第118話 宵の明星

 同時刻、SCT指揮官車両。

 モニターに噛り付きながら通信を行っていたオペレーターが冷や汗を垂らしながら状況を述べた。


「バリケードが突破されました。ここ一帯の特殊車両の通信が途絶、いったいどうなっているんだ……」


「見ればわかる……」


 オペレーターの背もたれに手をつきながら、モニターを食い入るように見つめていたのは東宮だった。唇を噛みしめ、モニター越しの彦根を睨みつけた。


「A班、B班、C班、そしてD班とも通信途絶……無線がどことも繋がりません」


 違うオペレーターは報告すると、愕然として椅子に背中をつけた。狭い車両内が凍り付いた。皆が一様に黙り、顔を伏せる中、それを嘲るようにモニターにはレイレイの顔が映し出された。

 憎たらしい表情で舌を出し、怒りを誘うように、左右に揺れている。全モニターはその画像で埋め尽くされ、デバイスを操作しても反応しなくなった。


「なんだこれは……コンピューターが言うことを聞かない」


 レイレイが流し込んだウイルスソフトがコンピューターに侵入。機器のシステムを破壊し、SCTの指揮系統を麻痺させたのだ。


「畜生っ」


 東宮は雄叫びを上げながら、指揮官車両の壁を殴りつけた。


「ここはもういい、すぐに外部との連絡を取るんだ。ここ一帯にジャマーが飛んでいるなら、移動しろ。回線がやられたなら、民間だろうが何だろうが他の回線を繋げ。責任は全てこの私が取る。奴らだけは絶対に逃がすな」


「了解しました」


 オペレーターたちは息をのむと、すぐに仕事にかかった。


「水路への道は押さえているんだろうな」


「ええ、東京都に現存する全てのマンホールは封鎖済みです。さらに彦根宅、持永宅、サイバー庁の支局、その全てを包囲済みです」


「落としどころはないな」


「はいっ、問題はございません」


 東宮は最後に一言だけ質問した。


「沢渡とは連絡が付くかね?」


「……いえ。応答はございません」


「そうか、分かった」


 SCTを中心とする包囲網は東京都全体に広がっていた。追跡用の有人ヘリに加え、警視庁が抱えるほとんどのドローンが配備され、警視庁が総力を上げて、赤いスポーツカーを追いかけた。

 それだけではない。警視庁はスーパーコンピューターが算出した逃亡ルートから国土交通省と連携し、各主要エリアの信号機を制御することによって、計画的な渋滞を起こした。

 その上、大規模は報道規制が敷かれ、装甲車やヘリコプターは国際展覧会の開会式向けた警備体制として説明された。そのためサイバー庁の支局に作られた装甲車のバリケードや現存するマンホールを囲むようにした規制線も、大規模な交通渋滞も、総じて国際展覧会における対策と混雑あると、カモフラージュしたのである。

 だが同時刻、オルファオメガの渾沌板には大量の書き込みが集まった。

 今日の開会式を持って、世界は新時代へと変革する。書き込みは「人類の解放」の文字で埋め屈されていた。

 装甲車の移動が始まった会場に入れ替わるように、人々が押し寄せたのもそのためだ。新時代の開幕を一目見ようと、渾沌のマスターの姿を一目見ようと、信者から野次馬まで、渾沌の影響の輪はいま日本全体に広がっている。まるで国際展覧会の会場がメッカであるかのように、人々は、大衆はそこへ吸い寄せられたのだ。

 由良島天元が残した認識はエントロピーのように増大し続ける。渾沌に魅せられた人々は狂ったように叫んだ。

「人類の解放」と。


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