第103話 邂逅

 放たれた弾丸。沢渡の視界には光と硝煙が広がった。その先、一直線の向こうには持永。曇ったような、腹をくくったような、見方にはよっては晴れやかな表情をしていた。

 反動が手に伝わり、銃口が天を突いた。スライドから吐き出された薬莢の影の先、弾丸と持永の対角線上に白い光が反射した。

 何かが、宙に浮いている。

 沢渡の開いた瞳孔には赤い文字が突き刺さった。

 ――火気厳禁

 微かに感じる左腕の重み。

 まさか……

 抱え込んだ左腕の中で、樽井が笑っていた。


 ――キンーッ


 目をつむった持永に浴びせられたのは、弾丸ではなかった。全身が焼けるような熱気と爆風だった。

 鼓膜が破れるほどの音は耳鳴りにかき消された。空間が歪み、あたりが轟音という名の無音に包まれた。

 連絡橋が崩れるほどの爆風で吹き飛ばされ、しりもちをついた持永の目には爆煙が広がった。

 その真っ黒い煙から弾き飛ばされる二人。

 沢渡と樽井は連絡橋の外にまで飛ばされていた。


「樽彦!」


 ひらりと落下する樽井の姿が目に映ったが、立ち上がることができなかった。だがこのままだと二人供の奈落の底だ。

 幾分、樽井の体のほうが高く舞い上がっている。恐らく鉄柵にぶらりと寄りかかっていたせいもあり、爆風を全身で受け止めたのだろう。

 樽井は持永と目が合ったほんの僅かな瞬間に笑顔を見せた。

 持永は樽井に手を差し伸べた。だがここから届くはずもない。喉が切れるくらいに叫んだ樽井の名前だけが空しく響き渡る。

 だがその時である。その差し伸べた手の傍らを黒い影が通り過ぎて行った。あまりの一瞬の出来事のため、持永もその正体が分からなかった。


 樽井は落ちていく中で、終始笑っていた。

 ――ざまぁみろ、沢渡。

 ――まさかあの点滴パックが役に立つとは、教えてくれてありがとうレイレイ。

 吹き抜けから見える空からどんどん遠ざかる。落下していく感覚はどうにも心地が良いようにも思えた。ふと連絡橋を見つめると、持永が叫んでいる。

 ――俺、少しは役に立てましたか。

 最期にそう微笑みかけた。

 ――沢渡と道連れ、まぁ悪くないか。

 樽井は落下する空気抵抗を背中に感じながらぼんやりと空を見つめた。こんな時に限って、夜空は綺麗だった。

 現時刻が夜であること、そして今日が満月であること、それをこんな時に知るとは、この空すらも本物か分からないが、コンクリートブロックの街ばかり見ていては気が付かなかった景色だった。

 ――室長、すみません。

 樽井は最後に彦根のことを考えて、地球の引力に体を任せた。


 その時である。

 樽井の腕を何かに引っ張られた。落下していた体がぐわぁんと引き留められ、肩に全体重がのしかかった。

 誰かがこの腕を掴んだのだ。手首に伝わるこの痛みは、人の手だった。見上げる腕の向こう、黒い煙の中に誰かがいる。そのシルエットと大きな手が樽井の体を支えていた。

 煙が晴れ、その視界は鮮明になっていく。

 樽井は声が出なかった。泣き出しそうな表情で見上げる先、煙が晴れ露になった笑顔。


「なに死にそうな顔してるんだ樽彦」


 樽井の手を握り締めたのは間一髪のタイミングで駆け付けた彦根だった。

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