第6話 再びデート

 帰宅してからデートプランを練った。結構いい感じだと思う。

 翌日屋上でデートの行き先を教えず日時だけを告げた。日にちは夏休み一週目の平日で、集合場所は駅にした。夜崎さんは「分かった」とだけ言って、それ以降は今まで通りに過ごした。

 私はそれから一週間緊張でほとんど何をして過ごしていたのか覚えていない。まあ、普段と代わり映えしない日々だろう。ただ、お祖母ちゃんには「何だか楽しそうだねえ」と言われた。

 夏休みに入り、デート当日、約束の時間である十二時丁度に駅の改札に到着した。財布や着替えが入った肩掛けの小さな鞄と背中が密着し蒸れる。

 夜崎さんは先についていて、ぼうっと発着の電光掲示板を見ていた。

「夜崎さん、待った?」

「ああ、結構」

 こういうときは「今来たとこだよ」とか言うものじゃないのか。聞くと、集合時間に間に合わせるには三十分前に駅に着く電車しかなかったとのこと。

「そこまで、気が回らなかった、ごめん」

「ん、大丈夫。春子が今日楽しませてくれれば」

 夜崎さんはジーパンにTシャツとラフな格好をしている。私と同じような格好で安心した。私は世間で言うおしゃれとは無縁だから。

「で、どこ行くんだ。あたしは全然デートの内容を知らないぞ」

「これから海に行きます」

 夜崎さんが驚き、目を見開いた。

「それは先に言ってくれよ。水着とか持ってないぞ」

「大丈夫、海には入らないから。波打ち際で遊んでるだけでも楽しいよ」

 そうかあ、と訝る夜崎さんをむりやり目的地へ向かう電車へ乗せた。田舎だから一本逃すと次が一時間後とかになって面倒だ。

「あたしはてっきりゲーセンとかボーリングとかその辺かと思ってた」

 勿論そういうのも考えた。ただそうすると何かとお金がかかってしまう。海まで行く電車賃も私からしたら安いとは言えないけど、それでもゲーセンとか行くより安上がりだ。

「何で海なんだ」

「一回行ってみたかったんだよ。なんかこう、青春ぽくない?」

 夜崎さんは首を傾げ、何言ってるんだとでも言いたげな目で見てきた。

 私は、女子高生、暑い夏、青い海、青春ぽいイメージでしょ、と熱弁したが振るわず、終始夜崎さんは不思議そうな顔をしていた。私自身どうしてそういうイメージなのか、どこから来ているのか上手く説明できなかったのも説得力に欠けている。

 行きの電車の中ではこんな感じで結構話が弾んだ。

 電車が目的の駅に到着した。ここは夏のシーズン中期間限定で止まる駅で、駅の目の前が砂浜になっていてアクセスが抜群だ。土日になると人がごった返すからデートは平日を選んだ。それでも夏休みの学生が何組か降りていく。

 靴に砂が入らないように慎重に歩く。夜崎さんはそんなこと気にならないのか砂浜をずかずか歩いて行く。日差しは眩しく暑いが、夜崎さんといると思うとそんなことも気にならない。

 夜崎さんは波打ち際まで行き、ズボンの裾をまくり、裸足になって足首がつかるところまで海に入った。

「春子も入れよ」

 夜崎さんが手を差し伸べてくる。私も急いで裸足になり、鞄を置き、夜崎さんの手をつかんで海に入っていく。

「おりゃ!」

 夜崎さんが掛け声とともに私を思いっきり引っ張った。私は為す術もなく、前のめりで海に突っ込んだ。辛うじて手はついたが、タイミング良く波が押し寄せ全身ずぶ濡れになり、しょっぱい水が口の中に流れ込んでくる。全身が濡れ、どうでも良くなり、その場に座り込み、夜崎さんを睨んだ。パンツまで濡れてしまい最高に気持ち悪い。

