第7話 言い聞かせる
目が覚めると横に裸の夜崎さんが寝ていた。昨日の夜のことをどうしても思い出してしまい、急に恥ずかしくなる。
「おはよう」
突然夜崎さんの声がして驚いてしまった。直視しないようにおはようと返す。
「何恥ずかしがってんのさ」
夜崎さんは自分が裸であることを気にせずからかってくる。もう少し自分の行動を顧みて欲しい。
「昨日の春子、可愛かったよ」
「うわああああ」
私は奇声を上げ、枕で夜崎さんの顔を覆った。
「シャワー! シャワー浴びたい!」
夜崎さんがもごもご言いながら、部屋の扉を指さした。要領を得ないので渋々枕を夜崎さんの顔から離す。
「シャワー借りていい?」
「出て正面。シャンプーとかタオルは適当に使って」
私は鞄から着替え一式を取り出し、風呂場に向かった。人の家を裸でうろつくのは変な感じがする。
私はさっとシャワーを浴び、夜崎さんの部屋に戻った。夜崎さんはまだ裸のままで服を着ていない。
「服着てよ、目のやり場に困るんだけど……」
「昨日散々見ただろ」
「そういう問題じゃないの」
夜崎さんが少し真剣な表情で顔を近づけてきた。何を言うかだんだん分かってきた。
「欲情しちゃう?」
「……しない」
本人には絶対言わないが、ちょっと、する。昨日は本当に、その、よかった。どうしても思い出してしまう。
「今日はどうする」
正直、二日目のことは考えていなかった。何だかんだで一日デートをして終わると思っていた。と言いつつ着替えを用意しているのだが。
「あたしは疲れたから寝て過ごす」
「……嘘でしょ」
「本当。あたしは限界だ」
「やることやったら終わりってこと?」
夜崎さんが驚いたような表情を浮かべた。
「違う違う、本当に限界で動けないんだって。一日中遊ぶのなんて初めてだったし」
夜崎さんがそう言うなら尊重しよう。ちょっと納得できないけど。だったら、と名案が浮かんだ。
「じゃあ、来週もデートしよう。やることやって終わりじゃないんだったらいいよね」
「いいよ」
あっさり了承され、拍子抜けした。勢いで言ったものの、具体的な案は何もない。帰って考えないと。
「じゃあ、来週時間と場所は昨日と同じで。どこ行くかはそれまでに考えておく」
「分かった。……春子任せだけど、いいのか」
私は頷いた。夜崎さんがデートプランを考えても私の懐事情で水を差すのは申し訳ないし、自分で全部考えた方がいい。もっとも、夜崎さんに行きたい場所があるのかは分からないが。
「じゃあ、また来週」
夜崎さんがベッドに寝転がり、手を軽く振ってきた。
「え、帰れってこと? ここにいるのも駄目なの?」
これにはさすがに呆れ、二の句が継げない。
「まあそうだな。ここに長居してちゃいけない。帰った方がいい」
全然納得ができない。何て言ったらいいか考えている内に夜崎さんがベッドの上で正座した。
「あんまり聞かないでくれ、頼む。ただここにはあまりいない方がいいんだ。春子のためにも、あたしのためにも」
真剣な夜崎さんに気圧され何も言えなくなってしまう。
「……服着なよ、風邪引くよ」
ようやく私は冗談を言い、夜崎さんが少し笑った。
服を着た夜崎さんに見送られ、夜崎さんの家を後にした。
自宅には正午頃に着いた。電車賃を浮かそうと思い歩いて帰ろうとしたが、暑さが厳しく諦めた。熱中症で倒れたりしたら余計にお金がかかってしまう。
「ただいま」
縁側で日向ぼっこしているお祖母ちゃんに声をかけた。こんなに熱いのに、お祖母ちゃんこが倒れないか心配だ。
「おかえり、早かったねえ」
「うん、ちょっとね」
「楽しかったかい?」
「……へあ?」
一瞬だけ、お祖母ちゃんに全て見透かされている気がしたが、私の思い込みだろうか。お祖母ちゃんは偶に鋭いときがある。
「友達の家に泊まったんだろ」
「ああ、うん、そう。泊まった、楽しかったよ」
「そりゃ良かった。春子にもちゃんと友達がいて安心したよ」
