第4話
体調を崩し学園を休んだ二日後。カレンが登校してきた。
弟の風邪がうつり、微熱程度だったが発熱した為、他者にうつしてはと両親から強制的に学園を休まされていたのだ。
寝込んでいた二日間、いつセオドアがお見舞いに来てくれるのかと期待していたのだが、終ぞ来てくれる事は無かった。
結構・・・いや、かなり仲良くなれていると、彼は自分に気があると思い込んでいるカレンは、落胆の色を隠せなかったが、ジョアンとの仲を引き裂いた事に気持ちに余裕が生まれていたので、あまり気にしない事にした。
そう言えば、ジョアンの婚約話でトドメを刺したんだったわ。その傷がまだ癒えてないのかしら?あれだけ慰めてあげたというのに・・・
カレンはセオドアに、ジョアンの婚約話をした時の事を思い出す。
一瞬にしてセオドアの顔から表情が抜け落ちた時は、正直まずい事をした・・・と後悔したが、すぐさま傷ついた彼を慰め取り入ることに切り替えたのだ。
だが、いくら言葉をかけてもその反応は思わしくなく、カレンもあまりの手応えのなさに多少の焦りも感じていたことは否めない。
ただ、ジョアンとの関係がこれで綺麗さっぱり切れたのだと思い込んでいたカレンは、セオドアとの関係を問いただしてくる女子達に勘違いさせるような曖昧な言葉を口にする。
そして流れ始めるセオドアとカレンの婚約話。
今ここでジョアンの顔が見れない事を残念に思うカレン。
何を言っても、張り付けたような笑みを浮かべ気高い貴族令嬢のように受け流していたジョアン。
だけれど今回の婚約の噂を聞けば、あの綺麗でお高く留まった顔が悲しみと屈辱に歪むのだろう事を想像し、自然と口元が緩むのを抑えることができなかった。
私はジョアンに勝ったのよ。セオは私のもの。誰にも渡さないわ!
心の中で一人勝利宣言をし、意気揚々と登校の準備をするのだった。
カレンが登校した日の朝、セオドアに放課後時間を空けておいてほしいと言われ、とうとう告白してくれるのかと一人舞い上がった。
体調を気遣う言葉もない事に、気づきもしないで。
そして放課後。
カレン・ルーミーは目に前にいる二人を呆然としたように見つめた。
「カレン嬢、俺達、婚約したんだ」
と、セオドア・アンダーソンが言った。
「今まで協力してくれて、ありがとう」
と、ジョアン・スペンサーが言った。
「・・・・よかったわね」
引き攣る様に口の端を上げ、それだけを言う事がやっとだった。
そんなカレンに二人は笑みを深くし、
「結婚式には是非とも参加してほしいな」
「私達を結び付けてくれたんですもの。招待状を送るわね」
そう言うと、まるで見せつけるかのようにセオドアがジョアンのこめかみにキスをした。
「テディ、恥ずかしいわ・・・」
「愛してるよ、アン」
一体、自分は何を見せつけられているのか・・・
全て上手く事が進んでいたのではなかったのか。
仲睦まじく身体を寄せ合う後姿を見ながら、ガシガシと爪を噛む。
なんで?どうして?私達、うまくいっていたはずよね?どうしてこうなるの!?
悲しみ妬み怒り・・・いろいろな感情が渦巻き、思わず「ぐぅぅ」と食いしばった歯の隙間から声が漏れた。
セオは私を好きなのではなかったの?
テディってなによ!