「悪い悪い。こんなに悲惨なことになるなんて」

 夜崎さんが私に手を差し出した。なんだか私の反応の鈍さが悪いみたいな物言いにかちんと来て、差し出された手をつかみ、こちら側に引っ張った。

「うええ」

 夜崎さんが悲鳴を上げながら、私と同じように全身で海にダイブした。海水を飲んでしまったのか、しきりに唾を吐き出す。

「やってくれるじゃねえか」

「夜崎さんが先でしょ」

 そう言うとどちらからともなく笑いだした。夜崎さんがこんなに笑っているのは初めて見るかもしれない。

「春子、透けてるぞ。可愛いの付けてるじゃん」

 夜崎さんが私の胸を指さした。見ると白が基調のTシャツに下着が透けて見えてしまっている。私は慌てて隠すが、夜崎さんがさらに面白がる。

「見られるくらいで恥ずかしがるなよ」

 好きな人に見られるのが恥ずかしいだけで、普通だったら何とも思わない。反論しようとしたところで夜崎さんの下着も透けているのに気がついた。見てはいけない気がして目を逸らすが夜崎さんが許さない。

「見たいんだろ、ほら」

 夜崎さんがにじり寄り、私の顔に胸を近づけ、両手で顔を挟み込んで無理に正面を向かせる。いやがおうでも夜崎さんの黒い下着が目に入ってしまう。

「あたしは春子に見て欲しいなあ」

 夜崎さんが耳元に顔を顔寄せた。

「それに今日こそはするんだから、少しずつ慣れた方がいいだろ」

 暑さと夜崎さんの言葉で頭がぼうっとする。浮かれてて忘れてたけど、デートして、夜崎さんと……。

 訳が分からなくなる前に、私は片手で海水をすくい、夜崎さんの顔にかけた。夜崎さんが小さく悲鳴を上げ、負けじと水をかけてくる。私も抗戦し、しばらく水かが続いた。


 日陰に移動し、服を乾かす。服を脱ぐわけにはいかないから自然乾燥だ。

「思ったより楽しいな」

「でしょ。全身濡れるつもりはなかったけど」

 ポケットの携帯電話だけが心配だったけど問題なく使え、安心した。

 横の夜崎さんを見ると穏やかな表情で海を眺めている。日焼けの所為か、顔が少し赤くなっている。

「日焼け止め用意しておけばよかったね。ごめん」

「どうせ濡れて落ちるだろ。ちょっとヒリヒリするけどすぐ治る」

 私たちは無言で海を眺めた。時間は午後三時。暑さのピークは過ぎる時間なのだがまだまだ暑い。服が早く乾くのはありがたい。

 時折手の甲と手の甲が触れ合い、それだけで心臓が高鳴る。

 手、握ってもいいかな……。いや、もっと凄いことをするのだし、慣らしが必要かも。色々言い訳を考えながら、夜崎さんの右手の指を包むように軽く握った。

 夜崎さんは優しく微笑み、指と指を絡ませるように握り返してきた。

「来年も一緒に海に来ようね。今度は水着とか一式揃えて」

 私も手に力を込め、握り返した。私としては思いを込めた一言のつもりだった。

 夜崎さんは私をちょっと見てから少しだけ寂しそうな表情を浮かべた気がした。

「来年か……」

 夜崎さんはそれだけ言うとまた黙り込んでしまった。来年も一緒に遊ぶような関係が続くかは分からない、夜崎さんなりの答えなのだろうか。それは寂しい。

「そろそろ行こうか」

 次に口を開いたときには、日が傾き始めていた。服も完全に乾き、電車に乗っても問題ないだろう。

「……あたしの家か?」

「後一ヶ所だけ行きたいとこがあるから……その後ね」

 どうしてすぐそういうことを言ってしまうのか。恥ずかしさで夜崎さんの顔を直視できない。

 私たちは手を繋いだまま駅に向かった。

「夜崎さんの家でいいの?」

「何が?」

「だから、その、する場所」

「するって何を?」

 夜崎さんがいつもの意地の悪そうな顔で私の顔を覗き込んできた。

