後編
「たい焼き美味しかった…♡」
「お口にあったようで良かったです」
小腹を満たし、息抜きに人気の少ない噴水広場までやってきました。冷たい風が心地良い。城内よりこじんまりとした噴水を見て姫様は少し驚いたようですが、興味津々にあたりを見回しています。城内にいたとき、姫様のこんなにも幸せそうな顔を見たことがあったでしょうか。
ふと、かれこれ一時間半も城外にいることに気がつきました。大時計の針は四時を指しています。
「姫様、そろそろ帰りましょう。許嫁様との約束が近いです」
「きょとん」
「きょとんじゃありません」
「…許嫁なんていたっけ?」
「はい、先日国王陛下がお選びになりました。スター家のご子息で、文武両道かつ容姿端麗でいらっしゃるお方です」
「……ふーん…」
姫様はあまり乗り気ではなさそうです。確かに、まだ十三歳の姫様には無理もないかもしれません。結婚するのはまだ何年も先のことですから。
姫様は静かな水面を見つめています。綺麗な黒髪で、表情は隠れて見えません。
「スター家…すごく有名なお家柄だし、お父様が選んだなら間違いはないと思う…けど、でも」
「?何かご不満がおありですか」
「…やっぱり、私は」
姫様の小さな手が私の袖を掴みます。
「……ううん、やっぱり何でもない」
姫様はすぐに手を離してしまいました。
「…姫様?」
「いいの、忘れて。…でもあと三十分くらいなら、遊んでもいいよね?」
まだ遊ぶ気ですか。出来るだけ早く戻りたいのですが…。
それでも確かに、外出は姫様にとって貴重な経験です。城はカセイが上手く回してくれているでしょうし、ここは姫様のご意思を尊重することにしましょう。
「しょうがないですね、ではもう少しだけ…」
「っ!ルイス、後ろ!!!」
ガッ
「なっ…!!」
何者かが私を羽交い締めに…!
「悪いなルイス、陛下直々の命令でよ」
「カセイ!」
誤算でした。もう捜索が始まっていたなんて。
「申し訳ねえ…隠そうとしたんだがバレちまってよ。国王陛下は姫様を連れ戻して…姫様を連れ出した犯人を捕まえてこいと仰せだ」
カセイが連絡したのか、次々とボディーガード達が乗った車が出てきました。
「きゃっ、放して!」
屈強なボディーガード達が姫様の腕を掴みます。
「姫様!!」
「姫様は俺達が保護するから安心していい。お前も車に乗ってくれ」
「やめて…ルイスを連れて行かないで!…っ!」
「姫様…!!」
私も姫様も、別の車に押し込められました。両手を拘束されます。
「…行くぞ」
バタンと扉を閉められ、姫様の声が遠ざかっていきます。一瞬で姿も見えなくなって…。
「せめてもう少し時間稼ぎ出来れば良かったんだが…いや、今更だな。お前がクビになったら俺も辞める。…許してくれ」
そうか…私はこれから罰を受けるんだ。掟を破った罰を。
苦しそうなカセイの顔が目に焼き付き、もう何も考えられませんでした。
✦
「何故ここに連れてこられたか、分かっておるな?」
ここは王城の玉座の間。私をここへ連れてきたボディーガード達は全員、陛下の命令で退出しました。玉座には国王陛下と王妃殿下。罪悪感の大きさに、顔を上げることもできません。陛下はおもむろに、威厳のある声を響かせました。
「わしはそなたを信頼して姫の側近とした。そなたの能力を買っていたのだ。六年前にそなたが忠誠を誓ってくれてからずっと信じていた。…それを裏切られたとは信じたくない事実だ。正直、戸惑っておる」
「…申し上げる言葉もございません」
「本来ならばすぐにそなたをクビにするべきところだ。だが…わしはそなたの口から直接話を聞きたい。そなたが軽い気持ちで姫を連れ出すような奴とは思いたくないのだ、ルイス」
「どうして掟を破ったのですか。何かどうしようもない事情があったのなら、教えなさい。勿論、回答によってはあなたに然るべき罰を与えます」
一瞬の静寂。
嗚呼、陛下は本当に広い心をお持ちだ。こんな召使いにも弁解の機会を与えてくださるなんて、この国をまとめるだけの徳を持っていらっしゃる。
私はこの問に正直に、真っ直ぐに答えなくてはなりません。ですが本当は、絶対に姫様のせいにはしたくないのです。結局私は、最後まで嘘をつくことになります。
「姫様を王城から連れ出したのは…私の好奇心を満たすため、ただそのためだけにした事です。城の外は今どうなっているのだろう、それに姫様はどんな反応を示すのだろう。そんな事を確かめるため…私の勝手な欲望のままに行動してしまったのです。今回の件に姫様のご意思は関係ありません。今となっては、どうしてそんな理由で掟を破ってしまったのか分かりません。衝動的なものでした。どうしようもない事情など、無いのです。この罪をどう償えばいいのかも分かりません。…この度はご迷惑をおかけして、本当に、申し訳ございませんでした」
…私は、何をしているのでしょう。どうしてこんな事しか言えないのでしょう。
シャンデリアがフロアを明るく照らしています。なんだかこのきらびやかな空間にいることが、ひどく場違いなことなのではないかと思い始めました。
「……ルイス、言いたいことはそれだけか」
「…はい」
「………そうか。…そなたには失望した。今すぐにこの城から出ていってもらおう」
国王陛下のお顔に、もう迷いは見られません。ゆっくりと立ち上がり、お二方へ最敬礼を。
「この六年間、大変お世話になりました。国王陛下、王妃殿下…お
✦
「姫様、今日は外出でお疲れでしょう。許婚様がいらっしゃるまで、暫くお休み下さい」
パタン…
男達は私を部屋に置いて、
「…君は出ていかないの」
茶髪ツーブロックの少しチャラそうな男。背が高くて、悔しいけどルイスと同じくらいハンサムだ。
「私、カセイと申します。一時的なルイスの代わりと思ってください」
「ルイスの…代わり?」
「はい。ルイスは…姫様の側近ではなくなるので、王妃殿下の
「え…」
ルイスが、側近じゃなくなる?
