第6話 氷の女王と週末デート
「ほら、早くしてくれるかしら?」
テーブルの向かい側にいる鏡花は、早く行動に移すように急かすが、当の涼介本人は頭を抱えていた。
涼介の右手にはスプーン、目の前にはパフェ、隣には鏡花のスマホを構えた店員がニヤニヤしながらスタンバイしていた。
「店員さんが待っているのだから、彼氏として役目を果たして欲しいわ」
「私はいつでも準備万端なので、ささっとやっちゃってください」
二人からの圧に押しつぶされそうになりながら、涼介はこうなったきっかけを思い出していた。
時は少し遡り、昨日の勉強会まで戻る。
「なにか欲しい物がないかですって?」
今日の勉強が終わり、休憩をしていた涼介が切り出したのだが、鏡花は質問の意図を探るように、夜空を内包した黒瞳でじっと涼介を観察する。
彼女に見つめられると、自分の考えが全て見透かされているような錯覚を、いつも涼介は感じていた。
「うん。鏡花姉になにかお礼をしたいと思ってさ。いつも勉強を教えてもらってるから、たまには俺からなにかしたくて……」
日頃お世話になっているお礼にと本心を口にしたのだが、鏡花はしばらく涼介を見つめ続けた後に、納得したのか頷いてから口を開いた。
「そうね……欲しいものじゃないけれど、付き合ってほしい場所ならあるわ。明日時間あるかしら?」
「うん、大丈夫。どこに付き合えばいい?」
「場所は……いえ、明日の午前十時に駅前に来てくれるかしら? 場所は当日のお楽しみということで」
「鏡花姉がそれでいいなら、いいよ。明日の十時だね、わかった」
涼介の返事を聞いて、鏡花の頬が一瞬緩んだが、すぐに引き締まり荷物をまとめて立ち上がった。
「今日もお疲れ様。明日楽しみにしているわ」
「今日もありがとう。どこに行くかわからないけど、鏡花姉が楽しめるように頑張るよ」
この日はそれで解散をしたのだが、この瞬間から鏡花は計画を練っていたのだろうが、涼介はそんなことは露知らずのんきに過ごしていた。
次の日の朝、待ち合わせ時間の十五分前に駅前に到着した涼介は、鏡花がすでに到着していることに気がついた。
駅前と言ったが具体的な場所を決めていなかったので、すぐに見つかるか少し不安
だったのだが涼介のそんな悩みは杞憂だった。
鏡花の存在感は駅にいる人間の中で最も大きく、目を引くものだった。
服の色は決して派手な色ではなく落ち着いたもので、上は黒のニットの上に白いカーディガンを羽織っており、下は灰色のスカートを履いていた。
普段は黒のタイツを履いているのだが、今日は珍しく白磁の肌が見えていた。
「お、おはよう鏡花姉。ごめん待たせちゃったね」
声をかけるのをためらうような存在感に圧倒されながらも、涼介はなんとか鏡花に話しかける。
黒の艷やかな長い髪を靡かせながら、涼介の声のした方へ誰もが魅了されるような笑顔をしながら振り向いた。
「おはよう涼介くん。大丈夫よ、ついさっき来たばかりだから。それよりも、なぜそんなにも挙動不審なのか気になるわ」
「いや、えっと……」
どうにか言い訳を探そうとするが、普段よりもさらに魅力に磨きがかかった鏡花に見つめられたことで心の余裕を無くした涼介は、本心をそのまま言葉にした。
「鏡花姉の服装がすごい似合ってて、少し緊張してるんだ」
「そう……なのね。ふふっ、ありがとう。とても嬉しいわ」
涼介の言葉の意味をゆっくりと理解した鏡花は、これまで見たことのない表情……年相応な少女の笑顔を見せた。
その笑顔は普段大人びた鏡花からは想像できないもので、それを見た涼介は懐かしさを感じていた。
「鏡花姉のそんな表情久しぶりに見たな」
「なにか変だったかしら?」
すぐにいつもの大人びた表情に戻った鏡花は、自分が笑っていたことに気がついていなかった。
「ううん、変じゃないよ。ただ、小さい頃一緒に遊んでた時の笑い方に似てたなって、思っただけ」
「そう……だったのね。いえ、それよりも早く行きましょう」
鏡花は一瞬考え込むような表情をしたが、すぐに切り替えたのか涼介の手を引っ張って目的地へ移動を始めた。
鏡花の表情の移り変わりに疑問を持った涼介だが、手を繋がれたことで思考の隅へと追いやられてしまった。
「それで、どこに行くつもりなの?」
手の感触にドギマギしながら、無言でずんずん歩いて先導する鏡花に声をかける。
最初はなにか欲しいものがあるのかと思っていたが、周囲に飲食店が増えてきた辺りで違うとわかった。
「もう着くわ」
そう言って鏡花はとある店の前で足を止めた。
時刻はまだ十時だと言うのにその店にはすでに何人か並んでいる人たちがいた。
「ここは……」
「美味しいパフェの店よ」
