文化祭!謎解き!アオハル・マシマシ・チョモランマ(ロングVer)

いずも

答えはいつだってそこに

『明日は11時に部室に来てよね。ぜーったい時間厳守だからね!』

 幼馴染の佐々木ゆうから何度目かわからない確認メッセージが届く。

 ミステリー研究部では毎年文化祭で参加型の出し物を行っており、ミス研に所属している彼女からお誘いが来たってわけだ。

 明日が楽しみで眠れない。高校生にもなって、なんて言われそうだけど。



「もー、圭太けーた君遅いよー」

「いや11時ちょうどじゃん!?」

 部室に入ると開口一番に優からお叱りを受ける。

 長い黒髪に白い肌、黒縁メガネが特徴の文学少女だったが、高校生になってコンタクトに変えてからはすっかり別人のように大人びている。それでも「ふふっ」と無邪気に微笑む顔は昔から変わらない。


「レディーを待たせるとは笑止千万。これだから最近の若者は」

「部長さんも最近の若者ですよー」

 優の隣には緒方ゆず部長が立っている。多少の面識はあるのだが、相変わらず背は小さいのに鋭い眼光で威圧感があり、丸メガネに白衣をまとった姿はミス研というより科学者だ。


「さて、ではこれより我がミステリー研究部の出し物を始めよう。では佐々木、寸劇開始だ」

 寸劇って言っちゃったよこの人。

「ええっと。部長、ミス研部には代々大切に保管されているお宝があるんですよね」

「うむ。ちゃんと机にしまって――な、ないっ!」

「そんな、誰かに盗まれたんでしょうか」

「これは困ったぞ。む、誰だお前。お前が犯人か!」

 部長が俺を睨んでいる。

 え、俺も参加するの。

「ほら圭太君、否定して」

「違イマス。俺ジャアリマセン」

 自分でもびっくりするほど棒演技で否定した。

 なんか二人のツボに入って寸劇が中断される。


「ぷっ……くくっ、ああもういいや。野崎圭太よ、これは私からの挑戦状だ!」

 俺の名前をフルネームで叫んだかと思えば、びしっとこちらを指で指す。

「――君には、名探偵になってもらおう」

「……はい?」


 簡単に説明したら今流行の謎解きゲームだ。もっとシンプルに、文化祭を行っている校内全部を舞台とした宝探しゲームと言ってもいい。なるほど、ミス研らしい催し物だ。


「制限時間は一時間。校内のあちこちにあるヒントを頼りに謎を解き、この事件の真相を突き止めてもらおう!」

「それって俺一人で? 結構大変だと思うけど」

「ふっふっふっ、案ずるな。ここに非常に優秀な助っ人を用意した」

 そう言うと部長は優の腰に手を当て、彼女を前に差し出す。

「この佐々木優を助手として引き連れ、共に協力して謎を解明してくれたまえ」

「えへへ、よろしくねー」

 優がぺこりと一礼する。


「さて、君たちに探してもらうのは――これだ!」

「これは……栞?」

 部長の手にはラミネートされた栞が握られていた。

「わー、いかにもミス研って感じ。あ、ちゃんと今日の日付が入ってる、すご~い」

「なんでお前が驚いてるんだよ」

「だって、ここから先は私も知らないもん。三年生が準備してて、二年生や私たち一年生も細かい内容は当日まで秘密なの」

「部員にも楽しんでもらおうという計らいだ。まあ一年と二年じゃ内容は違うが、一年生にはシンプルでわかりやすい仕掛けとなっている。ではこいつは失くさないように佐々木に預けておこう」

 そういって部長は優のブレザーのポケットに栞をしまう。

「よーし、これと同じものを見つけたらいいのかな。頑張ろうね、圭太君」

「おう」

 優は気合い充分だ。

 それにとても楽しそうで、見ているこちらまで嬉しくなる。


「そして君たちへの餞別せんべつ、もとい最初のヒントだ。これらの引換券で飲食店やアトラクションを無料で楽しめるようになっている。券の色もヒントになっているかもな、くっくっくっ」

