第125話 上洛
品川からリニア新幹線で四十分。自由席の窓際に座った彦根は、落ち着かない様子で体をよじりながら、流れていく車窓を見つめた。リニア新幹線に乗るのは初めてじゃない。仕事やプライベートで何度も利用したことがある。品川、新大阪間の窓から見える景色も他の人よりも覚えているほうだった。
だがその景色は違った。もうARを通した文明社会を見ることはできない。無数の煙突から真っ黒い煙が立ち上り、草木は枯れ果て、虫すらもいない。空気は淀んでいて、呼吸するだけで肺が痛い。メッキ張りの車が排気ガスを上げながら走っていく。道も舗装を繰り返され、色は変色し、つぎはぎだらけの悪路だった。車が走れば、粉塵が舞い上がり、ごみはそこらに転がっている。そんな終末のような世界をヒューマノイドいや、人型のロボットが歩いている。
その顔は皆、同じ。あのラボでは口に出さなかったが、持永と樽井の違い分からなくなっていた自分に驚いた。そして寂しい気持ちになった。この先ずっとあいつらの顔を見ることが出来ないという事実に気持ちがほんの少し揺らいだ。
京都駅の新幹線乗り場を抜け、そこから電車に揺られること、十分。奈良線から京阪本線に乗り換えると、三条の駅で降りた。
本来ならそこでもう一度乗り換えて、出町柳まで出れば早いのだが、彦根は京都の街並みに誘われるようにして三条で降りた。
そこから京都大までは歩いて二十分かかる。ヒューマノイドなら息が切れることもない。走っていけばすぐに着く。だが生身ではそうはいかなかった。
だけど苦しくはなかった。なぜならこの洛中だけが、人間味のある街並みを残していたからだ。
彦根の気を惹いたのもそれが原因だ。指定文化財として残された寺院や城跡はARの手が食わっていない。この街だけは黒煙が鼻につく他とは違う気がした。
茶色い講堂に大きな時計が目印の京都大学の前に立つ。今日は土曜日のためか、学生はあまりいない。意を決して門を潜り抜け、敷地内に入った。
すると妙に体が重くなった。
いやそうではない。足が勝手に地に食いついていると言おうか。ここまで来ると確かに由良島の因子に引き寄せられる自分を感じた。
あの時と同じだ。恵奈を担いで水路を走った時と同じように、始めて訪れた場所なのに、ずっと昔から知っていたような、そんな懐かしさを感じた。この肉体に流れる由良島の血液が記憶をリンクさせているのだろうか。
導かれるように、彦根は講堂に入り、階段を駆け上っていった。この先に由良島がいる。恵奈の肉体と彦根の肉体が共鳴している。確かにその扉の向こう、この屋上に恵奈を感じた。
彦根はドアノブに手をかける。
鍵はかかっていなかった。
ゆっくりと押し開けると、暗澹とした薄暗い空と共に生暖かい風が舞い込んできた。強すぎる太陽光に手をかざし、屋上の先に目を向けると、そこには恵奈の体あった。目を細め、柵に手をつきながら待っていた。
「桐吾、気分はどうだ。本当の世界をその目で見た気分は」
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