全ては私の勘違いだとでも言うの?嘘よ・・・・
頭の中ではこの事実を拒絶するのだが、もうすべてが終わってしまったという脱力感に、その場にしゃがみ込んでしまった。
そしてカレンは、肩を寄せ合い遠のいていく二人を、ただただ見つめる事しかできなかったのだった。
二人が馬車に乗り込むと、緊張の糸が切れよろめくように座席に座るジョアンをセオドアが優しく抱きしめた。
「大丈夫?」
「えぇ・・・申し訳ありません。正面切って対峙したのが初めてだったので・・・緊張しました・・・」
「確かに。アンの身体から震えが伝わってきたよ。・・・・・よく頑張ったね」
そう言うと、労わる様に額に口づけた。
「セ・・・セオドア様・・・」
「さっきは愛称で呼んでくれたのに、もうもとに戻ってしまうの?」
「え?その・・・慣れなくて・・・」
頬を染めながら恥じらうジョアンに、セオドアは幸せを噛みしめる様に抱きしめ彼女のぬくもりを堪能する。
「あぁ・・・こうして愛する人を抱きしめる事ができるなんて、俺はなんて幸せ者なんだ」
そう言いながらジョアンの顔中にキスの雨を降らせた。
対してジョアンはというと、口から心臓が出そうなほどバクバクする胸を押さえながら顔を真っ赤にし、されるがままになっていた。
昨日、互いの思いを確認しあってからというもの、セオドアのジョアンに対しての愛情表現がまるで天を衝くほどの勢いで、彼女の心臓がついていけない状態なのだ。
『まさに、箍が外れるとはこういう事なのか・・・』と、実兄でもあるエドワードが感心するくらいなのだから。
昨日、セオドアからの求婚を承諾した後、二人は急いで帰宅。
セオドアはジョアンに求婚し承諾をもらった事を、ジョアンはセオドアから求婚され承諾した事を伝えた。
そして、早急にアンダーソン家からスペンサー家へと正式に結婚の申し込みをしてもらったのだ。
本来であれば侯爵令嬢でもあるジョアンは、現侯爵からの承諾を貰わないといけないのだが、すでにエドワードが当主権限を持っているので何の問題もなく、すぐに承諾された。
―――全ての権限をエドワードに持っていかれた現当主は、追い出される日をただ待っているだけの状態なのだ。
異例の速さで翌日には婚約が決まり、学園卒業後に結婚することも決まった。
―――・・・そしてカレンとの決別も・・・
望んだ事とはいえ、あまりの急展開に冷静になるにつれ、不安にもなってくる。
そんなジョアンの気持ちなどお見通しとばかりに、セオドアが甘やかしてくるのだ。
「婚約したことだし、お互い愛称で呼ばないか?」
セオドアの提案に頷くも、カレンが彼を『セオ』と呼んでいたことを思い出し、眉間にしわが寄る。
「どうしたの?俺に愛称で呼ばれるのがそんなに嫌?」
「いえ、そうじゃなくて・・・カレンが、セオドア様の事を『セオ』と呼んでいたのを思い出して・・・」
「・・・あの女、好き勝手言いやがって・・・・俺の事はテッドかテディと呼んで欲しい」
「では・・・テディと・・・私の事はジョーかアンのどちらでも」
「アン・・・アンと呼ばせてもらうよ」
それからのセオドアは、人が変わったようにジョアンを構い倒し、愛を囁く。
カレンと対峙した日には、震えるジョアンを力強く支えてくれて、さらに惚れ直してしまったくらいだ。
両家の親は呆れながらも仲睦まじいことに安堵し、兄であるエドワードは自分より早く結婚してしまう妹を、どこかうらやましそうに見てくるのだった。
ちなみにエドワードとリリアンナ王女殿下との婚約発表は年内に、結婚式は再来年に挙げる予定だ。
というのも、エドワードが結婚と同時に侯爵家を継ぐことになる為、その準備に一年かかってしまうのだという。
今現在も、家令と共に執務をしているのですぐに結婚しても問題ないのだが、クズ親を僻地に送る準備と、何よりも溺愛している王女殿下がまだ成人を迎えていないのだ。
因みに、王女殿下は十五才。エドワードは二十才。十七才で成人とみなされるので、どのみち二年は待たなくてはならない。
だが二人はとても仲睦まじく、ジョアンはいつも羨ましく見ていた。まだ結婚はしていなくても、まさにおしどり夫婦。
愛する人と結婚できる兄達が、とても羨ましかった。
私も結婚するなら、心から愛する人とできたらいいわ・・・
そう思いながら、妄想の中ではいつもセオドアが隣にいた。
それが今現実となり、想いを通わせてまだ二日三日しか経っていないのにとても濃い日々で、感覚的には一週間も一か月も経ったのではないかと錯覚してしまい、何度も不安に陥る。
これは夢だったのではないのか・・・と。
その度にセオドアはジョアンの手を握り夢ではないのだと、自分自身にも言い聞かせるように囁き抱きしめてくれるのだ。
そして、互いに幸せを実感しじわじわと現実を心に刻み込む。
「テディ、私は本当に幸せです。ずっとこうして居たいです」
抱きしめるセオドアの背に手をまわし、すがる様に力を籠めた。
その可愛らしい仕草にセオドアは『ぐっ・・』と呻くと、ぎゅうぎゅうとジョアンを抱きしめた。
「可愛い、俺のアン。あまり俺の理性を試すような事は言わないでおくれ。結婚式まで耐えられなくなってしまうから」
そう言いながら、ほとんど理性など無いのではという口づけをするセオドアだった。
卒業後すぐに結婚をした、ジョアンとセオドア。
屋敷内で使用人達は、結婚したその日から一週間、セオドア以外はジョアンの顔を見る事は無かったという。
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