 そう言って部長は文化祭の出し物の引換券の束を差し出した。全部で8枚、緑色が5枚と黄色が3枚に分かれている。

「ただお宝を見つけるのではなく、犯人は誰で、動機は何か。そこまで答えられてこその名探偵だからな。一時間後ここで推理ショーを披露してもらおう。さあ、行くが良い!」

 ノリノリの部長を後に、俺たちは謎を解き明かすために文化祭真っ只中の舞台へと進んでいく。



「とりあえず何か食べるか。朝ごはん食べる時間なかったんだよな」

「なになに~、もしかして今日が楽しみで眠れなかったとか」

「そ、そんなわけないだろ」

 こいつ鋭いな。早速探偵助手としての推理力を発揮してくるとは。

「私も文化祭でたくさん食べようと思って朝食は控えめにしたんだ。どんな券があるのかな……あっ、クレープ食べたい! あと飲み物も貰おうよ」

 引換券を見て自分の食べたいものを次々と指定する。初っ端からクレープか、と思ったが一度言い出したら聞かない性格なのは百も承知だ。ここは素直に従うべし。


「はーいいらっしゃーい。あ、ミス研の人ね。ちょっと待ってて……はい、これでオッケー。じゃあ一人一品好きなのを選んじゃって」

 受付の生徒が裏に何やら印を入れて半券を返してきた。チェックマークみたいな書き込みがしてあるけど、これも関係あるのだろうか。

 同じように飲み物の店でも印を入れられた半券を渡される。こちらも同じマーク……レ点というよりはアルファベットのY、いや人って漢字にも見えてきた。


「圭太君のチョコクレープ美味しそう……」

「あー、一口食べるか?」

「いいの? ヤッター! じゃあ私のも一口どうぞ」

 食べかけで悪いけど。なんて付け加えられたけど、逆にそんなことを言われたら意識してしまう。むしろ俺の方こそ食べかけだけど良いのか? 俺が気にしすぎなのか!?

「んー、美味し」

 出来るだけ平常心を保ちつつ、優のクレープをかじって元に戻す。


「じー……じゅるり」

「もう一口食べるか」

「そんなっ、わ、悪いよ」

「思いっきりよだれ垂らしておいて何言ってんだ。ここで差し出さないと後が怖いからな。何年幼なじみやってると思ってるんだ」

 優は嬉しそうにもう一口パクリとクレープを味わう。


「返ってきた半券の裏には印がある。これがヒントになっていると思う」

「ただ使用済みって意味じゃなくて?」

「それだとわざわざこっちに返す意味がないだろ。緑色と黄色にも意味がありそうなことを言ってたけど、全部回ってたら時間が足りないし……うーん」

 フードコートのテーブルの上にチケットを並べて次の作戦を練っていると、背後に気配を感じて振り返る。


「いよう。お前ら楽しんでるか」

「あっ、洋兄ひろにいじゃん」

ひろしさん、こんにちは」

 声をかけてきたのは今年大学に進学した洋兄だった。

 絵に描いたような爽やかイケメンで背も高くて勉強もできる、俺にとっては憧れの兄だ。今日は後輩たちの様子を見に足を運んでれたらしい。


「今ミス研の謎解きゲーム中なんです」

「へぇ、だったら邪魔しちゃ悪いかな?」

 引換券とにらめっこしている俺を横目に現在の状況を説明している。

「そうだ、せっかくだから洋兄も手伝ってくれよ。この半券のマークがヒントだと思うんだけどな~」

「おいおい、それはルール違反だろ。お前が探偵役なんだから自分で考えないと。でもまあ、ヒントくらいならいいか。そうだな……ズルしたり、楽をしようとするとうまくいかないから、回り道したり時には立ち止まってみることも大事なんじゃないかな」

