第5話 その5
ロベスピエールは国民公会にやっと姿を見せると、ついに並み居る議員達を震え上がらせる発言をする。
「粛清されなければならない議員が此処にいる」
議員達はその名前を言うように要求したが、ロベスピエールは拒否。攻撃の対象が誰なのかわからない以上、全ての議員はギロチンの恐怖に沈黙するしかない。
もう同志もなにも無い、ロベスピエールの気分次第で仲間の誰もがギロチン送りになる可能性を秘めている。
「ユイト、これを国民公会のテーブルに置いて欲しいんだけど、出来るかしら」
それは王妃さまが書かれたもので、ロベスピエールが逮捕されるべき人物としている議員達のリストだった。
「トキ頼むよ」
「いいわよ」
おれはトキに頼んで、議員達に気づかれないように、そのリストを国民公会のテーブルの上に置いてきてもらった。
もちろんこれは捏造だが、そのリストを回し読みし、自分の名前を見た議員達は驚愕する。タリアンの名前もあるではないか。反対派たちの結束はこれで決定的なものとなった。
翌日、ロベスピエールらは国民公会に臨んだ。
そこでロベスピエール擁護の演説を始めると、突如タリアンが「昨日同じように孤高を気取っていた奴がいたはずだ。黒幕を切り裂け」と野次り、ロベスピエール擁護の演説を打ち切らせた。
さらに議長は繰り返し発言を求めるロベスピエールらを阻止。議場から「暴君を倒せ」と野次が飛ぶなか、タリアンはロベスピエール達の逮捕を要求した。採決が求められると、ロベスピエール擁護の声は反対派の怒号にかき消され、議長は全会一致だと宣言。プロスクリプティオ(特定の人物を国家の敵として、法の保護の外に置く措置)が決議された。
恐怖政治も凄いが、法の外に置くと言うのも無茶だろう。そう決めつけられた者は何をされても文句は言えないというわけだ。
その後、パリ市のコミューンが蜂起し、その混乱に紛れてロベスピエールらは市庁舎に逃げ込む。そこにまだロベスピエールを支持する40人前後の兵士や、武器を手にした暴徒が集結して来たのだ。
おれと王妃さまはトキに移転してもらったが、数十人の殺気立ったロベスピエール支持者達を前に困惑していた。
「ユイト、どうしよう」
「王妃さま、後ろをご覧になって下さい」
雨に濡れて黒く光る石畳のパリ市庁舎前で、王妃さまにおれは声を掛けた。
周囲に甲高い蹄の音が満ちている。
「ーーーー!」
「バルク隊長です」
フランス革命が起こった直後に、マリー・アントワネット王妃の脱出を支援した、タタール人傭兵騎馬軍団がいつの間にかそこに来て居た。
それを見た王妃さまは、歓喜の笑みを浮かべたが、おれは肝心な事を言った。
「私は後ろにいますから、軍団の指揮をお願いします。これは王妃さまの戦いです」
「分かりました」
王妃さまが進み出ると、軍団の先頭で騎乗しているバルク隊長が王妃に会釈をして言った。
「王妃さま、御命令を」
王妃に率いられた軍団が一斉に剣を抜くと、その後はあっけない展開だった。対抗する兵士は銃を手にしているのだが、周囲の暴徒は剣を振りかざして向かって来るプロ戦闘集団の迫力に後退りを始める。
さらにバルク隊長の一喝と、始めてみるタタール人騎馬軍団に圧倒された兵士は、ついに無抵抗で引き上げ、軍団はやすやすと市庁舎を占領したのだ。逃げていた議員の中には諦めてピストル自殺をする者もいたが、ロベスピエールは後から来た国民公会の率いる軍に逮捕される。
バルク隊長の騎馬軍団はいつの間にか居なくなっていた。
その後、ロベスピエールらは牢獄に連行されて短い最後の夜を過ごした。
翌日、かつてロベスピエールの指示に従って反対派を断頭台に送り込んでいた革命裁判所の検事はロベスピエールらに死刑の求刑を求め、裁判長より死刑判決が下された。
その日の午後、ロベスピエールら22人は革命広場でギロチンにより処刑された。翌日には70人のコミューンのメンバーが処刑され、そのさらに翌日には12人が同じ罪状で処刑された。
ジャコバン派の生き残りは、同年から翌年にかけて次々に逮捕され、死刑に処せられた。
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