第3話
実はセオドアもまたジョアンと同じく、焦っていた。
セオドアにとってジョアンは、初恋の人でもあり、現在進行形で愛する人でもある。
セオドアとジョアンは高等部から学園に通っていた為、頻繁に顔を合わせるという事は無かった。
茶会や夜会で顔を合わせても、挨拶する程度。
本当は婚約の申し込みをしたかったのだが、モテる割には非常に奥手だったりする。
というのも、この容姿のせいで女性に囲まれる事が多く、皆あの手この手で彼を手に入れようとし、いろんな意味で暴走する女性達からの被害に逢っていたからだ。
その所為もあって色々と拗らせ気付けば女嫌いとなり、そのくせ好きな女性には安易に近づけない難儀な性格になっていた。
学園に通ってもそれは変わらず、下心満載で自分に近づいてくる女性には冷たく『氷月の貴公子』とセオドアにとっては不名誉な二つ名までつけられていた。
だが、二学年に進級しジョアンと同じクラスになれた時には内心、転げまわるくらい大喜びしていた事を知る者はいない。
そしてジョアンだけに向けられる、甘く蕩けるような眼差し。
これまでの彼を知る人達からは、幽霊にでも会ったかのような顔で二度見されてしまうほどで、これまでの態度からは想像できないものなのだ。
誰がどう見ても、セオドアはジョアンに好意を持っている。
ジョアンが、セオドアが誰にでも優しいと勘違いしているのは、ジョアンに好かれたい一心の行動から生まれたものなのだから。
同じクラスになれたのだから、これを機にジョアンと一気に仲を深めたい。彼女は非常にモテるので、早く彼女を手に入れなければ。
それなのに、意外な邪魔が入り二の足を踏む事になるとは。
それが、カレン・ルーミー子爵令嬢。
ジョアンと親しくしたいセオドアに対し、それを邪魔するかのようにカレンが割り込んできたのだ。
これまでもそんな女は数多くいた。そのたびに冷たくあしらって遠ざけていたのだが、この女はジョアンの友人・・・そう思っただけで無下にはできなかった。
全ては、ジョアンに嫌われたくなくて・・・・
後になって気づいたのだが、そもそもその考えからして間違っていたのだ。
ジョアンを通し出会った頃から、せわしなく周りをうろうろとする、気の利かない女だな・・・・とは思っていた。
そんな事もあってかセオドアは、カレンを信用してはいなかった。
初めの頃は、好きだったジョアンの友人という事で、ジョアンと少しでも一緒にいられるならと、本来は得意ではないグループで集まる事も受け入れていた。
ジョアンと言葉を交わせる事に、その愛しい存在に舞い上がりあまり深く考えていなかったが、気付けば前よりもジョアンの存在が遠くなっていることに気が付いた。
何故だ?と考えてみると、そこには常にカレンが関わっている事に気がつく。
それが最高学年になり、ジョアンとクラスが分かれカレンと同じになった事で、嫌な方へと事態が動き出した。
鬱陶しいほどに、カレンがセオドアの世話をしようとし始めたのだ。周りが勘違いしてしまうほどに。
セオドアとしてはジョアンの友人として付き合いはするが、それ以上でもそれ以下でもない彼女を持て余していた。
セオドアが思いを寄せるのはジョアンにだけ。美しい虹色のトパーズの様な瞳に見つめられるだけで、幸せで幸せで、愛しくて。
勇気をもって告白すればよかった・・・と今となってはその臆病な自分に後悔しかない。
ずっとずっと好きだった、初恋の君。
ジョアンに誤解されたくなくて、カレンに対し距離を取ろうとするのだが、彼女には何一つ伝わっていなかったのか、しつこく纏わりついてくる。
彼女はジョアンの友達ではなかったのか?
自分がジョアンを好きだという事は知っているはずなのに、彼女と話す事すらできない気味の悪い状況が続いていたある日、カレンが衝撃的な事を告げたのだ。
「ジョアンはエドワード・オーブリー様と婚約が内定したみたいですわ」
一瞬にしてセオドアの視界から色が抜け落ちた。
あまりの衝撃にただ茫然とするしかない自分に、カレンは大層耳障りの良い言葉を並べたてていたような気がするが、その声が、言葉が鬱陶しくもイラつき返事を返す事すらしなかった。
何もかもがどうでも良くて、毎日懲りずにカレンが何やら話しかけてきていたが、適当に言葉を返しやり過ごしていたある日、ジョアンから声をかけられたのだ。
短い会話だったが、言葉を交わした事で心が満たされそして、とても切なかった。
心の中ではこのままでは駄目だとわかっていたから、真実を知りけじめをつけるにはいい機会なのだとも思った。
そう、鬱陶しいカレンがいないこの日に。
そして、ジョアンからの思いがけない告白。
驚きと共に、やはりすべての元凶はカレンだったのだと納得する自分。
話をするようにと声をかけてくれたメリアには、感謝してもしきれない。
カレンの言葉がすべて嘘だったとわかったのなら、ジョアンに対してすることは一つ。
セオドアはジョアンの手を取り、片膝をついた。
「私、セオドア・アンダーソンはジョアン・オーブリー令嬢を愛しています。どうか私と結婚してください」
思ってもみなかった展開に、目を見開き固まるジョアン。
そんな彼女を愛しそうに見つめ、指先に口づけた。
「臆病で哀れな私に、あなたの愛を与えてくださいませんか?」
夢にまで見た愛しい人からの求婚。ジョアンの目からは、今度は幸せに満ちた涙が溢れる。
「・・・喜んで・・・私も、愛しています・・・」
初めて抱きしめて、初めて口づけて、このまま離れたくはなかったが、二人には早急にしなくてはいけない事があった。
二人は幸せの余韻に浸りたいのを振り切り、帰宅するために馬車へと急いだのだった。
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