「ええ~、それはこの謎解きの話? それとも人生の話? なんか急に深いところの話になってますますこんがらがってきた……」

「ははは、まずは何も考えずに文化祭を楽しむのが一番だ。優ちゃん、このダメな探偵をしっかりアシストしてやってくれ」

「はいっ!」

 なんでそんな笑顔で力強く返事するんだ。ダメ探偵って……ま、その通りだけど。


 洋兄が立ち去ってから改めて引換券を眺めてみる。

「うーん……飲食関係以外だと、緑がVRジェットコースターとパフォーマンス書道、黄色がストラックアウトか。よし、黄色が全部で3枚だし、まずは黄色から攻めてるか!」

「お~」



 結果から言うとストラックアウトは全球外した。そりゃあね、野球部ならともかくただの帰宅部が急に神投球なんて発揮できるわけないんだって。

 俺ですらこのザマだ、優だって――

「やったよ圭太君、一列ビンゴだって」

 おかしいな、格好良いところを見せる予定のはずが。


「ほら、ジェラートもらってきたぞ」

「やったー、体動かした後は冷たいものが欲しくなるよね~」

「これで黄色の3枚は消化したわけだが……」

 改めて3枚の半券をひっくり返して並べる。

「『ト』『レ』『タ』だって」

「トとタだけ少し字体が違うような。……ん?」

 タを一番左に持っていく。『タ』『ト』『レ』。タトレ。

「外レじゃないか、これ?」

「はずれって――あ、本当だ。そっか、タとトで外ってこと! おもしろーい」

 のんきに感心してる場合じゃないぞ。くそう、無駄に時間をロスしてしまった。

 ああいや、無駄ってのは言いすぎだけど。



「VRジェットコースター? ゴーグルを装着して、ほとんどその場から動かないんだろ。別に怖くもないし、子供だましだろうな」

 高校生の出し物だ、どうせ大したもんじゃない。ハードルは下げておくに限る。


「わーーー!!! たーのしぃ~~~!!!」

「ギャーーーー!!!!!!」


「すごいね、本物のジェットコースターに乗ってる気分だった!」

「そ、そそそ、そうかぁ……。ていうか、本物のジェットコースターって、こんな感じなんだ……」

 実はジェットコースターには乗ったことがない。こわ、じゃなくて楽しさがよくわからないからだ。なんでわざわざスリルを味わいにいかなきゃいけないんだ。

「んー、本物はもっと高低差があったり、息もできないくらい勢いがついてたり……修学旅行で行くかもしれないのに、そんなんじゃ一緒に乗れないよ?」

「お、おお……おう?」

 ん、一緒にって言った?

「そうだ、今度近くの遊園地に行こうよ。苦手を克服しよう」

「……考えとく」



「パフォーマンス書道って、なんだ?」

「でっかい筆で床に敷いた巨大な紙に思いの丈をぶつけてください!」

 身長くらいある巨大な筆を渡される。うわ、結構重たい。

「私にはちょっと難しいかな……圭太君どうぞ」

 頭くらいある筆先を墨汁入りのバケツに突っ込む。掃除してる気分だ。


「『優勝』? そうだね、誰かと競争してるわけじゃないけど、この謎解きゲーム勝ちたいよね!」

「気合の入った素晴らしいパフォーマンスでした~。ありがとうございました~」

 優しか勝たん。なんて、口に出せるはずもなく。



 その後書道の流れで和室の茶道体験を行ったが、案の定足がしびれてしばらく動けなくなった。

 というわけで優が引換券でたこ焼きをもらってきてくれた。

 これで全部の券を消化したことになる。

 緑の券に書かれた文字とにらめっこ。

 同じ文字がある……? 向きはこれで合ってるはずだから……うーん。

「はい、あーん」

「あーん」

 口にたこ焼きが放り込まれる。

「美味しい?」

「ああ」

「圭太君集中すると全然周りの声聞こえてないよね」

「ああ」

「たこ焼き好き?」

「ああ」

「じゃあ、……もいっこ食べる?」

「ああ」

「あっ、口にソース付いちゃった」

 そっと口元を拭われる。

 …………。

 ……ああ?

 あれ、なんか今の一連の動作、思い返すとめちゃくちゃ恥ずかしくない?


