ルイスと姫

シューク

前編

「ねぇルイス、一生のお願い。」

 −ヴァイオリンの稽古が終わり、ティータイムが近づく昼下り。姫は珍しく上目遣いで側近を見つめていた。−

「外に出かけたいの。一緒にお散歩しよう」

『一生のお願い』というワードを今まで何度聞いてきたことか。

 しかし今回は声のトーンがマジです。

 きっと本気なのでしょう。

「いけません姫様。国王陛下が姫様を外に出すなと仰せです」

 レッスンが終わってから今まで、何度このやり取りを繰り返した事でしょうか。

 国王陛下はこの王国を急激に栄えさせた才気溢れるお方で、文武両道、誰も逆らうものはおりません。ですが、国王陛下は娘のことになると過保護で…(失礼ですが、)他に類を見ない親バカとなります。

 したがって、国王陛下は姫の城外への外出を許可しません。王族は高貴な身分である分、民衆から恨みを買いやすい立場でもあるからです。過去の【前代国王暗殺未遂事件】にも思うところがあるのでしょう。

「駄目です。こればかりは国王陛下からの申し付けですので」

「うぅぅ…ルイスのケチ…バカぁ…!」

 自分の部屋だからなのか、姫様はいじけるとすぐ言葉が乱れます。もう既に涙目ですし、まぁ今回は許容しておきましょう。

 本当のことを言うと、私も姫様に外出させてあげたいのです。何せ私は平民出身、街の楽しいことは沢山知っています。少年兵としての実績が認められ王城にスカウトされてから六年、生まれてこの方ほとんど城に籠りっぱなしの姫のことが気の毒で仕方がありません。

「もちろんお父様の言うことも分かる。でもずっとここにいたら、世の中のことも国民みんなのことも、何も知らないままになっちゃう」

 姫様は顔を上げ、まっすぐ窓の外を見つめています。

「外の世界はきっと…楽しい事も辛い事も、私が知らないものばかりなんでしょう。ルイスは軍人さんだったもの、そういうのいっぱい知ってるよね?」

 ギクリとしました。

「私は次の女王になる身。そこらへんの自覚は持ってるつもりだよ?…お父様には何度かお願いしたけど駄目だった。だから、一日だけでいい」

 そして姫様は桃色が基調の部屋を見回して他の召使いがいないことを確認してから、小声でこう言ったのです。

「私を…外の世界に連れて行って?」


 ✦


 −姫は姫たる権力を行使してルイスにお姫様抱っこをしてもらい、そのまま二人で二階の窓から庭へ飛び降りた。さすが兵士出身なだけあり、ルイスはいとも簡単に裏門横の柵を越え、城外へ姫を連れ出してしまった。−

「これじゃセキュリティが危ぶまれるわね…」

 姫様は背後にそびえ立つ柵に目をやり、苦笑いをされます。確かによくよく考えてみると、城の警備の穴はこの柵以外にも多くあるような気がします。後に警備隊に伝えておきましょう。

 …と、いけないいけない。今はこんな事を考えるのではなくて。

「姫様、外へ出たのは良いのですが…見つかったらまずいです。なるべく早く戻りましょう」

 こくん、と頷く姫様。

「ところで…なにか目当てがあるのですか?行きたい場所でも。お連れしますよ」

 首を傾げる姫様。

「…では、なにかされたい事でも?」

「デートしたい」

「…今なんと?」

「デートしたいの、ルイスと二人で」

「……」

 デート、ですか。

 姫様の押しに負けてここまで来てしまいましたが、少しずつ罪悪感が込み上げてきました。

 そういえば国王陛下は姫様の許婚いいなずけを選ばれて、そのお方を今日の五時に王城にお呼びする予定であったことを思い出したのです。

 時計を見ると、今は二時半ちょうど。

「あと二時間半…」

 まぁおそらく、それまでに城へ帰れば問題ないでしょう。

「…ねぇルイス、聞こえてる?デートだよ、いい?」

 デート…姫様のお望みなら仕方ないですね。

「…分かりました。今日だけですよ」

「やったー!ねぇ、お腹空いたから何か食べに行こうよ」

「何かご要望はありますか?」

「外界でしか食べられないもの…そうだ、庶民の味ってやつを知りたい!高級料理ばかりじゃ飽きるもの」

 …さいですか。

「そうですね、そうしましたら…」

 人目がつかぬよう細い道を抜けてきましたが、通りを出た右手に小さな屋台が見えます。立て掛けられた看板には太った『たい焼き』の文字が。

「たい焼きにチャレンジしてみましょうか」

「たいやき!なんだか美味しそうな響き…」

 姫様のこんなにワクワクした顔は久しぶりに見た気がします。


 ✦


「姫様が…いない、だと?」

 ティータイムの時間になり菓子を姫様にお渡ししようとお部屋のドアを開けたら…誰もいない。

 ルイスの奴も消えている。

「これは緊急事態だぞ、陛下にご報告を!…いや、待てよ」

 廊下を行こうとして踏みとどまる。これで報告してしまっては姫様の側近No.2としてのメンツが保たない。俺の不在時に姫が失踪なんて、王様が脳血管ぶち切れて倒れてしまいそうだ。

