第113話 fly away
少しずつ、手足の感覚が戻ってきた。
樽井は足を引きずりながら、沢渡が残していった拳銃を手に取る。破壊された連絡橋の手すりにしがみつき、解放のバベルを見上げた。先ほどまで真っ暗だった空がほんの少しだけ青みがかっている。空を仰ぎながら、皆の無事をただ祈るのみだった。
樽井が大きなため息をつくと、エレベーターの扉が開いた。すぐに拳銃を構え、降りてくる人物に警戒する。
「朱雀か……」
「だいぶ良くなったみたいだね」
「ああ、少しは動けるようになったぜ」
樽井は構えていた拳銃のグリップから手を放し、トリガーガードを回転させると、ほっと肩をなで下ろした。
「下りてきたのはお前だけか、みんなはどうした?」
「彦根さんたちは地上に上がったよ」
「中で何があったんだ? 俺にも教えてくれ」
「一言で言えば由良島が体現した」
「やはり由良島は生きていたのか……」
「そうとも言えない。渾沌のマスターは由良島であるとは考えにくい。だけどはっきりしたことがある、由良島は死してなお、記憶として遺伝子として、生きているということだ」
「どういうことだ?」
「君は徳川家康を知っているだろ」
「もちろんだ」
「それは徳川家康を知っている人物がいて、それが記録され、皆の記憶にあるからだ」
「それはそうだ」
「だけど君はゼウスやオーディンが本当にいたと思うかい?」
「いや、あれは創造物だ。別に宗教を批判するわけじゃなけど、実在したとは思えない」
「だけど記憶にはあるし、記録にもある。徳川家康のような歴史上の人物とゼウスのような神話上の人物の差はそれを証明する遺伝子にある。つまり由良島は死んだ。だけど人々の記憶の中で生き続け、そしてさらに証明する遺伝子がある。その遺伝子を持ち得たのが恵奈だった。そして恵奈の体内から受け継がれた血統因子が体現し、由良島の亡霊が姿を現したんだ」
「なんたって遺伝子が、人格まで奪ってしまうんだよ」
「それは記憶と認識が死を超越したからだ。由良島は死んでいるのに、生きている記憶を他者に植え付けた。つまり生きているという認識とそれを証明する遺伝子が作用し、由良島を生き返らせたんだ。渾沌のマスターも由良島が生きていると信じた狂信者であり、渾沌によって集められた認識と恵奈の中で眠っていた血統因子が連動したんだと思う」
「俺には理解できねぇ」
「そうだね、僕の説明ではこれが限界だ」
「みんなはそれを追いかけて?」
「ああ、由良島と戦おうとしている」
「クソっ。俺だけがこんなところで油売ってるのかよ……」
樽井はそう言って、天を見上げた。ここからではどうすることもできない。羽があれば、飛んでいくことができる。だがこの両手では……握り締めた拳で解放のバベルの外壁を叩いた。
その姿を見た朱雀は落ち込む肩を叩き、声をかける。
「僕が君の翼になるよ」
「なに……?」
「一緒に天を突き抜けよう」
そう言って、天を指さした瞬間、上空にドローンが現れた。ドローンは二人に影を落としながら、ゆっくりと近づいてくる。
「なんだ……こいつは」
「僕たちの翼だ」
「お前、このドローンをクラッキングしたのか。いつの間に……」
「僕にかかれば簡単なことさ。機械は人と違って素直なんだ。その手綱さえ握っていていれば裏切ることはない」
朱雀は連絡橋の横でホバリングするドローンにしがみつくと、樽井に向けて手を伸ばした。
「さぁ行こう」
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