 動揺を隠すように大げさに紙を並び替えて単語が出来ないか試してみる。

 そして何度目かの組み合わせで。

「『ト』『シ』『ヨ』『シ』『ツ』……図書室か」

「おお~すごい。私はツヨシって誰だろうって考えてたのに」

 この助手、こういう推理はからっきしのようだ。


 次なる手がかりを求めて図書室に向かう。

 本来誰も使わないなら閉まっているはずなのだが鍵が開いていた。さらに扉に『ミステリー研究部使用中』の張り紙。怪しさ満点。


「誰もいないな」

 電気も点いていない図書室は少し不気味だ。賑やかな外の音からは隔絶された別世界のような雰囲気がある。

「何もないねぇ」

 ヒントの紙が置いてあるのかと期待していたが、それらしきものは見当たらない。

 まさかこれもミスリード? そんな手の込んだことを一年生相手にやるだろうか。もしくは先に入った誰かが隠してしまったとか。


「あれ?」

 優が不思議そうな声を出す。

「ここだけカーテンが開いてる」

 他の窓はカーテンが閉まっているのに一箇所だけ、それもワイヤーで釣り上げて固定しているのか四角く小窓のように開かれている。

「そっちって裏山のほうじゃないか?」

「うん。んー、何かあるような……看板かなぁ」

 優はあまり目が良くない。その上メガネを外したくせにコンタクトは怖いからやらないというよくわからないポリシーを持っている。

「どれどれ」

 それに対して俺は視力には自信があってバッチリ遠くまで見通せる。屈みながら窓の外を見る優の後ろから、彼女の頭に顎を乗せるような形で上から窓の外を眺める。

「本当だ、看板が立ってる。あんなところに立てたって誰も見やしないのに……ってことは、あれが次のヒントになってるんだな」

「圭太君、ち、近いよ……」

 顔を赤らめながら優が上目遣いで俺を見る。

「わ、悪い悪い」

 急に意識しだすなよ、こっちも恥ずかしくなってくるじゃないか。鼓動が早くなってたの、バレてないよな。

 この変な沈黙は図書室が生み出してるだけだからな。そう言い聞かせて次なる手かがりのある場所へと向かう。



 裏山のふもとには急ごしらえの看板が立っていて、表と裏に一枚ずつチラシが貼ってある。しなだれた柳が不気味なお化け屋敷と、明るい黄色と暗い黄色が描かれていて『実はどちらも同じ明るさです』と宣伝しているトリックアート展だ。

 でもなんだろう、違和感がある。


「これが次のヒント?」

「どちらかが正解なんだろうな」

 かたや薄気味悪い緑がモチーフ、もう一方に同じ明度の黄色がアピールされたチラシ……緑と黄色って、つい最近どこかで見たような。

「個人的にはお化け屋敷が良いかなー、なんて……チラリ。圭太君が一緒なら、ね」

 おいおいどうした!? 軽めのびっくり系動画ですら大声を出すほど怖がりな優がお化け屋敷だと。


「さっきの引換券、確か緑と黄色だったよな」

「そうだよー。……はっ、そういえばこのチラシ、ちょうど緑と黄色になってる!」

「そう、部長さんが言ってた『色もヒント』ってのはこのことかも」

「なるほどっ、ええっと正解は緑の引換券だったよね……じゃあ! 本当にお化け屋敷が正解っ!」

「じゃ、ないんだなこれが」

 しかしここで残念なお知らせ。


「えー」

「ぱっと見ではそうなんだけど、タイトル文字を見てみろ。お化け屋敷は黄色のマーカーで上書きされてるし、トリックアート展は緑のマーカーでわざわざ上書きしている」

 ここまで言うと優でも理解したのか不満そうに頬を膨らませ「じゃあ、この謎解きが終わったらお化け屋敷だからね、絶対だから!」と釘を刺してきた。



 そしてやってきたトリックアート展。

 場所を移動すると大きくなったり小さくなったりする部屋に、見る角度によって違った絵になる立体アート、野菜を組み合わせて人の顔を模した絵など斬新で見ごたえのある作品が並べられていた。