 深く深呼吸。そうだ落ち着け、俺。

「ルイスは馬鹿じゃない…消えた理由は分からないが、なにか痕跡を残しているはずだ」

 部屋を見回してみる。右手には金の縁取りがされた純白のテーブルと椅子があり、部屋の中央に花が飾ってある。左手にはいかにも乙女チックなフリル満点のベッド。そしてその奥には大きな窓が…

「あれか」

 窓が空いている。風にはためくカーテンをおさえて下を見ると、人気のない中庭が見えた。ここは三階だが…小屋を足場に使えば飛び降り出来なくもない高さだろう。

 すると右手に紙の感触がして、カーテンの隙間から薄いメモ用紙が落ちてきた。

《カセイ

 少しばかり姫様と出掛けてくる。頼んだ》

 …達筆だが、なんという適当な置き手紙だ。

 まぁいい。あいつには世話になってるし、今日くらいは城が騒動にならぬよう努めてやる。


 ✦


「ねぇ、このドレスじゃ王族ってばれちゃうんじゃないかな…」

「確かに、私は完全にフォーマルスーツですしね」

 姫様はミルキーホワイトのアンティークレースドレス、私は王族召使いの制服。正装でこそありませんが、明らかに平民には見えません。

「着替えよう」

「それしかないようですね…」

 どうしましょう。一番近い店に入ったはいいですが、実はファッションとやらに自身が無いのです。

「ルイスのは私が選んであげるねっ」

 と言いつつ既に両手にハンガーを持っている姫様。私でも着られそうなフォーマル調の服です。

 なるほど、そういえば乙女というのはこういうのに強いと聞いたことがあります。

「じゃあ私はこれかなっ」

「そ、それは…」

「これ?最近流行りらしいスカートだよ。ずっとはいてみたかったの♡」

「あの、丈が短くないですか?」

「そりゃあミニスカートだもん、当たり前よ」

「それはちょっとご遠慮頂きt」

「姫様命令っ!」

「…」

「ねぇ…一生のお願い。買って?」

 何度目の一生のお願いですか。

「…仕方がないですね。それにしましょう」

「わーいっ」

 そうでした、乙女はおねだりにも強いと聞いたことがあります。

「ね、どうかな?」

「お似合いですよ」

「…それって私にじゃなくて「姫様」に言ってない?」

「?本当にお似合いですよ?」

「…!!ルイスのばか…」

 姫様は私に猫パンチのようなものを繰り出します。人をばかだと罵っておきながら、なぜ姫様はこうも嬉しそうなんでしょう。


 ✦


「…あ」

 菓子をテーブルに置いている間に強く風が吹き、ルイスからのメモが中庭に飛んでいってしまった。窓を締めておけばよかったか。

 身を乗り出して下を覗き込む。メモは噴水の近くに舞い上がり…

「まずい!」

 ちょうど下で掃除をしているメイドの足元に落ちた。内容を見られたら姫様の外出がバレてしまう。

「すみませーん!取りに行きますので、そのままでいてください」

 出来るだけ丁重にかつ聞こえるように叫ぶ。メイドもこちらに気がついたようだ。

「はい、分かりました!…これ、置き手紙…?」

「あ、中は見ないよう…」

 時すでに遅し。

「え、《姫様がカセイに出掛けてくる》!!??」

「な、違…っ」

 カセイは俺の名前だこの阿呆が!!

「王様ーーー!!!緊急事態ですぅーーー!!!」

「ちょ…おい待てメイドぉぉぉ!!!」

 窓からそのまま飛び降りて見たときにはもうメイドは消えていた。あんの俊足メイドが!!!

「ち…王室に行ったか」

 そういえばあいつは新人だった。まぁ確かにあんなメモを見たら驚くのは無理もないが…。

《カセイ

 少しばかり姫様と出掛けてくる。頼んだ》

 まさかあの女は本当に「姫様がカセイに出掛けてしまった」とでも報告するのだろうか。ポケットから落としたのか、置き手紙はそこに落ちているし。


 ジリリリリリリリ!!!!


 あーぁ、城内警報鳴っちまったよ。

「ルイス…悪いな。俺、やらかしちまったみたいだわ」

 -カセイは深いため息と共に、親友兼ライバルに侘びたのであった。-



【後編へ続く】

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