇。愚鈍めいた疑問が恐怖に変貌を遂げる途端、照明を落とすビルの摩天楼を合図に当たり前だった景色のハズが憎悪と嫉妬を孕んだ闇夜の世界に誘われてしまう。
陰と陽は鏡合わせのように。
表舞台では決して語られぬ裏側の部分。
我々が知る景色の狭間には、認識を凌駕する超常現象が起きていることを。
雑音の絶えない夜の東虹橋市は『怪異』の温床地帯なのだ───。
単刀直入に。怪異とは一体何なのか。
定義は諸説を含め、一部では怪現象の総称として妖怪と呼ばれており、怪異は口伝承として現代にまで定着された有名な都市伝説でもあり、時代背景を中心に人間思想によって生み出されたアレゴリー的な存在。
或いは。
幸福を望めず、悔恨を残し息は絶え、生者を呪う為に歪んだ悪意の権化か。
それとも。
識別してはいけない、現実の齟齬を来す、虚構めいた『忌みなる存在』か。
どちらにせよ怪異の正体は不明だ。その複雑な実態も定かではない。
唯一言えることは。
───怪異は必ず実在することだ。
娯楽の足しに身が竦むほどの刺激を求めた人々は非現実的な奇怪事を書き記した創作物に想像力を掻き立てた。迷信を信じ、噂話は転々と行き渡り、やがて形象は変転を続けるにつれて『恐怖心を煽る文化』として浸透した伝承だが、実害が及ぶ災厄の遭遇は笑い事では済まされない。
特に心霊スポットの肝試し。病院やホテルなどの廃墟の不法侵入。
日常の枷を外すスリルな体験を求めて、退屈を加減してくれる恐怖心の調味料。鳥肌を唆る未知の領域を無鉄砲のままに躊躇わず踏み入れてしまう。
痴れ者というか。
彼等の行動は法を背いた。紛れもなく立派な犯罪である。
現代に普及した某動画配信サイト。心霊系といった動画に興味を持ち、怖いもの見たさに相次ぐ建造物侵入は後を絶たない。
背筋も凍る体験のハズが警察のお世話に。人間が一番怖いのかもしれない。
夜の神社も相当怖いのだが。
「……個人の私祭社とはいえ、歴とした稲荷神社なんだな」
喧騒を挟む大通りを避けた宮代蓮。足取りは閑散とした住宅街を越えて、ポツンと佇む街灯に群がる走光性の羽虫に気を留めず、坂道の脇にある小さな階段を上ると、市街地に囲まれた神社を見付けた。
宵闇に華を添えるのは神妙な雰囲気を醸し出す神社の存在。
散策をした甲斐があった。
現代の街並みに鎮座する神聖な空間が一層と神妙を醸す。毅然とした参道は蓮を迎え、魔除けの意味を持つ朱塗りの柵を見た瞬間、目の色を変える。隔絶した世界に自分はいるのだと改めて息を呑んでしまう。
風に靡く赤い幟旗。あまり存在感のない立て札。奥の方に進むと待ち構えるのはぬいぐるみサイズの白狐の像。そして清掃が行き届いた木祠。
桜田稲荷神社。
街灯が少ない場所ではあるものの、それ以外は幻想的で落ち着いた場所だ。
心が落ち着くというか。気が引き締まるというか。
ご利益がありそうな神社だった。
とはいえ、夜の神社参拝はあまりオススメしない。基本的には日が昇る時間帯が無難だろう。正確には午前中。理由は簡単。神職に迷惑を掛けないからだ。
夜間参拝ができる神社もある。例を挙げれば初詣がメジャーだろうか。
むしろ、稲荷神社自体そのものが危険だったりする。
参拝するのは別に構わない。全ては自己責任だ。優れたご利益の効果とは裏腹に信仰を疎かにすると祟られてしまうような。要は欲にまみれた者達の自戒を促す為の注意換気なのだが、蓮は決して手を合わせることはしなかった。
この神社は私祭社。
記念で建てられた神様のいない空っぽの神社なのだ。
当然、ご利益というものは存在しない。故に祟りも信じていない。
それなのに。
「よーし、見回りパトロール完了!」
声だけは聞こえた。
違和感の知らせ。神経を研ぎ澄ます未知の遭遇。
声音の到来と共に静まる幟旗。皮切りに冷たくなる空気。突如として砂利を踏む足音が聞こえた途端、背後に現れるのは微塵も気付かなかった気配。
目線だけが真横になぞる。
呼吸をするのが躊躇うほどの緊張感をもたらした声音の正体。
東虹橋市の日常を見守る者として。
悪路を切り開くのは覚悟という証明だ。咄嗟に身構えた蓮は実体のない刀を握る素振りのまま、声音の主を目の当たりにする。
やがて瞳に映す晴天の霹靂。一驚した口は塞がらない。
蓮の前に現れる者。それは、地上に降りた金髪で狐耳の少女だった───。
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