第4話 告白

 時間はあっという間に過ぎていく。私と夜崎さんの間に特に進展はないまま、梅雨の時期に入ってしまった。雨が続くと屋上でサボれない。私は大人しく授業を受けるようになっていた。それでもサボりたいときはある。そんなときは選択肢として平凡な保健室に行かざるを得ない。

 嬉しいことに必ず夜崎さんがいる。聞くと毎日保健室にいるらしい。

 私の妄想の夜崎さんは「春子がいないとつまらん」と言ってくれるが、現実の夜崎さんは私がいないことで特につまらんとも寂しいとも言わない。

 保健室に行くと、保健の先生は不在でベッドが全て埋まってた。四つある内のどこかに夜崎さんがいるはずだが、ベッドとベッドを仕切るカーテンを開けて確認するのは気が引ける。見知らぬ不良に絡まれても面倒だ。

 ふと視線を落とすと、見慣れた上履きが目に入った。多分夜崎さんのだ。二ヶ月以上夜崎さんだけでなく持ち物とかもチェックしてたし、間違いない。

 私はそっとカーテンの隙間から中を覗き込むと、夜崎さんが寝ていた。

「お邪魔します」

 私は音を立てないようにするりと中に入り、ベッドの縁に腰を下ろした。

 夜崎さんは穏やかに寝ている。今なら顔に触れても、キスをしてもバレないんじゃないか、そんな邪な考えが浮かんでくる。一度意識すると視線が夜崎さんの唇に吸い寄せられてしまう。私は夜崎さんの胸といい唇といい、本当に興味津々なのだ、と苦笑いしてしまう。

「寝込みでも襲いに来たのか」

 突然夜崎さんに声をかけられ、はじかれるように立ち上がった。

「起きてたの」

「春子がカーテンの中に入って来たときからな」

 最初からじゃん。よかった、キスとかしなくて。

「で、襲いってこないの」

「そんなことしないよ!」

 思わず大きな声が出てしまった。夜崎さんが楽しそうに自分の唇に人差し指を当て静かにと身振りで示す。夜崎さんに注意される日が来るなんて。

「で、本当は何しに来たの」

「サボり以外にないでしょ」

「でも、わざわざあたしのいるベッドに来る?」

「どこも空いてないんだもん」

 私が拗ねた表情をすると、夜崎さんは楽しそうに自分にかかっているシーツを持ち上げた。

「じゃあ、一緒に寝る?」

 返答につまり、喉の奥で変な音を出してしまう。なんだか凄くいけないことをしている気がする。夜崎さんと同じベッドに……この誘惑には抗えない。でも、誰かに見つかったとき死ぬほど恥ずかしい思いをする。いや、見つかるはずがない、大丈夫だ。わざわざ閉まっているカーテンを覗く人など自分くらいのはずだ。

 私は小さく頷き、ベッドに滑り込んだ。ベッドが小さく、必然的に夜崎さんと密着する。肩と肩が触れ、時折手が触れ合う。首筋にかかる息がくすぐったい。

「本当に入って来るとは思わなかった」

「夜崎さんが誘ったんじゃん!」

 またも大声を出してしまった私を咎めるように、夜崎さんが人差し指を私の唇に当てた。

「静かに」

 夜崎さんに弄ばれている。一矢報いるには今私の唇に押し当てられている夜崎さんの指を舐めるしかない。勿論、そんな勇気は持ち合わせていない。

 そういえば、他のベッドは全部埋まってるということは、少なくとも他に三人はこの保健室にいることになる。つまり、私と夜崎さんのやりとりは全部筒抜けで、たった今一緒に寝ているのはバレている……。気がついた瞬間、顔から火が出そうになった。変な噂が流れないといいけど……。

「春子は面白いなあ」

 夜崎さんは特に気にする様子もなく笑っている。

 夜崎さんの笑顔を一目見て、まあいいか、と色々許せてしまう。夜崎さんには嫌われていないようだし、なんならこの学校内でなら一番好かれている自信がある。

 それでもどこか一線引かれているのは悲しい。そろそろもう一歩踏み込んでもいいかもしれない。

 七月初めに梅雨が明け、すぐにうだるような暑さがやって来た。私と夜崎さんは相変わらず屋上でサボっている。テストも無事乗り越え安心してサボれる。夜崎さんが無事に乗り越えたかは知らないが、どうせ卒業はできるのだろうしそれほど興味はない。