中学くらいからだろうか、友達と遊びに行かなくなったのは。小学生の頃は友達の家に遊びに行ったりしていたが、中学生になり行動範囲が広がったことで遊びに行かなくなった。どうしてもお金のことが頭をちらつく。
お祖母ちゃんがお昼に素麺を茹でてくれて二人で食べた。疲れたから昼寝するね、と言って私は自分の部屋の布団に寝転がった。
お祖母ちゃんには夜崎さんのことを友達だと言っているが、友達なのだろうか。私たちの今の関係は、セフレ? そうだとすると、友達は友達か。変な枕詞が付いているが。
でも私は友達じゃなくて、勿論セフレでもなくて、恋人になりたい。
夜崎さんは今の私たちの関係をどう思っているのだろうか。少なくとも嫌われてはいない。友達と思ってくれているのか。いや、ただの友達ならそういうことはしない。じゃあ都合のいい女くらいにしか思っていないのだろうか。そうだと仮定しても、わざわざデートに付き合ってくれるものなのか。
夜崎さんのことが全然分からない。
そう言えば、海で遊んで全身濡れたというのに自分の持ち物を確かめるそぶりすら見せなかった。私は携帯電話が壊れたどうしようと焦ったのに。本当に持ってないってこと? 今時?
それに、夜崎さんの家、ゴミやお酒の空き瓶だらけだった。片づければいいのに、気にならないのだろうか。夜崎さんの両親は結局帰ってこなかったけど、そういうもの?
後は……上手だった。自分でしたことは勿論あるけど比べものにならない。……誰かに教わったのかな……。何だかムカムカする。
思い出したら、急に体が疼き出した。何してるんだろう、と思いながら私は指をズボンに滑り込ませた。
一週間後、約束通り夜崎さんは学校の最寄り駅に現れた。携帯電話を持っていない所為で連絡が取れず、前日はちゃんと来てるのか不安だった。
「……何で紫なの」
電車から降りてきた夜崎さんは金髪から紫の髪に変わっていた。
「何となく。金髪にも飽きたし」
気分の問題なのか。
「おばちゃんとかよくそういう色に染めてるよね」
「……マジ?」
夜崎さんが心底嫌そうな顔をし、私はおかしくて笑ってしまう。
「それで、今日はどこに行くんだ」
「今日は学校に行きます」
「……先週ふざけてそんなこと言ったような気がするけど、本当に行こうとするとはね……」
休みの日にわざわざとか、そもそも暑いし、とかブツブツ文句を言う夜崎さんの手を引き歩き始めた。
「大体何で学校?」
「青春ぽいでしょ」
「……春子の言う青春ってのがよく分からん。どこから仕入れた知識なのさ」
どこからかと言われたら、図書館で借りた本たちだろうか。架空の物語と言われればそれまでだが、友達や恋人と楽しそうに過ごす日々に憧れがある。友達いないし。
「そもそも入れるのか?」
「……多分」
普段出入りする校門に着いたが、閉まっていた。
「駄目じゃん」
学校の治安が悪いから、休み中に入られないように閉められているのだろうか。
「ま、入り口だけが入り口じゃないよ」
「は?」
夜崎さんが何か言いたげだったが、私は夜崎さんの手を引いて、学校の敷地を一周するように移動し始めた。
職員室からは死角であろう校舎の裏手まで移動し、フェンスをよじ登った。
「そこまでするか?」
夜崎さんは呆れつつも、私に続いて登った。そのまま正面玄関に回り、靴を手に持って校舎に忍び込んだ。屋上へ続く階段に行くには職員室の前を通らないといけない。私たちは身をかがめ素早く移動し、屋上まで一気に登った。
一息ついたところで、夜崎さんの忍び笑いが聞こえてきた。
「阿呆らしいと思ったけど、案外楽しいんだな」
楽しんでもらえているなら何より。私のやりたいことを勝手に押しつけているんじゃないかと不安になっていたところだった。連絡を取る手段さえあればそんなことで悩まなくてもいいのに。