「えっと、その……」

「セックスのことか?」

 夜崎さんがわざとらしく「セックス」のとこだけ大声で叫んだ。私は慌てて辺りを見回したがこちらの会話を気にかけている人はいないようだった。

「そんなに慌ててどうした」

「夜崎さんが変なこと言うからでしょ」

 私は非難するように夜崎さんを睨んだ。

「変? どの辺が?」

「だから、その……」

 夜崎さんはどうしても言わせたいみたいだ。なんなんだ、これは。これも一種のプレイなのか。このまま夜崎さんを楽しませるのは腹立たしい。

「セックスなんて堂々と言うのは、ちょっとどうなのかなって」

「あたしだってちゃんとそういうのを考慮してるさ。春子の反応が初々しくて好きなんだよ」

 私の反応を楽しんでいることは分かっていた。だからもうこれからは物怖じせず「セックス」だの「エッチ」だの言おう。猥談にも怯まない。

 駅で五分程待ち、電車に乗り込んだ。ボックス席に手を繋いだまま並んで座る。そのまま一時間電車に揺られ、県内で一番大きい駅、すなわち私たちの通う高校の最寄り駅で降りた。日は沈み、暗くなっている。いい感じの時間配分だ、我ながら完璧。

「なあ、学校に行こうなんて言わないよな」

 そうか、その手もあるのか。休み中に学校の屋上に忍び込む、二人しか知らない普段とは違う様子というのも青春ぽい。次のデートで取り入れてみよう。経済的だし。

「今日は違うよ」

「今日は、ね」

 私は夜崎さんの手を引いて先に歩き出した。

「おい、行き先くらい教えろよ」

 夜崎さんが抗議の声を上げるが、私は

「いいとこ」

とだけ返してた。夜崎さんの不満げな様が伝わってくるが無視する。

 十五分程歩いて目的地に到着した。

「今日のデートの最後は、ロープウェイで山頂まで行って夜景を眺めます」

 私の素晴らしいプランを披露するも、夜崎さんからは

「そういえば来たことなかったなあ」

と張り合いのない返事しか返ってこない。

 全国的に有名なお祭りの記念館が併設されているが脇目も振らずチケット売り場に向かう。

「うぐ……」

 私は料金表を見て思わず変な声を上げてしまった。往復で千円……。すでに電車賃でそれくらい使っているから金銭的に結構厳しい。デートプランを立てるときにちゃんと調べなかった過去の自分が憎たらしい。

「大人二枚」

 夜崎さんがさらりとチケットを買い、一枚を渡してきた。

「あ、お金……」

「いいよ、私が払う」

「そういうわけには……」

「今日は楽しかったから、そのお礼」

 夜崎さんがふいに優しい表情を浮かべたかと思ったらすぐに口角を上げた。

「それに、体の分もあるしな」

 すぐそういうことを言うんだから! それに……。

「だったらなおさらお金払うよ。夜崎さんはどう思っているか知らないけど、私は夜崎さんと対等にいたいの。体がどうとか言うなら、私はお金をちゃんと払う」

 私の真剣な声のトーンに驚いたのか、夜崎さんは笑うのをやめた。

「……悪かった、ほんの冗談だ。でも、今日楽しかったのは本当なんだ。感謝してるから、ここは出させて欲しい」

 夜崎さんが真剣な顔で訴えるので私は渋々出しかけていた財布をしまった。

 ロープウェイの発車時刻に間に合うように乗り場に移動する。

 平日のこの時間にロープウェイに乗る人は珍しいのか、私と夜崎さんしかいない。私はもう一度指と指を絡めるように手を繋ぎ、ロープウェイに乗り込んだ。

 ロープウェイが山頂目指し高度を上げていく。普段私たちのいる街が小さくなっていき、街の光だけが暗闇なのか私たちに届く。この県の特産やここから見える景色について解説するアナウンスが流れているが、私の耳にはほとんど入ってこない。

