第5話 初デート

 恋人はちょっと。振られたってこと? 私とは付き合いたくないってこと? でも、セフレならいいって……。

 セフレ……セフレって、あれか、体だけの関係ってやつ? 私の頭の中でセフレの文字が渦巻く。

「……私とは付き合わない?」

「ああ。それは駄目」

「どうして」

「どうしても」

 はっきりとした理由があれば私もすっぱり諦めることができる。多分。でも、そんな曖昧な理由は到底受け入れられない。

「でも、セフレならいいんだ」

「セフレの意味知ってるのか」

 私は夜崎さんを睨みつけた。

「茶化さないで。私のこと何だと思ってるの」

 夜崎さんがゆっくり両手をつかんでいた肩から手を離した。。

「……そうだな、悪かった。今のは忘れてくれ。それと、もう合わせる顔がないから屋上にも来ない」

 夜崎さんが勝手に屋上から出ていこうとする。私も急いで立ち上がり、手首をつかんで引き留めた。

「……駄目なんて言ってない」

 恥ずかしさで夜崎さんの顔を直視できない。はっきりと振られ、拒絶された。それでも私は引き留めてしまった。心の中は怒りに支配されているはずなのに、どうしても夜崎さんを諦められない。傍から見たら、いや、自分でも変だと思う。

「……セフレの意味分かってるのか」

 小さく頷く。

「……もし、あたしとちゃんと付き合えるようになると思ってるなら、そんな甘い考え捨てた方がいい」

 私の考えていることはバッサリ切られた。それくらいで諦めるつもりはない。セフレからでもちゃんと恋人になれるはず。夜崎さんが何で恋人じゃなくてセフレならいいと言うのか、分からない。はっきりとした理由があるかも分からない。それでもいつか、夜崎さんが私を好きになってくれればそれでいい。

「いいよ。私のこと、好きだって言わせてあげる」

「本当にあたしのこと分かってる? そんな都合良くいかないよ」

 夜崎さんが試すような視線を向けてくる。私はそれを黙って真正面から受け止めた。


 どれくらい無言で睨み合っていただろうか。私たち二人しか世界にいないんじゃないかと思えるくらい静かだ。

 おもむろに夜崎さんが唇を私の唇に近づけてきた。反応が一瞬遅れたが、間一髪右手を挟み、ファーストキスが奪われるのを防いだ。

「いきなり、何すんの!」

 夜崎さんが抗議の声を上げているが、口を塞がれている所為で何を言っているのか聞き取れない。掌に感じる夜崎さんの唇が柔らかく心地いい。

「キスだろ、それくらい分かるだろ」

 夜崎さんが呆れたように私を見る。

「それくらい分かるよ! 何でいきなりキスしようとするの」

「セフレだろ。それくらいするだろ。それにもっと凄いことするんだぞ」

「だからっていきなりキスしないでしょ。……もしかして、セ……その、しようとしたの?」

 私は信じられない思いで夜崎さんをまじまじと見つめた。夜崎さんは平然と

「そうだよ」

なんて答える。

 私は脱力し、その場に座り込んだ。

「セフレだからって、場所も時間もわきまえず、しないでしょ!」

「そりゃ、そうだな」

 夜崎さんが楽しそうに笑った。

「じゃあ、今日学校終わったらあたしの家でしよう」

 何がじゃあ、なのか分からないが、そんな軽いノリで言わないで欲しい。でも、このままだと流されて夜崎さんの家で……。考えろ、考えろ。

「……デート! デートしよう」

「は?」

 夜崎さんが理解できないとでも言いたげな顔で私を見下ろす。何とか、それらしい言い分を……。

「いきなりするのも、趣がないでしょ。まずは、雰囲気が大事だと思う! そのためのデート」

 夜崎さんが明らかに面倒くさそうな表情をする。

「セフレにそんなのいらないだろ」

「いるよ! ただすればいいってもんじゃないと思う。こう……お互いがお互いを想い合ってこそというか……」

 自分でも何を言っているのか分からず、しどろもどろになってしまう。

 夜崎さんは相変わらず面倒くさそうな表情を浮かべているが、やがて諦めたのか、苦笑いをした。

「まあ、よく分からんけど、するよ、デート」

 やった! 私のしつこさの勝ちだ。

 夜崎さんが、ただし、と言ってにんまりと笑う。

「デートしたら、あたしの家に来るんだぞ」


 放課後まではそわそわしながら過ごした。夜崎さんとのデートにこぎ着けた。変な条件がついているけど。

 そもそもデートとは、どこへ行って何をすればいいんだ。全国的に見れば田舎だが県内で考えると、私たちがいる高校は一番大きな駅まで徒歩十分と、最も栄えている場所にある。きっとデートをするなら駅の周りになるのだろうか。