 あれ、純粋にただ楽しんでるだけで良いんだっけ。

 この先は非常階段の扉があるだけで、順路的にはもう終わりだ。


「うーん、ヒントっぽいものは無いね」

「そうだよな――あ」

「ん?」

 優の方を振り返ろうと立ち止まって後ろを見ると答えに気付く。


「『ミス研は階段を上れ』だって! 圭太君よく見つけたね~」

 会場通路を全体的に見渡すと、道路のフェンスに描かれたトリックアートみたいに遠くから見ると文字が浮かび上がるように施されていた。

「つまり非常階段で上の階に行けば良いんだな」

 施錠されていない扉から階段を上る。隠しステージに向かってる気分。


『お宝を盗んだ犯人はこの中の誰かだよ。部屋中を探索して答えを探してね』

 上の階の扉を開くと軽妙な機械音声が流れる。

 目の前には残り五分のストップウォッチとデジタル砂時計のような上からドットが降ってくるような演出の映像が巨大スクリーンに映し出されている。

 机の上には三枚のカードキーがあり、アライグマ、ムササビ、リスの絵がそれぞれ描かれている。

 出口と書かれた扉にカードを押し当て、正解なら扉が開く仕組みのようだ。ただし闇雲にカードをかざしてみても『選んだ理由が見つかっていないよ』と言われ扉は開かない。


「なんにも見つからないよー」

 引き出しを開けたり絵画の裏を探してみるも手がかりは見つからない。

 タイムリミットが刻々と迫っている。

『残り三分だよ』

「うるせーっ!」

 制限時間があると人間は焦りだす。正常な思考判断が出来なくなる。こういう時こそ冷静に考えなければ。

「はわわっ、はう~。どうしよう、もう扉蹴破っちゃう!?」

 こちらの助手は強硬手段に出ようとしていた。

「やめろ、別に爆発するわけでもあるまいし。そもそもこの残り時間って何の――」

 改めてスクリーンを見た。そこでようやく気付く。


「砂時計じゃない。このドットはQRコードだ」

「ほえ?」

「残り時間はQRコードが完成するまでの時間ってことだ。『選んだ理由が見つかっていない』ってのは、多分QRコードを読み込む必要があるからだな」

『残り一分だよ』

 機械音声とともに部屋の明かりが赤く明滅する。

 クイズ番組でよくある不安を煽る演出だが、惑わされてはいけない。

「わーーっ、何!? 何が起こるの! 風船が爆発しちゃうの!? それとも部屋中大回転しちゃう!?」

「風船は無いし大回転するなら校舎が回転する大事件だよ」

 優は面白いほど術中に嵌っていた。


 そして残り時間が残り3……2……1……0!

