第111話 体現
彦根のはらわたからぼろぼろと部品が崩れ落ちる。ずたずたに撃ち抜かれたヒューマノイドの体はガラクタのように崩壊していた。だがそのおかげで印波には傷一つつかなかった。無残な鉄塊となった彦根は笑顔で振り返り、安堵の息を漏らす。
「印波博士、無事ですか……」
「彦根君!!」
すぐに彦根の体を支えた印波は包み込むように優しく抱きしめた。かろうじて核は無事だったが、五発の弾丸はその身を跡形もなく破壊した。外殻のみならず、神経回路や人工臓器に至るまで損傷が激しい。あまりの重症に病院で治療しても、完全に修復ができるか分からない。彦根の機体はこれまでにないほど酷かった。
「室長……」
持永が失望を目に浮かべながら肩を掴んだ。その肩も半分はなかった。ただしこれがアウラジウム弾丸でなかったことが幸いである。いくらボロボロになろうとも、まだ消失はしていない。
「僕のせいで、こんな目に」
「印波博士、あなたは必要な人材だ」
「それは君だろうが!」
「ええ、そうですね……」
すると彦根は印波の顔を見上げなら言った。
「俺をマイグレーションしてください」
その言葉に生唾を飲み込んだ。
「……まさかついにやるのかね」
「ええ、いましかない。それに由良島の血統因子を消し去るには同じ土俵に立つしかない。恵奈の血統因子が由良島そのものなら、いずれ視認することすらもできなくなるかもしれません」
「確かにそれはそうだが……」
印波は彦根に瞳を見つめながら考えた。
「分かった。君の覚悟しかと受け取ったよ」
印波の深い了承を受け取ると、今度は持永に目を向ける。
「持永君、君にも頼みたいことがある」
「なんですか」
泣き出しそうな目で聞き返した。
「俺を地下フロントまで運んでくれないか、道は印波博士が案内する」
「地下フロント……」
「そこに俺の肉体がある。俺は肉体にマイグレーションする。そうするしか奴を止める方法はないんだ」
「ジェンダーになるということですか」
「俺は元々、ジェンダーだ。それに戻るだけだよ」
持永は唇を噛みしめた。だが彦根の覚悟をないがしろにはできない。こんな必死な顔を見て、反対など出来なかった。〝ジェンダーになる〟それが今の世の中にとってどういうことなのかは言うまでもないだろう。持永は深く頷くと、印波に問いかけた。
「再びジェンダーからヒューマノイドに戻ることは可能なのですか」
すると口ごもりながら答える。
「不可能だ。そもそもヒューマノイドからジェンダーにマイグレーションすること自体、特例中の特例だ。彦根君の体は元々そのために保管しておいた。だがそこからさらにヒューマノイドに戻ることは不可能と考えていい。そのために保管され、メンテナンスを繰り返した機体など存在しないからだ。だから一度、ジェンダーになれば二度と戻ることはない」
「それでもいいですよ。どちらかと言えば今の俺が嘘なんだ」
彦根はARホログラムにノイズが走り、銀色の機体が剝き出しになった手のひらを見つめた。その手を握り締め、拳を作ると、二人の表情に目を向けるのだった。
「覚悟はとっくにできている」
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