第104話 邂逅
「し、室長……これ走馬灯ですかね」
「馬鹿なこと言うな」
鉄柵を握り締めると、片腕で樽井の体を引き上げた。まるで釣りあがられた巨大魚のようにぐったりと横たわった樽井の隣で、彦根は座り込み、息を切らした。
「もしかして……室長ですか」
立膝をついて座っていた彦根の背後から持永が近づいた。
「持永君、無事だったか」
彦根が振り返った瞬間、肩を抱きしめられた。
「室長……」
「よく任務を果たしてくれた」
彦根は持永の肩を持つと、二人の顔をしっかり見つめた。
「君たち二人のおかげで俺はここまで来れたんだ。よく公安と戦ってくれたな」
「はい……」
持永は泣き出そうな顔を伏せると弱々しく返事をした。するとその後ろでもまた、再開の声が聞こえてくる。
「父さん!」
朱雀のその声に持永が勢いよく振り返った。すると恵奈の手を借りながら、少し遅れてやってきた印波に、駆け寄るいたいけな少年の姿があった。
朱雀は印波の胸に飛び込むと、あの生意気な態度が見る影もないほどに愛らしく甘えている。
「印波博士、その子が……」
「ああ、そうだ。この子が可愛い我が子の八六五番機だよ」
「まさか、公安に送り込んでいたなんて」
「思ったより、かわいい顔してるじゃん」
恵奈がそう言って、朱雀の頬を指でついた。
「なにするんだよ。この女」
「なにこのガキ、ムカつくわね」
「すまんな、僕が甘やかせ過ぎたらしい。生意気に育ってしまったよ」
その三人の会話についていけない持永が割って入る。
「ちょ、ちょっとこれはどういう状況? 朱雀が八六五番機ってどういうことですか」
「ごめんね由芽。君には言ってなかったけど、実は僕、人間でもなければヒューマノイドでもないんだ。僕は父さんに作られた自立志向型AIなんだよ。確かにレイレイは僕が作り出したメタファーだよ。だけど同時に僕も人形というメタファーに入ったAIに過ぎないんだ」
「じゃあ天才少年というのも……」
「それも嘘。僕はそもそも人間じゃない」
「すべては僕が仕込んだことだ」
印波が朱雀の頭をなでながら説明を加えた。
「この子は落日に向けて、僕が送り込んだ刺客だった。公安の内部に潜入し、情報を得るにはホワイトハッカーとして雇われるほかになかったんだ」
「そういうことだったのね」
「朱雀が人形……? 持永さん、今の説明で何が分かったんですか」
横たわっていた樽井が持永にそう言った。
「さすがにおかしいとは思っていたのよ。ヒューマノイドにこの世界の均衡を崩すような天才が生まれるはずはないもの。つまり朱雀はロボットであって、ヒューマノイドではないということね」
「そういうことだ。ロボットとヒューマノイドは似て非なるもの。そこには画一する違いがある。だが似ているがゆえに、その卓越した機能を才能という言葉で片づけてしまうのは、人間の悪い癖だ」
いままで喉に詰まっていた骨がついに飲み込めたかのように、持永は深く頷いた。
「ちなみにあなたは?」
次に持永は恵奈に目を向けた。
「持永君、彼女は俺の命の恩人だよ」
「恵奈です、よろしく」
「あの映像の……」
持永は出かかった言葉を飲み込んだ。
「別にジェンダーって言ってもいいですよ」
「いえ、あなたは立派な人間よ」
持永と恵奈は固い握手を交わした。その恵奈の暖かな手のひらに人の温もりを感じる。
「これで揃ったようだな」
印波は連絡橋の真ん中をゆっくり歩くと、天へと続く解放のバベルを見上げた。集まった五人は全員がただ一つの真実を目指していた。
由良島の災厄を阻止するために、それぞれの意思を持って、この異様な摩天楼に挑むのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます