第116話 国際展覧会

 その瞬間、電磁力スポーツカーにエンジンがかかる。ヘッドライトが輝き、真っ赤な車体に光が走った。

 展示用のスポーツカーには鍵すらもついていないはずだ。それをどうやって……生気が宿ったように車が勝手に動き出す。ゆっくりとハンドルを切りながら、三人の元にやってきた。そして目の前に停まると、出迎えるようにして、ドアが開いた。


「いったいどうなっているんだ……」


 彦根だけが理解で来ていない様子だった。だがこの車にオンラインのコンピューターが搭載されている以上、必ず動かすことができる。

 助手席に乗り込んだ持永はモニターを見つめて言った。


「元気してた?」


「由芽も無事みたいで何よりだよ」


 そのモニターに映ったのはレイレイだった。相変わらずの口調で調子がいい。


「よし、みんな乗ったな」


 彦根と共に後部座席に乗り込んだ印波が運的席と助手席の間から顔を出し、こう言った。


「出してくれ」


 ふかしたエンジンが高鳴る。動力部に電磁力の強力なエネルギーが伝わり、モーターが熱くなる。


「いっちゃうよ」


 レイレイがそう言うと、車が急発進した。体が座席に押し当られ、負荷がかかる。エンジンの回転数が上昇し、ドーム内で加速すると、いよいよ弾幕の中へと突っ込んでいった。フロントガラスから見えるドームの出口からアサルトライフルに取り付けられたフラッシュライトの光がちらちらと見えた。SCTはもうそこまで迫っている。

 アシストグリップを握り締め、慣性と遠心力に耐える。物理的な負荷を理解しないレイレイの運転は無謀かつ大胆だった。だが運転手が感じる恐怖心を払拭しているため、ドライビングテクニックは人知を超越する。


「みんな舌を嚙まないようね」


 加速した車が出口から差し込む入射角の手前で、ブレーキがかかり、ステアリングが回った。リアタイヤを滑らせながら、車体は弧を描くようにして、転換する。そして出口を捉えた瞬間、ピタリと止まり、摩擦で起こった白い煙がタイヤ片と共に舞い上がった。

 SCTの隊員と目が合う。向こうはフルアーマーの完全装備で高性能アサルトライフルを車体に向けてきた。

 さすがの精鋭だけに、時速百キロを超えるスピードにも臆することなく、撃ってきた。

 最初は銃弾を弾いていたが、ついにフロントガラスにひびが入る。このままではいずれ銃弾に貫かれる。一度でも通せば、ハチの巣は待ったなしだ。

 この包囲を抜けるまで、なんとか持ってくれるだろうか。顔をしかめた持永がモニターを見つめるとレイレイも苦しそうな表情をしていた。


「このままじゃ車体が持ちません……どこか抜け道を……」


 彦根が助手席のヘッドレストに手をかけながら言った。いくら耐久性があるとは言えども、これでは的が大きくなっただけだ。状況を打破するには何か攻撃の一手が欲しい。出口の回転扉を突き破った瞬間、ボンネットが吹き飛んだ。

 その吹き飛んだボンネットの先に見えた光景は眩いサーチライトと無数の機動部隊、そして塀のように囲い込んだ装甲車の列だった。

 さらに真正面には対物ライフルの照準をエンジンルームに定める隊員が一人、トリガーに指をかけ、息を潜めていた。

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