第114話 国際展覧会

 連絡橋の先は展示スペースになっていた。午前十時の開会式に控えた多種多様な展示物がそのベールに包まれている。それを包み込むように建てられたドーム型のテント、解放のバベルの直上だけが吹き抜けになっていた。

 血痕は連絡橋を抜け、ドームの出口へと繋がっている。ドームの壁には日本国旗が掲示されていて、その下部には様々な言語で「日本エリア」と書かれていた。

 この日本エリアが国際展覧会のメインとなる。国際展覧会に入場した来訪者が最初に目にするのが、この日本エリアであり、最初に注目するのが天へと続く解放のバベルというわけだ。

 つまりこのドームを出た先に「二つの自由」というモニュメントがある。そこが開会式の式典を催す壇上であって、生嶋総理が消失した現場だった。

 解放のバベルを中心としたドームの半径は約一五〇メートルほどある。東京ドームよりも一回り大きいといった具合だ。連絡橋を抜け、ドームの端まで駆け抜けていくと、入り口には危険物探知機と回転ドアがあった。さらに稼働前の警備ロボットが立たされていて、広域レンズに展示物が映っている。

 事件発生からたった二週間という短い期間での開催だけに、かなり厳重なセキュリティ対策を行っているようだ。

 警備ロボットの脇には人二人分ほどの大きな警備用ドローンが配備されていて、それが光学迷彩のように壁に同化していた。このドーム内では来訪者に気を配りながら、厳戒態勢で警備を行っているのだ。それぞれ所定の位置には設置型の充電器があり、そこで英気を養っている。ただ彦根が不自然に思ったのは、一つだけ多く充電器があったというところだ。

 恐らく予備だろうと、思い口には出さなかったが、少し違和感を覚えた。

 だがこれほど高技術も結局はAR世界という高次元オンライン空間のみにおいてしか役立てないという事実を押さえておかなければならない。現代社会の便利さや安全さとはインターネットというある一つに集約する脆弱性も兼ね備えているということを忘れてはならないのだ。

 だがオンラインに依存した人類がもう一度オフラインに立ち返ることはできない。渾沌というオフラインからの攻撃に対する手段を模索しても、オンラインとしての強化しかできないのだ。


「よし行くぞ」


 印波が回転ドアのノブに手をかけた瞬間、持永に悪寒走った。

 なにか嫌な予感がする。連絡橋からここまで、これほどすんなりと来られるだろうか。嵐の前の静けさというもの感じ取り、印波がノブを押し込もうとした時、持永が声を上げた。


「待って!」


 印波の手が寸前で止まる。


「どうしたんだ、持永君」


 彦根が問いかける。


「なにか嫌な予感がします――」


 そう言った瞬間、回転ドアのガラスが割れた。激しい轟音と共に一瞬にして砕け散った。


「伏せて!!」


 持永の叫び声がドームに響き渡った。すると連続した銃声が共鳴した。回転ドアを木っ端微塵に粉砕し、弾丸がドームの床を穿った。印波と彦根、持永はそれぞれ外からの死角に身を隠し、目配せした。


「誰が撃っているんだ!?」


 弾幕が激しすぎて、身動きはおろか、声も聞こえない。三人はその場に立ち往生となった。その中で持永が持ち合わせていた小型の手鏡を攻撃してくる正体の確認を試みる。だがその手鏡を四角から出した途端、弾丸で吹き飛んだ。


「見えたか持永君?」


「見えました」


 持永は小さく息を吸い込むと、神妙な面持ちで答える。


「SCTです」


 彦根の顔が強張った。そして低い声で言う。


「よもや都市伝説じゃなかったとはな……」


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