「……何も、起きない」

 何事もなく部屋は元通りになる。

 そしてゆっくりと完成したQRコードを読み込む。

「そして空メールを送信、っと」

 すぐにメッセージが届く。

 そこに書かれていたのはただ一言。


「犯人は『メ』の前」



「おお、二人とも戻ってきたか」

 部室に戻ると緒方部長が待ちくたびれたと椅子から立ち上がる。

「さて、その顔は犯人を突き止めたようだな」

「えへへー」

 自信満々に優が笑う。

「では聞かせてもらおうか。この事件の顛末を。犯人は誰で、犯行の動機は何か」


「犯人はズバリ――『ムササビ』ですっ」

 ズビシッと効果音が聞こえそうな勢いで指を伸ばす。

「ほう」

「送られてきたヒントは「犯人は『メ』の前」、つまりメの前だから『ム』から始まるムササビが犯人というわけです! むっふーっ」

「動機は?」

「はひ?」

「お前が言ってるのはトリックアート展で扉を開けるために使った犯人だろうが。そもそも動機は何だ」

「え、ええと……キレイだから盗んだ?」

「アライグマみたいなこと言ってんじゃない」

 先程までドヤ顔で自信満々だった優の表情がみるみる曇っていく。しぼんだ風船みたいな見てていたたまれない気分になる。

「……佐々木助手の見解はこうだが。野崎探偵も同様かな」

 部長の確認に俺は首を横に振る。



「送られてきた「犯人は『メ』の前」は確かにこの事件の犯人を示すメッセージに間違いありません」

「ほほう」

「そもそも部長さんはお宝を探せ、と言っただけで盗まれたとも話してないし、同じものを探すというのは優が勝手に勘違いしただけ」

 一旦向き直り、優のポケットをまさぐる。

「ひゃっ、な、何っ!?」

 ずっと優が肌身離さず持ち歩いていた栞を取り出す。

「お宝とは最初からこの栞を指していて、この栞を隠した犯人とは――緒方部長、貴女です」

「ええっ!?」

「……ふむ。ならば動機は何と推理する」

 ニヤニヤと意地悪そうな笑いを浮かべる。

 めちゃくちゃ楽しそうだなこの人。


「……図書室や目の錯覚展のヒント探しでお互いに協力しあったり、食べ物を分け合ったりアトラクションで同じ時間を共有し合う。単純にお互いの仲を深め合うためのイベントだと感じた。高校一年だと仲良くなってもまだそこまで相手のことを知らないだろうからな。それに文化祭当日はクラスの出し物で忙しいとゆっくり見て回る時間も取れない。そこで部活の出し物の協力という形で合法的に文化祭を楽しめるというミス研部からの粋な計らい……ってとこだな」

「……完璧な回答だ」

 満面の笑みを浮かべながら部長が拍手で応じる。

 そしてメガネをくいっと持ち上げて俺たちを凝視する。

「ま、君たち二人は幼馴染という話だから元々そんな必要はなかったかもだけど」

 優と一瞬目が合い、気恥ずかしそうにお互い目を背ける。


「ていうか、私ただ騙されただけじゃないですかー」

「敵を騙すにはまず味方からというじゃないか。それに、犯人は探偵を欺くものだろう? お前は本当に騙しがいのあるやつだ」

 うん、俺もそう思う。

「一年生はただ純粋に騙されてもらう。二年生はそれを踏まえた上で本格的な謎解きゲームに挑戦してもらう。三年生は一二年生を楽しませるための準備に奔走する。それが我がミス研部の伝統なのだ!」

「お、おおおお~。私たちのために、感激ですっ!」

 優が感動に打ちひしがれている。

「さっき彼が言ったように、これは文化祭を楽しむための正当な手段だ。まだ時間はあるのだろう。時間の許す限り楽しんでくると良い」

「はいっ、ありがとうございます! 圭太君、お化け屋敷行こう!」

 はしゃぎながら優は一人で先に部屋を出ていく。

 それに続こうと進むと呼び止められる。


「野崎圭太……お前、最初から知ってただろ?」

「何をですか」

「ミス研部の出し物を、だよ。名前を聞いてピンときた。前部長――野崎洋の弟だろ」

 その通りだった。俺の兄は昨年までこのミス研部の部長を務めていた。

 だから知らず知らずのうちに情報は手に入ってしまう。

「これは私の憶測だが」

 部長は探偵みたいな口調で語りだす。犯人のくせに。

「かの弟君も謎解きが得意でミス研部への入部は確実視されていた。それがなぜだか本人は入部を拒否している、と。かといって他の部活に入るわけでもなく帰宅部で、それどころか佐々木が部活終わるまで勉強して待ってるらしいな」

「なんでそれを!?」

「本人から聞いた」

 あの助手ペラペラ喋りすぎだろ。

「つまりミス研部の出し物を知っていたお前は『彼女が一緒に文化祭を楽しむ相手として自分を選ぶ』ことを期待してあえてミス研部に入らなかった。もし同じ部活だったら一緒に行動することは出来ないからな。どうだ、違うか」

 もう答えを確信している顔だ。

 なるほどこれが追い詰められた犯人の心理か。


「……さっき緒方部長は『犯人は探偵を欺くもの』と言いましたよね」

「ん、ああ」

「だったら探偵は、さらに一手先を読むものですよ」

 優が不機嫌になる前に追いつくため、部屋を後にする。


「……やれやれ。探偵が信頼できない語り手とはねぇ。君たち兄弟はよく似ている」

 そんな独白を残し、俺たちのもう一つの文化祭が幕を開ける。



 ――その後、お化け屋敷で今日イチの大絶叫が聞こえたとかなんとか。

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文化祭!謎解き!アオハル・マシマシ・チョモランマ(ロングVer) いずも @tizumo

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