第102話 邂逅
後頭部に撃ち込まれた弾丸は小脳を破壊し、全身の感覚危機に機能障害を与えた。いまの樽井には立ち上がることさえできない。機械式人形が電源を切られたように、手足はぶらりと垂れ下がった。
沢渡は重たそうに担ぎ上げると、連絡橋に向かい、待ち伏せをした。
二人が来るのを待ちわびていたかのように、樽井の体を鉄柵に押し付け、勝ち誇った表情でこう言った。
「逃走劇もそこまでだ、大事な部下がバラバラになるぞ」
「本当に趣味が悪いわね」
持永の軽蔑じみたセリフも絶体絶命の状況に悲壮感が漂う。
「なんとでも言え、私は警察としての職務を全うするだけだ。君がいま喋りつつもその脳裏で打開策を模索していることは分かっている。だがどんな策を講じようと、ここから先に進むことは出来ない。この解放のバベルに入るにはマスターキーが必要なんだ」
すると朱雀が苦い表情をした。
「マスターキーってなによ」
「由良島の遺伝子データだよ」
朱雀がそう言うと、沢渡が続けた。
「ここの職員データは全てアウラジウムのシステムを用いた無線で管理されている。だからここに潜入する必要があった。どうせそんなところだろ、朱雀日和」
朱雀は黙っていた。
「これだから元犯罪者を雇うなど信用ならない。だがその計画もここまでだ。マスターキーを持たぬお前たちがこの先を進むことができない。分かったなら、大人しくベッドに戻れ」
「嫌だと言ったら」
「こいつをこの橋から落とし、そして君を拘束する」
持永は樽井を一瞥した。すると微かに動くまぶたでシグナルを送っている。この状況で何か打破する手立てがあるというのだろうか。
すると朱雀が持永の裾を引っ張った。
「方法はあるよ」
朱雀が唐突に呟く。
「マスターキーはあんたが持っているはずだ。沢渡」
「私から奪うと言うのか」
「ああ、僕の計画はそうだった」
「丸腰の君たちがどうやって、動く?」
沢渡はそう言うと、ホルスターから拳銃を取り出した。ただの拳銃でも頭を撃ち抜かれれば、動くことが出来なくなる。距離としては五~六メートル。いくら素早く動いても、沢渡がトリガーを絞るスピードのほうが速い。
相手は素人ではない。そしてヒューマノイドとなれば、躊躇はないだろう。この距離なら確実に仕留められる。
「さぁ後ろに下がるんだ、そして大人しく両手を上げろ」
「それがあなたの出した正義の答えなの?」
「無論だ」
「そうやって守っているものが腐っているとしても、あなたはそれを守り続けるのが正義というのね」
「例えこの国が世界中から嫌われ、悪者扱いされようが、この日本という国の意向に従い、守り抜く、それが私たちの正義だ」
沢渡の口調が幾分、強くなった。あのいつも感情が欠落したような、相手も見透かしているような単調な喋りが少しだけ、人間らしく聞こえた。
「それを正義とは呼ばないわよ」
「なんとでも言え。悪法もまた法なり、そんなことすらも分からぬ君は官僚として生きる資格はない」
「官僚だからこそ、悪法の正すんでしょうが!」
「国家かありきの官僚だ」
「違うわ。国家を形作るのが私たちよ」
「もう喋るな。君は惜しい人材だったよ。ただほんの少しだけ、情に厚すぎた。それが君の欠点でもあり、慕われた点でもあったのだろうな」
銃口の照準が額にピタリと合った。
「撃つ気?」
「ああ、また会おう。その時には全てが終わっている」
沢渡のその冷淡な瞳の奥にはどこか哀れみが見えた。吐き捨てた言葉を添え、朱雀を牽制しながら、そのトリガーを引き込んだ。
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