いつものように二人で並んで寝転ぶ。こっそり忍び込んだときは、非日常を感じられてわくわくしたが、こうなると普段通りだ。
「いつもと変わらねえな」
夜崎さんも同じことを思ったらしい。退屈してないか横を見ると、何だかんだ言って楽しそうに笑っている。
「でも、楽しいでしょ」
「そうだな。……でも暑い」
私は鞄から水筒と紙コップを取り出し、麦茶を注いだ。
「熱中症になると困るから、はい」
「用意いいな。ありがとう」
私たちは何杯も飲み、その後しばらく無言の時間が続いた。
もっと近寄りたい、私は腕と腕が触れる距離まで夜崎さんと密着するように移動した。
「春子はあたしといて楽しいか」
「楽しいよ、凄く」
「よかった」
夜崎さんが安心したように呟く。どうして夜崎さんが心配になるのだろう。
「夜崎さんは?」
「楽しい。春子のお陰で」
夜崎さんが感慨深げな表情をしたかと思うと、顔を寄せキスをしてきた。
私は余裕を持って受け入れたが、夜崎さんはキスをしたまま私のお腹の上に乗っかってきた。さらに舌まで入ってくる。
いやいやいや、嘘でしょ。さすがにこんなところで……。ディープキスまでだよね……。
私の期待とは裏腹に、夜崎さんが私のTシャツを少しまくりお腹をまさぐり始めた。さらに唇が首筋に向かっていく。
「や、夜崎さん」
夜崎さんは私を無視し、一心不乱にキスマークを付け、お腹をまさぐっていた手が胸の方に上がってくる。
「そんな目立つとこに付けないで」
私は両手で夜崎さんの頭を挟みむりやり引き離した。夜崎さんが動きを止め、顔を覗き込んできた。頬が上気し、何だか色っぽい。
「目立たないとこならいいのか」
「うん……じゃなくて、ここ外だよ。しかも学校」
「だからどうしたんだよ」
「常識とか、そういうのがあるでしょ」
「残念、あたしにはない」
私は諦め、夜崎さんに委ねることにした。外で、しかも学校の屋上で、昼間から炎天下の中、本当に最悪の条件が揃っている。それでも私は拒否しない。どうしようもなく夜崎さんが好きだ。
夜崎さんの汗と私の汗が体液が混ざっていく。暑さで意識が薄くなっていくなか、私は快楽に身を任せた。
汗と体液と夜崎さんの唾液で全身気持ち悪い。夜崎さんは
「汗でちょっとしょっぱいな」
なんて雰囲気ぶち壊しなこと言うし。
私たちは日が完全に落ちた頃、闇夜に紛れて学校を後にした。私は全身に力が入らずフェンスを登るのに苦労した。
ようやくフェンスを乗り越えると、
「熱中症で力入らないのか」
なんて惚けたことを言う。
「誰の所為だと思ってるの」
私は夜崎さんを睨んだが口喧嘩をする元気もない。
「よく言うよ。相当乱れてたぞ」
白状すると、前回より凄かった。恥ずかしいから考えないことにするけど。
私は夜崎さんの腕にしがみつくように歩いている。そうでもしないと倒れそうだ。
「この後、あたしの家来るか?」
「……限界なんだけど」
「何想像したのかな」
夜崎さんはすぐこれだ。そして簡単に引っかかる私も私だ。無理に話題を変えることにした。
「来週、お祭りあるじゃん。行こうよ」
学校の最寄り駅を中心に大きなお祭りが開かれる。全国からこのお祭りを目当てに来る程で、目玉は何百人もの人が踊る盆踊りだ。
「ううん、暑いし、人も多いしなあ」
「どうせ一回も行ったことないんでしょ。いいじゃん、一度くらい」
「そうだなあ。春子がいるなら、行くか」
来週の今日と同じ時間に集合と約束を取り付けたところで駅に着いた。
「また来週ね」
「ああ。……送ってかなくて大丈夫か」
私は大丈夫、と言って夜崎さんを見送った。
夜崎さんはセフレならいいと言っていたけど、今の私たちは恋人と言えないだろうか。どっちつかずな気もするが、これはこれで上手いこといっているんだと思う。
私は自分に言い聞かせた。
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