 全然分からない。友達とも遊びに行ったことのない私にはレベルが高すぎる。駅ビルでウィンドウショッピングなんて無難だろうか。あまりお金を使いたくないし。

 私が悶々としているうちに、あっという間に放課後となってしまった。

「さて、デートとやらに行きますか」

 さっきまで寝ていた夜崎さんが起き、私を試すように見てきた。

「どこに行くんだ」

「えっと、駅ビルでウィンドウショッピングとかどうでしょうか」

 夜崎さんは

「まあ普通だな」

と呟いて立ち上がり、さっさと屋上から出ていこうとする。

「デートなんだからもうちょっと気使ってよ」

 私は慌てて追いかけた。

 学校から駅まで黙々と歩いた。何か話さないと、という緊張と日差しで体温がどんどん上がっていくのを感じる。

 そういえば、学校の外で夜崎さんと一緒に行動するのは初めてだ。新鮮に感じる。夜崎さんは家で何をしているのだろう。一人のときとか何を考えているのだろう。前に聞いたような気がするけど、まともに返ってこなかった。

 そんなことを考えているうちに、結局無言で駅に着いてしまった。

「あたしは見たいものとか特にないけど、春子はあるのか」

 白状すると、特にない。なるべくお金を使わないように心がけてきた所為か、物欲が薄い。ここに来ればそれなりにデートっぽくなるかと目論んでいたが、やはり甘かった。夜崎さんも私と同じで物欲とかあまりなさそうだし、そもそも物事への興味も薄いのだろう。

「まあ、とりあえず見て回るか」

 私の困惑が顔に出ていたのか、夜崎さんが気を遣うように言い、一人で歩き出してしまった。私は早足で夜崎さんの隣に並んだ。

「ごめんね、夜崎さん。無計画で」

「まあ、そんな気はしてたし、大丈夫」

 その後も私たちは無言で駅の中を歩き続けた。どの店に寄ることもなく、休憩がてら、ファストフードのお店に入ることにした。私は一番安い飲み物だけを注文し、夜崎さんは飲み物とポテトを頼んだ。

 空いているテーブル席に向かい合って座る。

「ごめん、夜崎さん。全然楽しくなかったでしょ」

 私は申し訳なくなって俯き、自然と謝ってしまった。

「いや、新鮮で案外楽しかったよ」

 その言葉に思わず顔を上げた。そこには自然な笑顔を浮かべている夜崎さんがいた。

「本当に?」

「ああ。……まあ、あたしにとってお楽しみはこれからだしな」

「うげ」

 夜崎さんとのデートに浮かれ、失敗し、完全に忘れていた。夜崎さんとデートをして、その後……。

 急に緊張してきた。本当に、するの……?

 夜崎さんが春子も食べろよ、とポテトが入った紙袋をこちらに向けてきた。ありがとう、と言って一本だけ食べた。緊張で訳が分からなくなり飲み物の味も、ポテトの塩気も分からない。

「緊張してんの?」

 夜崎さんが茶化すようにからかってきた。

「……うん」

 今の私に虚勢を張る元気はなく、素直に認めた。

 夜崎さんはしばらく私の顔を見てから、

「今日はしなくていいや」

と言いポテトを頬張った。

「……いいの? その、私とするためにしたくないデートまでしたのに」

「いいよ。そんなにガチガチの相手とやっても楽しくないだろうし」

 助かった。夜崎さんとしたくないわけではないが、今日いきなり、というのは違う。でも、このまま引き下がるのは癪だ。

「来週またデートしよ。それまでに色々考えるから。そしたら……」

 私が言い淀んだところで、夜崎さんが

「するか」

と軽く後を継いだ。

 夜崎さんのあまりの軽さに呆れながら、私は小さく頷いた。

「でも、来週はもう夏休みじゃないか」

 夜崎さんの言葉にはっとした。学校は今週までで、来週から夏休みだから、一日デートをすることを考えて計画を立てないといけない。いや、さすがに一日は無理か……?

「春子、聞いてる?」

 私は我に返り、夜崎さんを見つめた。もう来週のデートのことで頭がいっぱいだ。

「ごめん、聞いてなかった」

「あたし、携帯持ってないから連絡できないだろ。もしデートするなら学校で会える内に日時を決めてくれ」

「分かった」

 夜崎さんは本当に携帯電話を持っていないのだろうか。一緒に遊ぼうという仲になっても、実は持ってました、とはならないのだから、やはり持っていないのか。

 まあ、それはそれとして、次のデートもできそうだし、今度こそ準備して、それで……。

 そこまで考えて、私は恥ずかしさで頭を抱えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る