一瞬、カセイが何を言っているのか分からなかった。側近じゃなくなるって、クビになるってこと?
それってもしかして、私がルイスを外に誘ったから…?
「カセイ、私ちょっと行ってくる!」
気づいたら体が動き出していた。デートの疲れなんてどこかへ吹き飛んで。
「行く…ってどこへ」
「お父様とルイスのところ!!」
「い…いけません姫様!」
何か言われたような気がしたけれど、そんな事気にしちゃいられない。廊下を曲がり、階段を下って走る。走る。走る。
一階の赤絨毯に足をつけたくらいに、お父様の「出ていってもらおう」という声が聞こえてきた。
止めなくちゃ、止めなくちゃ。私が謝って、それで。
ルイスにはここにいてもらわないと困るの!
✦
「…お暇致します」
そういって踵を返した瞬間、
バンッッ
すごい勢いで入口扉が開きました。急に静寂が弾けて驚き、一瞬身構えました。けれど、そこにいたのはもっと驚くべき相手で…
「…姫様!?」
「…ルイス!」
何とそこにいたのは、フリルパジャマに着替えた姫様でした。裸足のまま走ってきたのでしょうか。しかも満面の笑みを浮かべています。
「姫様、どうして…」
「私、ルイスを辞めさせたりしないから」
「え…」
私が状況を掴みきれていないうちに、姫様は両陛下に向き合いました。
「お父様、聞いてほしい事があるの!!」
あ、今扉から見えたのはカセイでしょうか。姫様を追ってきたのか、肩で息をしています。
「む、娘や。どうしてここに…」
「外に出たいって言ったのは私なの!」
「……何だって」
国王陛下は完全に面食らっています。勿論私もです。
「だから、私がルイスにお願いしたの。外に連れて行って!って」
「ひ、姫様」
「それは本当か」
「こ、国王陛下。違います、ただ私が勝手にやったことで…」
「口を挟むでない!」
「…申し訳ございません」
姫様は何をする気なのでしょうか。王妃殿下もカセイも私も、ただ事の成り行きを見つめています。
「…だから、全部私が悪いの。だから…ルイスのことを怒らないで。…クビにしないで。私の側近のままにしてほしいの!」
「……」
「お父様、お願い。私、ただ外の世界を見てみたかっただけなの。ルイスが私の気持ちを尊重してくれて、私のことを一番に考えてしてくれたことなの」
「……何故そこまでルイスにこだわるんだい。他にもカセイやいい召使いがいるだろうに」
国王陛下はいつの間にか、国王の顔から優しい父親の顔に変わっています。
姫様は何を考えたのか、私を手招きして耳を貸すようにジェスチャーをしました。
私は姫様の背に合うようにかがんで、次の瞬間。
私の頬に、柔らかい唇の感触がしました。
「!?姫さm…」
「ふふっ。実は私達、こういう関係なの」
「!?」
至極満足そうな姫様。
あ、国王陛下が倒れました。
「まぁ♡そういう事情なら仕方ないわね。ルイスにはそのまま側近をして頂きましょう」
何という急展開でしょう。
「王妃殿下、本当にそれでいいんですか!?」
「…やったねルイス!わーいっ!」
✦
「好きだよ、ルイス」
その日の夜。姫様の部屋でそう言ってハグされたときは、可愛すぎて死ぬかと思いました。
【完】
ルイスと姫 シューク @azukisuika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます