第123話 体躯

 樽井と持永はすぐに彦根に駆け寄って無事を案じたが、朱雀はすでに次の作業に移っていた。朱雀にとって、このラボは故郷のようなものだ。何がどこにあり、どの機材をどう使い方も熟知している。人体保存用カプセルから少し離れた位置に設置された大型パソコンの前に座り、画面を睨みつけていた朱雀が振り返らずに声を上げた。


「いま恵奈の足取りを追っていたんだけど」


 その声に反応した彦根は二人の肩をすり抜け、朱雀が座っていた椅子の背もたれに手をついて、画面を覗き込む。


「そんなことが可能なのか」


「うん、鉄道庁のシステムは警視庁と同じなんだ。言ってしまえばサイバー庁、警視庁、鉄道庁はある種、同一システムを使っている。だから勝手が分かっている僕からしたら朝飯前さ。そもそもハック後のシステム修正をしたのは僕だしね。だけど公道の監視カメラの全権は国土交通省とサイバー庁が握っているため、警視庁の要請で民間回線切り替えられちゃったから無理だった。だけど、鉄道にまでは手を回していなかったみたい」


「由良島は電車に乗って移動しているのか」


「その可能性だってあるでしょ。道路には大幅な規制が入ったけど、鉄道の運行は平常通りみたいだし、そこから未登録の認証IDの人間、つまりジェンダーの利用履歴を洗い出してみたんだ。そしたらビンゴ、ちょっとこれを見てよ」


 朱雀はパソコンを操作して、駅構内の監視カメラ映像を表示した。するとそこには監視カメラには映らない人物が改札を抜けていくのが見えた。


「普通のジェンダーなら監視カメラにも映る。だけどここには映っていない。それにこの人の仕草も不自然だと思わない。まるで人にぶつかったみたいな仕草をしてる」


 朱雀が指さした人は肩を大きくのけ反らせていた。まるで前から来る人にぶつかったように。


「もうすでに由良島は見えてなくなっているということか」


「恐らくね。恵奈の存在が由良島に引っ張られているから、AR情報が欠如しているんだ」


「ところで由良島は電車なんかに乗ってどこ向かおうとしてるんだよ」


「この情報だと、品川に向かっているね」


「品川……? なんのために」


「もしかして新幹線にでも乗ろうとしているのかしら」


 持永の呟きに朱雀がはっとした表情で再びパソコンに噛り付く。


「由芽、たぶん当たりだよそれ」


 なぜ会場から近い東京駅ではなく、わざわざ品川に向かったのか。

 朱雀は品川発のリニア新幹線を洗い出した。リニア新幹線は混雑防止のために東京駅からは出ていない。品川、新大阪間をたったの四十五分で移動できることが可能であるが、その分料金がかさむために新幹線との並行運用を余儀なくされた。

 朱雀はリニア新幹線の使用履歴を表示し、滝のように流れていく数字に目を凝らし、眼球をとんでもないスピードで動かしていた。


「あった……」


 朱雀がクリックするとリニア新幹線の詳細情報が表示される。


「五分前に未登録IDの人物が神戸行に乗っているよ」


「神戸……ますます訳が分からないな」


 すると印波が呟いた。


「そのリニア新幹線は新大阪の前にどこに停まる?」


「えっ、京都だけど」


「やはりな」


「印波博士、分かったんですか」


「ああ、やつが向かった先は京都で間違いない。それも京都大学だ」


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