 ロープウェイが五分ほどで山頂の駅に着き、私は夜崎さんの手を引いて展望台まで登った。風が吹いていて、昼間の暑さが嘘のように、少し肌寒い。

「結構綺麗なんだな」

 夜崎さんが夜景を眺めながら呟いた。来たことなかったから不安だったけど、選んで良かった。

「夜景を見るなんてベタだったかな」

「そうかもしれないけど、あたしのために色々考えてくれたんだろ。嬉しいよ、ありがとう」

 そう言ってくれるだけでほっとする、例えお世辞だとしても。海に行きたい、夜景を見たいと私が中身も考えずに立てた計画だったけど、報われた気がする。

 私は夜崎さんにくっつくように身を寄せた。夜崎さんは私をちらりと見て柔らかな表情を見せた。わずかに見える夜崎さんの顔が綺麗だ。

 いい雰囲気じゃないだろうか。無言の時間が心地よく愛おしい。

「春子、今日は楽しかったよ」

 気がついたら夜崎さんに抱きしめられていた。何が起こったのか分からず、私は固まってしまう。

「私も……」

 言いかけたところで、夜崎さんが唇で私の唇を塞いだ。

 今、キスしてる……なんてぼやっとしていたら夜崎さんが唇を離した。

「柔らかいな」

「……もう一回」

 こんな不意打ち狡い。私にも心の準備とか色々あるのに。

 夜崎さんが今度はゆっくりと顔を近づけてくる。私は少し踵を浮かせ、目を閉じた。何も見えない暗闇の中、唇に柔らかい感触だけが伝わってくる。

 ほんの数秒で唇が離れ、私は胸の内が熱くなり、、夜崎さんに抱きついた。

「夜崎さん、好きだよ」

 夜崎さんは短くああ、とだけ言う。それが少しだけ不満に感じる。

「夜崎さんは好き? 私のこと」

 夜崎さんはそれに答えず再びキスをしてきた。抗議の声を上げようと唇を離し口を開いた瞬間、夜崎さんが素早くキスをし、生温かいものが差し込まれた。何かが私の口の中で暴れ、頭が痺れてくる。突然のことに焦り、夜崎さんを引き離そうとするが、夜崎さんが私の後頭部を押さえ、逃げ場がなくなる。

 私は諦め、夜崎さんを受け入れる。気持ちよさに力が抜けていく。

 どれくらいキスをしていたのか分からないが、ようやく夜崎さんが唇を離した。何か言いたかったが、息が切れ言葉にならない。何より、夜崎さんが有無を言わせない表情をしている。

 私たちは無言でロープウェイに乗り、山を下りた。その間、私は夜崎さんの腕に抱きついていた。今までの人生でこれほどの暖かい気持ちになったことはなかった。

 そのまま学校最寄りの駅に向かい、電車に乗り込んだ。私は学校まで徒歩圏内に住んでいるからこの時間に電車に乗ることに不思議な感覚を覚える。

 私たちの間にもう言葉はいらない。

 私はもう覚悟はできている。


 二駅だけ乗り、降りた駅から十分程で夜崎さんの家に着いた。小さな木造アパート一階だ。

 夜崎さんが扉をそっと開き、中をゆっくりと覗き込んだ。中は真っ暗で電気がついていない。何してるの、と声をかけようとしたところで、

「入って」

と言われ、私は夜崎さんの後に続いて家に入った。

「お邪魔します」

 暗くて何も見えなかったが、夜崎さんが玄関の明かりをつけ、家の様子が目に飛び込んできた。

 三和土に靴はなく綺麗なのだが、廊下には放置されたゴミ袋がいくつか転がっている。それだけでなくお酒の空瓶が何本も転がっている。中身が残っているのに放置されている瓶もある。

 夜崎さんが飲んでいるわけじゃないよね……?

「ちょっと汚いけど、上がって」

 廊下に面して左に扉が一つ、右に二つあり、右の玄関側の部屋に通された。

「夜崎さんの部屋?」

「そう」

 廊下と違ってゴミやお酒の空き瓶はなく、小綺麗だ。ベッドと夜崎さんが普段使っている鞄と教科書類しかない。

「今日は夜崎さんしかいないの?」

 夜崎さんの両親がいるなら、それは少し気まずくないだろうか。傍から見れば遊びに来た同級生なのだが。

「みたいだな」

「帰ってこないの?」

 最中に夜崎さんの両親が帰ってきて遭遇するのだけは避けたい。

「……さあ」

 さあ、って。もう少し夜崎さんのことを聞こうとしたところで、夜崎さんにキスをされた。さらに服の上から左胸を優しく触られる。

「シャワー浴びたい」

 いったん心を落ち着かせたかったが、夜崎さんはそれを許さない。私は夜崎さんにベッドに押し倒された。

「どうせまた浴びるんだから、二度手間だろ」

 夜崎さんが貪るようにキスをする。私は諦めそれに応えるように夜崎さんの唇をついばむ。

 その日私は何度も抱かれ、愛され、そして何度も達した。

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