 そんなことよりもうすぐ夏休みだ。今年は夜崎さんと過ごす楽しい夏休みにしたい。そのためにも距離を縮める。できることなら告白をしたい。

 私の決心など興味ないであろう夜崎さんは横で暑い暑いと文句ばかり言っている。

「春子、この暑さどうにかならないか」

「私にそんな力はないよ。……制服脱いだら」

「そうするか」

 夜崎さんがおもむろに制服のワイシャツのボタンに手をかけ始めた。

 私は慌てて夜崎さんの両手をつかみ必死に止めた。私の手首の付近に夜崎さんの胸がある。本人に分かるか分からないかくらいの力加減で押してみる。

「本当に脱ぐな」

「あ? 春子が脱げって言ったんだろ」

 そんないやらしい言い方じゃなかったはずだ。冗談が通じないのか。いや、冗談が通じないのは私の方だろうか。

「それに春子、見たいんだろ、あたしの体」

 見たい、と出かかったがすんでのところで押し殺した。順序というのがある。

「あたしの胸や足、よく見てるよな。気づいていないとでも思った?」

 何もかもバレてる。確かに夜崎さんのことはよく見ている。そのときたまたま胸や足というより太ももが目に入るだけだ。断じて意図的ではない、ということにしておこう。

 私が反論しないのをいいことに、夜崎さんは意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「いつまでつかんでんだよ」

 私ははじかれたように手を離し、わけの分からない悲鳴を上げながら立ち上がった。

 矢崎さんが春子は愉快だなあ、と呟き目を閉じてしまった。

 そろそろ一矢報いようか。弄ばれてばかりじゃ益々夜崎さんにからかわれるだけだ。この流れならいけるはず!

「……夜崎さん、私のこと好きだよね」

「は?」

 これには夜崎さんが驚いたのか、目を見開き私を見た。よしよし、功を奏したかもしれない。私は夜崎さんの隣に座り、顔を覗き込む。

「私のこと、好きでしょ」

 夜崎さんが口を開こうとしたところをさらにたたみかける。一気に攻めてやる。

「暑い暑い言いながら、私と屋上でサボって。保健室なら冷房も効いてて快適なのに、わざわざ屋上に来るんだもんね。それって私のこと好きなんでしょ」

 夜崎さんは冷静さを取り戻したのか、真顔になり、少し考え込んでいる。

 よしもう少し、と意気込んだところで夜崎さんが口を開いた。

「まあ、結構な」

 意表を突かれ、言葉が出なくなってしまった。そんなわけないだろ、と言われることを想定してあの手この手を考えていたのに。

「ど、どれくらい」

「なんだそれ、小学生か。……退屈な授業より保健室が好きだ。一人でいる快適な保健室より、春子といる暑い屋上の方が好きだ。そんくらい」

 ……私のこと、大好きじゃん! そ、そんなに……? これは、これは……! この流れは……。

「この世で一番好きってこと?」

「だから、小学生か。この世で一番かって言われると分からん」

 今しかない。勇気を振り絞れ、私。

「わ、私も、夜崎さん好きだよ」

「だろうな」

「えっと……多分、夜崎さんが思ってる好きとは違うと言うか……」

 あらかじめ覚悟を決めていたならまだしも、こんな展開は予想外だ。声は震えるし、喉は渇く。手も震え、頭が沸きそうになる。

「友達としてじゃなくて、恋なの。夜崎さんの恋人になりたい」

 夜崎さんは真顔のまま、表情も何も変わらない。慌てる様子もなく、至って普通だ。このことが私の不安を煽る。せめて、何か言って欲しい。

「……恋人か」

 夜崎さんが両手で私の両肩をつかみ、私を抱き寄せた。

 私は呆然と蠱惑的に微笑む夜崎さんに見とれてしまった。だが、次の夜崎さんの言葉に衝撃を受けてしまう。

「恋人はちょっと。……でも、セフレならいいよ」

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