第131話 マスター

「そうだよ。俺は由良島天元を復活させるために生きてきた。そのために宮部と関係を築き、騙し、ファンドソフトを使って渾沌という思想団体を作った。俺は元々、警視庁から人類開発センターに配属された警備係だった。そこであの男と出会ったんだ」


 東宮は今から数十年前の記憶を呼び覚ました。


「人類開発センターは由良島がノーベル賞を獲得した翌年に建造された研究施設だ。その当時から彼はAR世界に疑問を抱いていた。常に自分の研究の反例を探していたんだ。私は警備の仕事を終え、帰るときたまたま由良島と話す機会があった。そこでその思想に感涙したよ」


 東宮はベンチに腰掛けると、まるで少年のような眩い瞳で語った。


「それは私がずっと思っていたことだった。誰にも称えらず、ただ毎日毎日、同じ場所に立ち、同じ仕事をする。こんなことをやるために警察官になったのだろうかと、ある種の承認欲求に駆られていた。もっと評価されたい、早く出世したい。だがそれが間違いであることに気づかされた。

 人は認識されることによって、人をなす。だが由良島の言った認識の克服という考え方はそれを超越するものだった。それが私の生きる希望となった。不思議なことに人は一つの夢を持つと、運命は好転していくものでな、私はそこから破竹の勢いで出世したよ。だがこの椅子にたどり着くまでにはかなりの時間がかかった。

 その最中に由良島は殺された。その時は殺した宮部が許せなかった。だがその怒りを押し殺し、ある一点の決意を固めたんだ。由良島の意思はこの私が受け継ぐと。それゆえに私は捜査一課に手を加え、宮部の殺人を未遂として不問にした。奴の心に由良島を住まわせるために、全ては計算通りだった。案の定、宮部は由良島という男に囚われた。いずれ、まだ生きているという幻想を抱くようになった。その時、気が付いたんだ。これが由良島の認識の克服なのではないだろうかと、むしろ認識にのみ存在することで、その事実が反転する。だから私は渾沌という認識を作り、由良島の復活を望み、このAR世界の破壊を企てたんだ。何一つ不足はない……」


 東宮はそう言うと、顔を上げて、三人を舐めるように見つめる。


「それは今も同じだ」


 東宮はパソコン画面に目を向けた。時刻は開会式の予定時刻となった。つまり解放のバベルが地上に到達する時間だ。これによりAR世界は消滅し、この世界に真実の雨が降り注ぐ。

 しかし画面に流れる文字は思いもよらぬものだった。


 ――嘘だろwwwww

 ――とんだペテン師じゃん草

 ――帰ろ帰ろ

 ――アホクサ、まじ終わってるな

 ――なにが新時代だよ。ただの妄想おつ


「なんだこれは……!?」


「あなたのシナリオは崇高だった。だが完璧ではなかった」


 沢渡はポケットの中から、録音機を取り出した。その隣で持永がにやりと笑う。


「あんたのいまの発言は、朱雀によって全国ネットに配信されたわ。もう由良島が生きているなんて思っている人間はどこにいないわよ」

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