第10話
ソコロフは、咥えていたタバコをブーツの踵で踏み消すと振り返って初老の曹長へ頷いた。
「総員搭乗!」
「
シャフトの外周、およそ一・六キロの内側に等間隔に設置された五基の大型エレベーター。全体的に錆が目立つその外面の四隅と上下、合計六つの銃座に設置された六基の二十三ミリ連装機関砲がシャフトの底へと睨みをきかせる中、二階建ての大きな檻を思わせるその鉄の籠の中へ兵士たちが次々と吸い込まれていく。
「エレベーター一号、搭乗完了!」
「エレベーター二号、搭乗完了!」
ソコロフの手元に空中投影された『ラトニク』の部隊現況図に次々と小気味よい応答が返って来る。
最後のエレベーター五号からの搭乗完了の知らせを受領するとソコロフも自身の装備を確認する。
いつものカーキ色の制服に同色の軍用コート。
両の足のレッグホルスターに制服の上から着込んだ給弾ベスト。
そして、革製の分厚い将校用雑嚢に将校用水筒……。
石板のような
隣で装備を確認しながらあふあふと慌てふためく少女へ、ソコロフはそっと囁いた。
(打ち合わせ通りだ。
だが――
「はっ!」
と、生粋の軍人らしい返答とは裏腹に少女の顔は、「でもぉ……」とばかりに逡巡している。
頭の後ろで纏められたきれいな金色の髪と年頃の十代の少女らしく清楚に整ったその相貌。真新しい制服を着ていると言うよりは着られている状態のその少女は、まだ不安なのかその真っ青に澄んだ瞳を潤ませて、なにやら物問いたげにソコロフの顔を見上げていた。
(懐かしいな……)
そう。
情報が全くと言っていいほどに遮断されている多くの一般人にとって
かつては、ソコロフ自身もそうだった。
そして、あの時、そんな任官したばかりの若い少尉だったソコロフを部下である上級軍曹が励ましてくれた。
そう――
この少女の父親だった男に。
***************
「ナターリヤ・コンドラートヴナ・ペトロヴァ兵長であります!」
そう叫ぶように言って少女は、その小柄な体を精一杯鯱張らせる。
ソコロフの肩ぐらいの高さだろうか。
百五十センチそこそこと思しき背丈と体躯こそ小柄だが、全体的に格闘術にこなれていることがその所作からはっきりと分かる。それに、その可愛らしい相貌に反して強い意志を感じる青い瞳。
当人の志願とは言え、委員会戦闘本部にしては、珍しく的確な人選だろう。
委員長が、そんな彼女の様子に満足げに頷き、傍らの参謀少佐へ視線を向けると、今度は命令書と入れ替わりに大きな三次元立体地図が目の前に空中投影された。
(ほぉ……)
十年以上
が、
(まさか、これほど詳細な物をたかが一士官でしかない俺に)
委員長は、ゆっくりと立ち上がると机の脇を歩いて立体地図へと近づき、
「今回、作戦を行うに当たって問題となるのは、我々の量子転送兵器は五十二階層までしか転送できないという事実です。同志中尉が、どれほど優秀でもこればかりはどうにもならないでしょう。ですが――」
と、五十二階層の辺りを指先で示しながらじっと立体地図越しにソコロフを見つめた。
「相手が量子転送兵器を持っている以上、こちらにもそれが無ければ戦いになりません。そこで、今回、あらかじめ地下の協力者たちの設置したアンテナとペトロヴァ兵長の携行する
七十階層
「――までは、量子転送兵器を使用できる筈です」
(七十階層……)
その先。
その先の八十二階層。
そこに――
(オルタナティブ・エリア32が……)
「ただし、それ以降、オルタナティブ・エリア32までの十二階層は、全くの独力で妨害を排除する他ありません。同志中尉、今回の任務は、聖少女に対する豊富な知識を持ち、地下世界での経験も長いあなたにしか出来ない任務なのです。そして、そんな同志中尉の補助として彼女が、ペトロヴァ兵長が選ばれました」
彼女は――
「年齢こそ若いですが、
委員長の言いかけた言葉にソコロフを見つめるペトロヴァ兵長の青い瞳が微かに揺れた。
――彼女は、第六八三民生委員会であなたの部下だったコンドラート・ペトロフ軍曹の娘なのです。
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