鏡花の言う通り、店の前に出ている看板には美味しそうなパフェの写真がいくつか貼ってあった。
だが、気になるのはパフェではなく並んでいる客層だった。
「なんかカップルが多くないかな?」
「なにかおかしいかしら? 土曜日の朝からこのような店に並ぶのはカップルか、甘い物好きの学生だと思うから、不思議でもなんでもないわ。むしろ、涼介くんがそういう風に意識してしまっているのではないかしら?」
「そんなことは……ないよ」
図星を疲れた涼介は誤魔化そうとするが、顔が少し赤くなっているので説得力はなかった。
だが、鏡花がこの店のパフェを食べたいということなので、大人しく涼介は列に並んで順番が来るのを待った。
「涼介くんはなにか食べたいのはあった?」
「うーん、どれも美味しそうだから迷ってる。なにかおすすめはある?」
「そうね……おすすめのパフェを思いついたのだけれど、食べる時のお楽しみにしたほうがいいと思うから、まだ秘密にしておくわ」
口の前に指でバツを作り教えないという仕草にドキッとしながらも、涼介は頷いた。
「鏡花姉なんかいつもよりテンション高いね。そんなにパフェ食べたかったの?」
そんな涼介の質問に鏡花は一瞬真顔になるが、がすぐに笑顔に戻り辛辣に吐き捨てた。
「涼介くんは、もう少し女の子の気持ちを考えられるようになったほうがいいと思うわ」
「ごめんなさい」
なにか自分の発言におかしなとこがあったかわからなかったが、鏡花の雰囲気から思わず謝る涼介だった。
少し不機嫌になった鏡花だが、店に入る順番が来るとすぐに笑顔を取り戻し、涼介の手を引いて店の中に入り、話は冒頭に戻る。
「わかったよ」
誰かに今からすることを見られるという状況に恥ずかしがりながらも、最後には男を見せてスプーンを鏡花の口元へ持っていき、彼氏なのに鏡花姉はおかしいと思い、呼び捨てで名前を呼ぶ。
「ほら鏡花」
「――! ええ」」
鏡花は呼び捨てにされたことに驚きながらも、嬉しそうに頬を緩ませて涼介の差し出したスプーンを口で受け取り、そこを店員に写真を撮られる。
「はい、ありがとうございました。ごゆっくりどうぞ」
店員はスマホを鏡花に返し、満面の笑顔で自分の仕事へ戻っていった。
その場に残ったのは、顔を赤くして照れている二人だった。
「俺もパフェを食べるね」
「あっちょっとまって」
「えっ?」
鏡花の静止も間に合わず、涼介は自分のパフェを食べてしまった――鏡花に食べさせたスプーンで。
「ごめん、返すね。でも、俺が口にしちゃったし嫌だよねどうしよう」
あわあわと慌てる涼介を見て鏡花は小さく笑いながら、涼介を落ち着かせる。
「もうっ落ち着きなさい。そのスプーンはあなたが使ってていいわ。私はその使っていない方を使うから」
「わかった。鏡花姉は落ち着いてるね」
「涼介くんが慌て過ぎなだけだと思うけれど、そう見えるかしら?」
すぐに慌ててしまい凡ミスをしてしまう涼介にとって、いつも冷静に物事を判断し、堂々とした振る舞いで行動をする鏡花は憧れであった。
今も慌ててる涼介に対して、冷静に助言をくれている。
少なくとも涼介はそう思っていた。
「そう……なら、さっき言ったように女の子を見る目を養うべきね。私はあなたが思っているような人間ではないわ。少なくとも、あなたと二人でここにきてからずっと、胸の鼓動は高鳴っているわ」
「それって……」
「話はおしまい。早く食べましょ」
「うん」
はぐらかされてしまったが、涼介はそれ以上追求はせずに黙々とパフェを食べた。
「パフェ美味しかったね」
「ええ、来てよかったわ」
「でも、お返しがこれで良かったの? もっと他のものでも良かったけど」
涼介としては、形に残るものをプレゼントしたかったので、これで本当によかったのか疑問が残っていた。
「そんな心配しなくても良いお礼になったわよ。それにいいお土産ももらえたわ」
「お土産?」
パフェの他になにか買っていたかと記憶を遡ろうとすると、鏡花がスマホの画面を見ていることで気がついた。
「あっ写真」
「正解。よく撮れているわ、あなたの照れている可愛らしい顔が」
「ちょっと待って、俺そんな顔してた? 見せて!」
急いで写真を確認しようとするが、鏡花はスマホを涼介から遠ざけて隠してしまう。
「だめよ、見せてあげないわ。ふふっ待受にしちゃおうかしら」
「それはだめだよ。恥ずかしいからやめて」
家に帰る間、涼介はひたすら写真の事でかわかわれるのだった。
写真に映っている鏡花が、今まで見せたことのない乙女の顔をしているのも知らずに。
俺にだけデレデレな氷の女王 健杜 @sougin
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