第130話 マスター
「何を言いたいんだ、沢渡?」
東宮は静かに睨みつけた。
「あのヒューマノイドが消失する弾丸の成分はアウラジウムだ。アウラジウムは警視庁公安当局でしか扱うことが許されていない。そして、それを横流していたのが東宮、あなただってことはもう知っている?」
「何を馬鹿げたことを? アウラジウムの生成に携わったのは何も公安だけではない、あの人口金属は人類開発センターの研究によって完成した。つまり管理権は公安のほかに由良島が持っているんだ。私が関与しているなど、根も葉もないことを言うな」
「残念ながら、根も葉もあるんだよ」
沢渡はそう言って、ある者の名前を口にした。
「田村和樹……この男が証言したんだよ」
「田村……あの模倣犯か」
「はなから臭いと思っていたんだ。だから俺は単独で北海道まで出向き、真実を確かめた。田村はあなたの名前を出したらすぐに吐いたぞ。あなたは捜査の目を彦根に向けようとしていた。むしろ固執していた。あまりにも臭すぎたんだよ。さらにあなたが過去に何度も人類開発センターを行き来していることは知っている。警備部部長と人類開発センターを繋ぎ合わせる一つの点はアウラジウム、こいつはどうも裏で流通しているんだ。我関せずではしらを切れないだろ」
東宮は目の下をひくつかせながら黙り込んだ。
「世間の目を室長に向けることも、捜査の目を背ける以外に理由があるだろ」
樽井が補足するように言った。
「いままでの話を聞いていて、よくわかったぜ。あんたが渾沌のマスターなんだろ。そして由良島天元という偶像を具現化するために、彦根桐吾という由良島の息子に認識を集めた。日比谷事件からすべては始まっていたんだ。宮部と室長の会談も、生嶋総理の死も、室長の指名手配も、全て由良島天元に対する認識集めだったんだ」
「そ、それは……」
「ちなみに日比谷線脱線事故もあなたが手を入れていた証拠が挙がっている。大前提として、サイバー庁の事務次官と局長を抱き込んでいたことは知っている。だからあの局次長は自分の城が荒らされているというのに、公安に足して寛容だったんだ。つまりサイバーは公安に頭が上がらない。それは同一提携組織である鉄道庁も同じ、鉄道警察を公安の管理下に置き、その委任を受け持ったのはあなたが部長に就任してからだ。つまりあれはあなたが意図した脱線事故だった。監視カメラ映像をいじることは容易なはずだ。そしてホームの向かい側は乗客から死角になる。犯人はそこに隠れて、やり過ごし、ある一つの神話を紡ぎ出した」
沢渡は大きく息を吸ってから言った。
「それがAR世界を超越したジェンダー、マスターないしは由良島という男の幻想なんだ」
さらに追い打ちをかけるように畳みかける。
「宮部を含む政界との関係、ジェンダー特区への支援はこの日のために下準備だったんだろ。あなたの汚職、そしてテロ行為は全て押さえている」
東宮は目を泳がせていた。
その泳いだ視線をパソコンのディスプレイに向けた。画面左下に表示された現時刻。それを見た瞬間、笑みを浮かべるのだった。
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